4.ファーストラブ 3オブ3
今年度最後の講義を迎えていた。あっという間の大学一年間の生活が終りを迎えようとしている。
「若さには発散しきれないエネルギーがある。悶々とした活力で常に過ちを犯す。若者の過ちなどあって当然」今年で七〇になる教授はゆっくりと語り出した。「一日一日と抑圧の社会で過ごした先には終りがあるだけだ。君たちが今を暮らす五〇年先、時代は大きく変わるだろう。時代の変化は突如のものではなく少しずつ、半世紀を飛び越えれば大きな変化がこの時代にもある。この学び舎で育った者たちも時代の変化に関わる数々の研究をしてきた。似たような日々を繰り返すと惰性に陥って出来る事も出来なくなってしまう日もある。答えのないままがむしゃらに進み、過ちに落胆する日もある。小さな不満に拘り大意を見失う日もあるだろう。社会で生活する五〇年は長いものだ。長いから一時一時が面倒に長く、ストレスを生み出す時間に感じてしまう。それでも時は過ぎてゆき、過ぎてしまった時はもう二度と取り戻せない。終末の日ばかりを待っていたら何をせずとも時は勝手に過ぎてゆく。不貞腐れていたら時は自分を無視して前へと進んでいってしまう」
情報システムの研究者として第一線を歩んでいた教授も年を越して、この講義を最後に定年となり高齢者移住区へと移住しなくてはならない。九州道や北海道、いつくかの地域には平均七〇歳以上の高齢社会が成り立っていて、ドロップアウトもリタイアも同じように高齢者地区に移ってそこで生涯を終える。二〇五四年におきたセブンティーダウン革命以後にはそういった社会形態が進んだ。
「長く生きようと生きることが得策ではない。若者よ。自らの為に今を生きよ」
当時の革命家の言葉を真似て老教授は最後の言葉としてそう叫んだ。社会から老年層が追い払われた革命家は六〇を過ぎた時に行き場を失い自決した。その老教授は高齢者地区に移り生涯の終りまで生きゆくのだろう。
冬も終わる。
人を恋しんでいる暇はない。俺はキイコに向き合わないこととした。
キイコと連絡を取らなくなるまでに時間は掛からなかった。一分一秒が勿体ないように二日三日と過ぎてゆく中で葛藤の答えは徐々に一点を見据え出していた。『人生は何の為のものか?』と自己の深部に問い掛ければ楽しみや達成感が浮かぶけれど、正しい答えはそうじゃない。
『俺はもっと大きなものを求めなければならない。だから君にはもう会えない』
そのメールをどう受け取ったことか、『どうして?』と彼女はメールで尋ねたけれど、答えを返そうと考えれば考えるほど納得いく答えには行きつかず、無駄な関係を長引かすだけだから、その問いに返答はしなかった。キイコもまたしつこく拘るような女ではなく『冷たい人!』とメールで言い放って身を引いた。
薄靄の朝にはキイコとすれ違った。気づかないふりをする俺の後ろをキイコが過ぎゆく。冷たく響き渡るヒールの音がコツコツと耳の奥で鳴り続けていた。
こんなに虚しいのは何故だろう。虚しいとき、俺はどうしたらいい?ぽつりと独り部屋に取り残されたかのようだ。誰の救いもない水溜りの暗い闇の底にゆっくりと沈んでゆくかのように、冬の終りのキャンパスは静まっている。
世の中は虚しい。
一〇代の終りになって生きる理由に悩む。頭の良し悪しも関係なく人間とはちっぽけな迷いにぶち当たる。何の為に生きるか?と考えて、そんな事を考えても意味がないなんて答えを出す奴は死んでしまえばいい。俺はそんな事言う奴が生きている価値なんてないと思うぜ。俺はいくらでも悩んで生きてゆく。
明日の朝日が昇る頃に蘇ろう。今は死んだ。死んだ時間は齢を取らないだろう。そして蘇った瞬間心臓も肺も新しく、全ての臓器、肉体は新品で、明日を駆け抜けられるだろう。




