3.セカンドステージ 3オブ3
脳を走る電子信号の波が単調なリズムで繰り返される毎日をごっそり奪い去ってゆく。ダンスシステムで繰り返される重低音が今も俺の脳を侵食している。やけに不快で耳障りな音が感情を揺らし、意志はこの国の変革をもたらそうと推し進めている。
世界は崩れ去ってゆく。どこまでも脆く簡単に破壊できる。痛みに耐えて、苦しみから逃げ惑うような生き方を、俺は望んじゃいない。
紅葉した椛の葉が鏤められた庭園の池に弱い陽光が降り注いでいた。日本庭園の遊歩道をくねくねと左右前後に歩いてゆく。地下道に入ると風が吹き込んできた。
右手に持つ焼き芋スティックを口に頬張った。脳へと糖分が運ばれ、不快な感情が少し安らぐ。俺は秋の始まりを楽しんでいたのだ。竹の茂みの奥からは声が聞こえる。安らぎに満ちた細く強い竹筒は美しく、不快に揺らぐ俺の感情に安定を与えてくれる。
「かっこつけてんのか、ふざけてんのか、わからない様相だな」
食べかけの焼き芋スティックを手にして竹を見上げる俺を見て、ケイゴはからかい話しかけてきた。竹の奥から聞こえてきた声は、奴の声で、幻想へのいざないではない。
「かっこつけても、ふざけてもいねえよ」
俺は怒るように笑うように否定した。
今日は日本庭園を学ぶ講義に出席していて、都内の中心にある有料の古いブロック塀に囲まれた庭園を歩いていた。今は二時間の講義を終え、自由となり庭園内を散策している。
「この壁に囲まれた庭園は、有料と無料で分けられている。入場券を買わなければ中へと入れないようになっている」
壁の話が頭から離れない俺は、そうやって議題を持ち上げてみた。
「この庭園を整備するには外側の一般的な公園より金が掛かる。そのための費用を入場券として取るために別れている」
ケイゴは俺の議題にしっかり乗ってきて、真面目に返してくる。だから俺もその回答に心地よく問い続ける。
「塀が無ければ自由に出入りできるが、入場料は得られない。しかしたくさんの焼き芋を売り、寄付を集えば収入は得られる」
「塀は庭園の秩序を守るためのものとも考えられる。自由に出入りできれば物の出入りも自由になる。ゴミが増えるのもあるが、外界からの種子が運ばれるような事態が起きれば日本庭園には合わない木が自生し出すかもしれない」
「一般の公園は清掃員やロボットにより整備され、ゴミも溢れていないし、自生する木々に覆われてもいない」
「庭園は特別だ。より高度な技術で整備されている。また、特別だという理由で人も多く集まる。自由に出入りできれば人が溢れ、秩序は保てない」
「やはり、整備するために塀は必要かもしれないな」
日本庭園内を散策し、塀に行き止まったところで、俺はそう結論付ける。
塀の向こうには舗装された駐車場がある。庭園の周りはコンクリートに覆われ、一般の公園とは距離を保って存在する。東側には遊園地や運動公園といった施設があり、休日に人々の集う娯楽施設がこの周辺に並んでいる。
「しかし国民には誰もが場所の制限なく行き来できる自由が与えられている。これは憲法で保証された権利だ」
ケイゴは閉じたはずの議論に再び異論を唱えてきた。だから俺は答える。
「秩序を守るためには、自由は制限されても仕方ない」
国会では安全保障が優先され、国民の自由は奪われた。国民の権利を与えられた日本人が地方より都会を好み、過半数が州都市圏で住むようになった時代に壁が造られた。都民は都内で利権を守る為、光の壁の整備を認めたのだろう。
「どうした?壁の内側では、壁の内側の人間になったか?」
少し苛立ちを見せるケイゴが俺の顔を見て問いてきた。
「俺は、塀の話をしているのさ。壁の話はしていない。ただ、壁がある理由はしっかりと理解しておく必要もあるかもしれないな」
本当はそうじゃないけれど、俺は敢えてそんな風に答えてこの議題を打ち切った。意識は少しずつ、ある一点を目指し始めている。未来にはどんな光景が広がっているだろう。俺やケイゴが創り出す未来は羽根を伸ばした蝶たちが飛び交う世界に生まれ変わっているにちがいない。




