5.ニューシーズン 3オブ4
モコモコとした毛皮風の一人掛けソファーが並ぶカフェでシエスタ。ドリンク目的より休憩目的のゲストに最適なカフェ。二時間で1ドリンク制、タイムオーバーで追加料金が発生する。ちょっと休憩に使うだけだから俺には二時間あれば十分だ。
天井には白いクッションが雲のようにぶら下がり浮いて見える。大きな球体のランプは赤々と輝く太陽で、壁一面はスカイブルー、床には濃いグリーンの人工芝、公園のような擬似空間の演出が心地よい。どこからともなくそよ風がゆらりゆらりとやってくる。半分スリーピング状態でゆったり過ごす。レム睡眠状態で楽しい夢を見て、ウエイクアップで再スタートしよう。
うっすらと半目を開くと、おかっぱ頭の幼顔が俺の寝姿を見ている。
「なんだ。何なんだ」と俺は言う。
「お疲れですねえ」
あおは隣の赤いモコモコソファーに腕を掛けて立っている。いつもこいつは俺に付いてくる。少しずつその気持ちにも気づき始めている。キイコの事だけを考えていた頃は邪魔に感じられた女だけれど、今となって何気に居心地の良ささえ感じる。気取る必要もないし、思いやる必要もない。文句を言えば怒るけど、絶交となることはない。
「となりで、じゃま?」と、あおはいじらしく俺に尋ねる。
いつもなら『ああそうだ』と言うけど、「好きにすればいいさ」と俺は言う。
彼女は唇を尖らせているけど「ふうううん」と納得して赤いソファーでゆったりと横になった。
おまえが隣なのも悪くはない。不思議といつもよりも安らげる時間が生まれている。
※
広々としたキャンパスの校門を潜ると珍しくマサキが姿を現した。こうして日の当たる場所で彼の顔を見るのは初めてだったかもしれない。
「ちょっといい?」
キャンパス内の芝生に囲まれたカフェテラスで暖かい五月の日差しを浴びながら呑気な気持ちでアイスコーヒーを口に含む。このアトモスフィアと馴染まない堅い表情のマサキは、何かに恐れているかのようにさえ見える。
「何ですか?」
俺が少し強い口調で尋ねると、彼は顔を和らげる。
「いや。その。市川先生の考えだけど、もし抜けるなら本当に今だけだ。最近彼は能力のある新入生にも目を付けているようだからね」
怖気づいたかのように俺に言う。
「なら、マサキさんは辞めるつもりですか。なんだかわからない利用を恐れて退くと?」
彼は首を横に振る。
「もちろん。そのつもりはないよ。僕には、やりたい事がある」
その言葉の意味するところ、マサキは何かを感づいている。いや、もともと知っていたのかもしれない。俺より一年キャリアが長い。俺の知らない市川との一年があり、すでに気づいていて、俺に尋ねてほしいと望んでいるような素振りを見せている。
「つまり、あれが何だか、知ってやっているかいないかって質問ですか?市川がまだ真に言い切っていないカナメについて」
「そうだね。少し考えてみた方がいい。少し経ったらまた会おう」
マサキは俺の質問を無視して立ち上がり、その場を去ろうとする。俺は彼を引き止めずに頷いて見せた。
「では、また数週間後あたりにでも、どこか別の場所で会いましょうか。少しだけ考えてみますよ」
俺はそうとだけ言う。マサキはそれに頷くと、カフェテラスを去っていった。
毛頭から辞めるつもりはない。ただ少し考える素振りが必要かもしれない。そして再びマサキと会うときには全ての真実を知りえることになるだろう。
※
やたらと高いビブラートの鐘の音が鳴り響く街を見下ろしている。音は新しい朝の訪れをいつものトーンで告げている。朝日の見える丘の上から平たい住宅が建ち並ぶ街並みを見渡して、ベイクッドベイコンを挟んだサンドイッチを口に頬張る。
ブルーレディーを知らせるお出ましソングが鳴り響き、ため息一つを落としてから俺は手首を揺すって電話に出る。彼女の声が聞こえてくる。
「おはよぅ・・・今・何処にいるの?」
「きみが小さく見える場所さ」
「えっ・あっ!はあ~、そぉ」
「朝のお決まり、ミルクティーは?まだ飲んでない?」
「あっ、うん・まだ飲んでないよ」
「じゃぁ、いつもの場所で」
ブルーレディーの声をオフ、下り坂を転がってゆく車輪の速度に任せて、同朋の未来を探しに俺は行く。それが新しい一日の始まりだ。
休日をあおに会って、ショッピングモールを散策する。何を買うわけではないけれど、彼女のファッションセンスやフェバレイトホビーを、行き先や会話から知ることができる。意外と家が近いことや似たようなセンスは、何気ない会話からひょっこり出てきて親近感を生み出す。
嫌さはない。彼女のハートに近づけて、ここ最近の不可解な世界に乱されていた俺の心のビートをセーフティーネットとなってくれる声が鎮めてくれる。俺が現実に生きているのを、あおの黒い眼はじっと捕まえてくれていた。




