5.目に見えない真実-1
ベルナは目の前に屹立している三体の……三体の……何だ?生物?物体?の余りにも冒涜的な外見によって、しばらく言葉を奪われた。
「あの……これ……は?」
精一杯の力で捻りだした質問に対し、隣にいる白衣の女性はその長すぎる袖を振り回し、上機嫌な表情で返答する。
「魔像ですぅ」
「えぇ……」
《白金樹》のビナー。
気が抜けそうな喋り方だが、油断ならない。
希少職業、魔導学者。
国からの資料で書かれていた評価をベルナは思い浮かべる。
極めて知能が高く、そしてその卓越した頭脳と反比例するように正気ではない、と。
一言で言えば……マッドサイエンティストである。
「これが……魔像?」
「……?魔像以外の何に見えますぅ?」
腰まで伸ばされた己のオリーブグレイの長髪を指でクルクルしながら、怪訝そうな表情でビナーが聞き返す。
くすんだ薄灰色の皮膚を露わにしているそれらは、ベルナの知る魔像とは似ても似つかない。
もっとハッキリ言おう。
どう見ても人間だった。
鋼の様な強靭な筋繊維によってコーディングされた見事な肉体は、機械的、無機質的ではある。
生きている人間ならば、およそここまで体脂肪を絞る事は叶わない事も、分かる。
だがそれでも……この「魔像」達は人間を模して作っているか、あるいはそもそも原材料が人間である事は、魔導科学に疎いベルナでも一目見れば分かる。後者でない事を祈るしかない。
顔を覆う土偶の様なお面といい、全身に身にまとっている衣類がシルクの光沢を放つ薄っすら一枚のポージングパンツだけといい。
余りにも人間の尊厳を踏みにじる何かを感じる。
「あの……魔像と言われましても。完全に、これ筋肉……ですよね?」
「違いますよぉ。外骨格ですぅ」
「……わざわざこの形に?」
「趣味ですぅ。素敵な造形でしょぉ?」
「はぁ……」
肯定する気にはなれないが、否定するわけにもいかなかった。何故なら、これら『陰影』という名の新型魔像は今文字通りベルナの生命線である。
どうやら、これらがのちほど行われる断層探索中に、身を挺してベルナを保護するためのメンバーらしい。
ベルナは吐きそうであった。
「音声認識で動くのでぇ、ベルナちゃんさんが指揮してくださいぃ」
「ええ?!私が?!ビナーさんが操縦するのではないのですか?!」
「ビナーちゃんはそもそも、外で待つしかないのぉ。じゃないとこの子達が倒した敵の経験値は、ビナーちゃんの方に入るからぁ」
「あの、経験値とかいりませんので……開発者であるビナーさんがコントロールした方がきっと」
「だめですぅ。先生ちゃんの命令ですからぁ」
ぶかぶかの白衣で身を包んでいるビナーは、指を艶めかしく咥えながらうっとりとした表情で己が傑作を眺めていた。
決して性的な恰好ではないはずなのに、白衣が薄いせいか、その下にある肉体のラインは光に照らされると相当浮き彫りになっている。
これ白衣の下にもしかして何も着ていないのでは……?
両足はタイツに包まれているが、スカートやズボンの痕跡が見当たらない……
ともかく、一人称が自分の名前で、語尾が妙に伸ばされているこのぶりっこな知識人。
このナリで《戦争詩人》と同じく《安息の地》の中核に位置する幹部の一人である彼女も、当たり前のようだけど、ベルナを助ける気はないらしかった。
先ほど、ギルドの長であり、《安息の地》における絶対的な権力者である《万紫千紅》により、ギルド新メンバーの無情なる断層送りが決定された。
双生の鮮血湖の危険度認定レベルは6である。ここを安全に踏破する事のできる人は冒険者の総数から見るに約四割。ろくに鍛錬も積んだことがないお貴族様が立ち入っていい場所では断じでないのだ。
ビナーに助けを求めるのを諦め、何度目かすら覚えていないが、ベルナは懇願の眼差しを隣に立っているグレゴリアに向けた。
「あの……《戦争詩人》さん」
「あら。先生の命により仲間になったじゃないですか。よそよそしい二つ名呼びじゃなく、気軽にグレちゃん様とお呼び頂いても結構ですのよ。私もベルナ嬢と呼びますので」
「グレちゃん様……無理です……」
「あら。重傷ね」
ベルナの顔色は天人の穢れ無き翼よりも白くなっている。緊張をほぐすためのグレゴリアのジョークにも反応しないところから見るに、本当に参っているようであった。
ちなみにベルナの身にはグレゴリアの特殊技能により光り輝く鎖が巻き付かれているので、なりふり構わず逃げる事すらも許されていない。
「そんなにビビらなくともいいですのよ。先生はあなたに我らがギルドのバッジを授かり、メンバー登録のサインもしてあげたじゃないですか」
「それは法的に私を自由に弄ぶ立場に置くためでしょう?!より長く苦しめるつもりですね?!私が何をしたと言うのですか!」
ぴょんとベルナは跳ね上がり、数時間前に初めて会った時あれ程警戒していたグレゴリアに食いかかる。しかしながら鎖のせいでその絵面は滑稽であり、迫力などないのだ。
天人は呆れたかのように小さく嘆息した。
「確かに先生はお茶目な方で、私もご褒美のお預けや可愛らしい意地悪をくらうのはしょっちゅうです。ですが、これは心の底からの感想なのですが、先生は『優しすぎる』のです」
グレゴリアはベルナの目をしっかりと見据え。
「……もどかしい程に、ね」
そう、言い放つ。
その言葉には重みがあり、ベルナには場凌ぎの嘘のようには感じられなかった。
「私の冒険者レベルは、ご存知で?」
「……ええ、まあ。確か11でしたよね?」
「その通りです。この国の冒険者レベルの上限は15となります。自分で言うのもなんですが、レベル6の双生の鮮血湖など物の数ではないのです」
「本当?私死なない?」
「……………おおむね死なないのではなくて?」
「そこは断言してくださいよ!」
若干幼児退行しているベルナを見て、グレゴリアは思わずその顔に愉悦の色が混じる笑みを浮かべた。
「はぁ……ちなみにですが、グレゴリア……さん。吟遊詩人……ですよね?」
「ええ、そうですが。どうかされましたか?」
「その……素人質問で申し訳ないのですが、吟遊詩人のメイン武装は何かしらの楽器のはずでは?」
「そうですよ?」
「その、楽器はいずこに?」
「?これですが」
グレゴリアが掲げたのは長さ約一メートルもある、先端が星状に咲いている白銀のメイスであった。手に持った訳じゃないが、見た目からしてベルナでは絶対に振り回せない質量がある。
「え?」
「楽器です。銘は『理解を促す者』」
「いえ、どう見ても鈍器ですが」
「打楽器です」
「そんな魂の音色を奏でる的な言い方をされましても」
「いい音しますよ?」
「それは金属音と言うか……もういいです」
すっかり気を落としていたベルナに対し、グレゴリアは冷ややかな流し目で一瞥した。
「心配せずとも、我々は断層探索に対し何処までも真剣です。ふざけた事も油断した事も一度たりともありません。でないと、あなたに貴重な陰影を貸し与えたりはしません」
「そう……ですね。そうですよね」
もはやベルナは自分を催眠する段階に片足を突っ込ませた。
ベルナ達が今いる場所が何処なのか、実は彼女は詳しくは知らなかった。
ファデラビムに位置するギルドハウスの五階で、複雑な魔法文字がびっしりと刻まれた二メートル丈の巨石に触れ、ベルナはグレゴリア達によって強引にここに連行された。何かしらの空間跳躍の魔法らしい。
目の前の、断層の入り口は空間そのものが切り裂かれた傷口の様な見た目をしていた。それ以外の形容の仕様はなく、その色は危険色であるかのように赤色に点滅している。
めっちゃくちゃ入りたくない……
「えっと、『陰影』さん……達?その……よろしくお願いいたしますね」
藁にも縋る思いでベルナは三体の魔像に話しかける。
「んご」「んごご」「んごごご」
「うぇ?!」
「ご自分で話しかけたのに、返事が返って来ただけで何故こうもびっくりしているのですか?」
「喋るとは思わないじゃないですか!」
んごごしか言っていないけど、魔像って喋るんだな……
『陰影』らはくぐもった鳴き声と、まるで安心して欲しいかのように、各々ポージングして筋肉を見せつけた。ベルナはその姿勢に、「あなたをお守りします」という言葉にならない意志を感じた。こう見ると悍ましさよりも先に頼もしさが湧き上がる。
愛着と親近感が迸る。
《万紫千紅》、《戦争詩人》と《白金樹》より、この子達の方が絶対優しいのだろう。
名前持ってるのかな。持ってないのであれば付けようかな……
「うぅ……筋肉って素晴らしいですよね」
「!!分かってくれるようになったのねぇ!」
「ベルナ嬢の性癖がこれ以上捻じ曲がる前に出発した方が良さそうですね」
何やらベルナの反応に喜んでいるビナーを無視しながら、錯乱寸前のベルナの手を引き、グレゴリアは双生の鮮血湖の入り口に踏み入れた。