6.シークレットフェイス 1オブ3
「複雑な説明は何一つしない。後は君が僕に付いてくるかどうか、という事だけだから」
マサキはそう言ってから、端的に市川のトレーニングと自分について説明をした。それは想像もしていなかった内容だった。
「僕は一度しか言わない。そして質問は受けない。いいね」それから話し出す。「装置は国家機関が長い年月を掛けてプログラミングした新型の認証装置。ダンスによって国家の全ての機関をパスして入り込むことが可能。僕の望みは国の隔たりをなくすこと。まずは光の壁に穴をあける。以上。いいね」
外灯の弱い光が照らす海の見える公園の路地で、マサキは囁くように、しかししっかりとした声で俺に伝えた。
その言葉は夢の中で囁かれた虚構のように俺の胸に残る。でもそれは、確かな現実だという事。強く胸に刻み込んでいる。
選ばれた人間だ。選ばれた人間だ。そうとばかり言われて生きてきた。俺もその通りだと信じて生きてきた。それから〝そうでないとならない〟と信じてただ突っ走ってきた。今は〝そうじゃない〟という確かな答えがここにはある。俺の道は俺が選ぶ。
最高にいい高揚感だ。そうした感じで海辺の夜は消え去って行った。
その夜からの一ヶ月、慣れ親しんだ生活は緩やかに続いている。
朝の始まりはこの一年も変わりない。チャコールグレーの毛布で目が覚めて、アッシュグレーの部屋に現実を感じる。シックなグレーに統一してある俺のルームは自分を現実に呼び戻し、自分をただの大学生として目覚めさせてくれる。
部屋を出て洗面所に向かうとすでに着替えを終えた制服姿の妹が艶やかな髪をフリフリさせて廊下の通り道を塞いでいる。
「ジャマだ。どけ!」
何年も変わらず、俺は同じように妹に怒鳴りつける。
「いってきます!」
と、怒った表情の挨拶をして、俺にぶつかって、俺を退かして、狭い廊下を過ぎて階段を下りてゆく妹のハル。来年は受験だからと少し早起きになったが相変わらず態度が悪い。
俺は顔を洗って、髪を梳かして、軽くスキンケアして、歯を磨いて、洗面台を離れて、トイレで用を足して、部屋に戻って着替える。今日のファッションは、ライトイエローのシャツとブラックのパンツに漆黒のハットを被って、大人っぽく着飾る。いつもの木肌色のバックを肩にかけて2階から1階へと降りる。
1階では母親がダイニングのテーブル上の食器を片付けている。父親と妹が出掛けた後だ。いつもと変わらない光景。もう数週間も父親と顔を合わせていない気がする。
「朝ごはんは?」
「要らない」
いつもの素っ気ない会話をして、俺はスッと家を出た。
乗り慣れた小型バイクで出発。住宅街を抜けて出て、大通りを曲がり、UFO車の脇を、ペダルを漕いで抜けてゆく。渋滞するソーラーカーを時速40キロで抜いてゆく。程好い速度を出して、夏も近く暑い朝に、爽快な風を浴びて心地よさを感じる。
駅までは僅かに五分足らず。小型バイクを駅の自動駐輪所に預けて、急いで電車に乗り込む。相変わらずの満員混雑。この不快には少しは慣れた気もするがやはり嫌だ。
毎日似たような朝が始まれば、いつのまにか大学の講義が始まる。教授の声をメモリーに入れ込めば、あっという間に昼が来る。
醤油の味がするミックスベジタブル、甘くて幸せな味がするスイートコーンと、細かく砕かれたカシューナッツ、それらの乗っかるオリジナルカレーは俺の脳幹を満足させる。ステディーランチはここの喫茶店に限る。一年前も同じような事を感じてたような?
スプーンでオムライスを掬うあおの笑顔が目の前にある。奥のテーブル席に俺とあおは座って仲良くランチを楽しんでいる。今日のあおはいつもより可愛く見える。見つめる瞳が少し大きく見えるのは、少し化粧を変えたせいだろうか?なんて事を考えるこの時間も悪くない。
「なあに?どうかした?」
「いや、何でもない。」
「ふうん・そう」
彼女の小さな表情や柔らかく穏やかな声質が俺の心を和ませてくれる。
午後の講義が始まれば時間はあっという間に過ぎて、太陽は西へ傾く。夕刻時になると俺は毎日のように理学棟最深部の暗い地下通路を歩いている。守秘義務を守り、俺はあおに見つからないようこの通路を進む。彼女に秘密を持つのは少し気が引けるのだが、余計な問題を起こすわけにはいかない。今は目を瞑り、この通路を進むだけだ。
テーブルもないだだっ広いホールに着いてからすぐに奥の部屋に進むと、すでにいつものトレーニングが開始されている。ダンスミュージックが鳴り響いていて、ダンスルームでは三次元映像のダンストレーナーに合わせ、リュウが必死にダンスを行っている。市川が連れ込んだ新入生の部員だ。
俺はその横に立って、軽く準備体操をしてからすぐにダンストレーニングを開始する。途中からのリズムでも見慣れてきた動きにはすぐに入っていける。
市川に紹介された時は俺の方をチラッと見てからニヤリと笑って会釈したリュウ。俺を小馬鹿にしたような態度だった。マサキに対しては冷たい視線を送り、まるでライバル視をしているかのよう。見た目はマサキの方がスラリと背が高く、鼻もすらっと伸びていていいツラ。俺はさして背も高くなく、取り立ててイイ男というツラもしていない。あの時はそれだけで判断して斜に構えた若き男も今じゃ俺のダンスに圧倒されて、必死になって俺の動きを研究している。横目で俺の動きを真似している視線を感じる。
マサキは先に仮想空間のレッスンをしているらしくこのトレーニングルームにはいない。それが終れば俺がそいつを行う。俺らはすでに実践に向けて動き出している。
「全ての動きに対処できなければ計画は成し遂げられない」
ある夜にマサキはそう俺にプレッシャーを掛けて、完璧なダンスを求めた。
「後は毎日これを続けるだけだ。わたしは大学の研究で忙しいから、いつもここに来れるわけではない。わからないことがあれば電話なりメールなりをしてくれ」
市川は六月の初めにそう言って、その仮想空間システムを自由に使わせてくれるようになった。動きにはかなり慣れて回復装置を使用するような機会もほぼ無くなった。
夜の一〇時にチャイムが鳴り、俺とマサキ、リュウの一日が終る。
「おつかれ」と、汗を額から流す爽やかスマイルのマサキが素気なく帰ってゆく。毎日がこの繰り返し。これがキャンパスライフというものなのだ。




