7.目に見えない真実-3
それから、ベルナと陰影達の快進撃は続く。
「んごッ!」「んごごッ!」「んごごごッ!」
出来るだけパンチやキックなどの単純な言葉を選択し、滑舌よくベルナは命令を繰り返す。その甲斐あって、そこまで苦戦を強いられる事なく、様々なアンデッドを蹴散らしながら一行は進む。
だが、それでも度々謎の誤認識で魔像達が意味不明な動作を繰り出し、敵ではなくベルナの堪忍袋の緒を攻撃してくる。
例えば、「前進」と言えば「全身」の筋肉をくまなく見せてきたり、「動いてください」と言えば地べたを這って「うごめいたり」、歩き疲れて「運んでください」と言ったら無言で三体揃ってベルナを中間に「囲んだり」。
それらはまだマシな方で、弓矢を射掛けてくる骸骨に対し、咄嗟に「ガード!」と叫んだベルナに、『陰影』達はあろうことかパンツの中から鉛筆を取り出し、絵を描き始めた。
両手でハートマークを作っている、可愛らしいギルフィーナのイラストだった。隣に「頑張って♡」と書かれている。
なるほど。「ガード」のコマンドはないけど、「アート」のコマンドはあると。
どういう神経でこのコマンドを実装したの?
どういう場合に使えばいいの?
何でこんなに絵が上手いの?
完全に煽ってきているよね?
このギルド、監察を通したい気ってある?
「あら」
通算十回目の戦闘を終え、ずっと大声で『陰影』達を指示していたベルナが地面にへたり込み、グレゴリアから水筒を受け取り、一息をついていたその時。
砕かれたアンデッド共の残骸から一筋の光る線が漏れ出て、しばらく空中を彷徨った後、やがてベルナの胸に吸い込まれるように消えた。
全身がポカポカしている。何故か呼吸がスムーズになり、肌寒さも心なしか軽減され、疲労が大分回復した感触をベルナは得た。
「グレゴリアさん、これは?」
「おめでとうございます。累計経験値が一定量に達したので、天賦の種子が付与されたようですね」
「これが、あの……」
冒険者の力の源。矮小な人類を高みへと押し上げる、内に秘めし才能の結晶。それが天賦の種子である。
マジマジと自分の両手のひらを見るも、ベルナは強くなった自覚は全くなかった。
「これで、晴れてベルナ嬢がレベル1の冒険者となる資格を得たという訳でございます」
「私が……レベル1冒険者」
高レベル冒険者は凡人と比べると、完全に格の違う上位の生物に見えるが、誰しも最初はレベル1から始めたのである。
悟られたくはないが、言葉にできない興奮と感傷にベルナは身を震わせる。腕力もまた力。無力を嘆くばかりだったベルナが今、初めて自らの手で何かを掴み取った気がした。
「冒険者のレベル上げは茨の道。険しく、無限に思える程に長いのです。この始まりの一歩を無駄にせぬよう、精進する事をお勧めいたします」
「……努力するのは嫌いではありませんが、私はあくまでもこの国の貴族です。領民と、国と、王のための義務が私の背にはあるのです。冒険にうつつを抜かす暇はありません」
グレゴリアは真剣に語るベルナを見つめ、短い沈黙を経て、ベルナから見て初めて悪意の含まれていない笑みを彼女に見せた。
「先生がどうしてあなたの様な温室の花に特別目をかけてやったのか、密かに疑問に思っていましたが……なるほど。この国でもまともなお貴族様っていまだ存在しているのですね」
「当たり前です。そしてあなた方安息の地の悪行を暴くまで、私は家に帰るつもりはありません。覚悟しておいてください」
「ふふ。それは、怖いですね」
しんみりした雰囲気になりかけたが、誉め言葉一つでこれまで受けた仕打ちを忘れる程ベルナも安い女ではない。
《戦争詩人》め。今更いい顔をして。心の中でベルナは初心を握り直す。
まあ、もし本当に《安息の地》を犯罪者ギルドとして検挙できたのであれば、ほんの少しだけ情状酌量の余地を残してやろう。
すっかり上機嫌になったベルナを見て、グレゴリアはまだしても含みのある笑顔を咲かせた。
「ベルナ嬢。まだまだヒヨッコですが、天賦の種子を得たあなたはこれで正式に冒険者の仲間入りとなります。それが何を意味しているのか分かりますか?」
「何が言いたいのですか?」
「重ねて、お祝い申し上げます。これであなたは……陰影達の機能コマンドを更に解放しました!拍手!」
天人の乾いた拍手音が断層に響き渡る。
意味の分からない言葉に呆気にとられたベルナは、しばらく目をぱちくりさせた。
「それはいい事ですか?」
「もちろんです。これまでゲスト仕様だった陰影達がギルドメンバー仕様に切り替わり、出来る事の幅がぐんと伸びました!ただ――」
「ただ?」
「うちは、とても複雑な種族構成をしているギルドでして、そんなギルドで運用されるべくして開発された陰影達は、多くの言語によるコマンド入力が可能でないといけません」
「つまり?」
「つまり、先ほどまで共通語にしか反応しない陰影達は、今からインプットされた全ての言語に反応するようになりました!」
「……それはどれぐらいあるのですか?」
「ざっと千五百種類の言語ですね」
「千五百種類?!」
「ええ。ですので、今から発言と行動には注意した方がよろしいかと」
「ふ、ふざ――誤作動率千五百倍って事?!」
いきり立つベルナであったが、二言目を述べる前に陰影達の機敏な動きにより包囲された。
何故かくねくねと腰を左右に揺らし、股を自分に擦り付ける魔像に対しベルナは思わず絶叫する。
「やめなさい!何をしているんですか?!ちょ、太ももを私の両足の間に差し込もうとするな!」
「『フフザ』はゴブリン語でランバダダンスの意味ですね」
「ゴブリン語?!ゴブリンの冒険者ってあるんですか?!」
「いまだかつて見たことも聞いた事もありませんね」
「なら何故実装した?!そもそもゴブリンってランバダダンスみたいな複雑な概念を理解しているんですか?!」
ぜえぜえと息も絶え絶えなベルナを満足ゆくまで眺めた後、ようやくグレゴリアは彼女を魔像達の間から引っ張り出した。
「グレゴリアさん。《白金樹》が有能って話、もしかして嘘なんですか?それとももしかして《白金樹》は貴ギルドにおける拷問官か何かですか?」
「人聞きの悪い事を言わないでください。ほら、陰影達もあんな悲しそうな顔をして……」
「そもそも土偶の仮面で表情見えないでしょ!」