大好きなあの人に正拳突きをブチ込む彼女
「うっ、ううっ、ひっく、ううっ」
泣いているのは幼い頃の私。
「もう泣かないの」
灯子ちゃんの手が私の頭を撫でる。
「だって……」
「弱いからイジメられんだよ。俺と一緒に空手でもやるか?」
「……うん」
亜貴夫くんの言葉に私は頷く。
「はい」
伸ばされた灯子ちゃんの手。私のその手を握り返した。
「よし!! すぐ道場に連れてってやるからな!!」
先を歩く亜貴夫くんを追うように、灯子ちゃんは私の手を引くのだった。
★★★
やっと中間試験が終わった。これでやっと道場に顔を出せる。高校生の本分として勉強が大事なの分かるけど、ちょっとテスト期間が長いよ。
「操」
そう私を呼ぶのは灯子。
「今日でテストも終わりだし、これから遊びに行かない?」
「行かない」
「もしかして他の人と予定があるのか?」
亜貴夫も一緒にいる。
「別に無い」
私は二人の間をすり抜けるようにして教室を出るけど……
「ねぇ、ちょっと待ってよ」
「……道場に顔を出すの。テスト期間中で体が鈍ってるし」
「で、でも今日くらい」
「もうちょっとだったから鍛錬したい」
「日本一空手の強い女子高生まであと少しだったもんな」
「そう。だから、じゃあね」
灯子の悲しそうな顔。
私は無視して歩き出す。少し歩いて振り返る。
後ろ姿の灯子と亜貴夫。歩いている二人はやがて手を繋ぐ。
「……私の見えない所でやってよ」
★★★
もうちょっとだったのに。もうちょっとで全国大会優勝だったのに。だから私には鍛錬が必要なのに……気も散り散り、全く身に入らない。
ベッドの上で拳を強く握り込む。
自分でも原因は分かっている。隠れるように付き合い始めた二人への嫉妬だ。
私の好きな人を、私の大事な人が奪っていく。
どうにもならない感情を抱えて、私は今日も夢の中へと沈み込む。
「よし!! すぐ道場に連れてってやるからな!!」
先を歩く亜貴夫くんを追うように、灯子ちゃんは私の手を引くのだった。
私も強くなるんだ。灯子ちゃんや亜貴夫くんみたいにいつも笑っていられるように。だからいつまでも一緒にいてね。
だけど灯子ちゃんが急に私の手を振り払う。
「……どうしたの?」
灯子ちゃんは急に走り出して、前の歩く亜貴夫くんの手を取った。
嬉しそうにはにかむ灯子ちゃんの横顔に、私の胸はズキリと痛む。
「灯子ちゃん、亜貴夫くん……ま、待って。ちょっと待って」
二人は私を置いて歩き出す。
「ねぇ、待ってよ、置いてかないで」
振り返りもしない。
「ヤダ、ヤダよ、だって、私だって……私だって好きなんだから!!」
涙がポロポロと流れ落ちていた。
朝の日差しが腫れぼったい目に突き刺さる。
こんな夢で泣くなんて、我ながら情けないよ。
★★★
放課後の誰もいない教室。
わざわざ呼び出すなんて。死刑宣告でもするつもり?
「灯子。放課後まで待たせて何? 道場行きたいんだけど」
「だって連絡しても返事くれないから」
「あっそ」
「ずっと親友だと思ってる。これまでも。これからも一緒にいたい」
「そんな事が言いたかったの?」
私だって。私だってそうだ。ずっと一緒にいたい。
「そんな事じゃないよ。私には大事な事だもの」
「それで?」
だったら何で隠してたの?
「……でも言い出せなかった。だって同じ人を好きだなんて……」
「亜貴夫の事? 別に好きじゃない」
そう、好きじゃない。
「だったらどうして……どうして私達を避けるの? 操だって亜貴夫の事が好きなんでしょう?」
「だから好きじゃないって。何か勘違いしてるんじゃない?」
言えるわけない。
私は灯子に背を向ける。
「つまり、どうしたいわけ? 私はどうすれば良いの?」
「私は前みたいに話したい。また前みたいに一緒に」
私は灯子の言葉を遮る。
「つまり『自分は親友の好きな人と恋人になりました。親友は自分のせいで失恋してしまったけど、親友とはこれからも仲良くしたい』って事? ちょっと親友かわいそうじゃない? バカにしてる?」
「ち、違う、私は……」
「何が違うの?」
「親友も好きな人も失いたくないと思ってる。バカになんかしてない」
「それをバカにしてるって言うんじゃないの!!? そんな勝手……」
「……ごめん」
背中越しの灯子の声。
「……何が言いたいか分かんない。もう行くから」
私も分からない。分からないから泣き出したい。分からないから逃げ出したい。
そのまま教室を出ようとするけど……灯子が私の手を掴む。そして強引に向き直る。
「操」
「離して」
離さないで。
「離さない。本当はもっと早く言わなくちゃダメだったんだ。だから今日は離さない」
「まだ何か言う事があるの?」
言わないで。
「私、亜貴夫の事が好きなの」
そうか……私、今……失恋しちゃったんだ。
私のその場にペタンと座り込んだ。
涙が落ちて止められない。
「うっ……あっ、ううっ……」
「ごめんね」
灯子に抱かれて……
「うわぁぁぁぁぁんっ」
私は泣いた。
★★★
しばらくして。
私と灯子は窓際を背にして並んで床に座る。
「盛大に泣いてスッキリした」
「……失恋させちゃったね」
「いつまでも三人一緒ってわけにはいかないし。遅かれ早かれって事で」
「操……」
「それと勘違いしているようだけど、好きな男とかいないし。亜貴夫だって別に好きじゃない」
それは本当。
「え?」
キョトンとした灯子の表情
「きっと私はただ寂しかっただけ。いつも三人一緒だったのに、二人が隠れるように付き合いだしたから」
「そ、そうなの?」
「だから失恋なんて最初からしてないんだけど」
それは嘘。
「そ、そんな~」
ガックリとうな垂れる灯子
私は笑って目を閉じる
★★★
「灯子ちゃん、亜貴夫くん……ま、待って。ちょっと待って」
二人は私を置いて歩き出す。
「ねぇ、待ってよ、置いてかないで」
振り返りもしない。
「ヤダ、ヤダよ、だって、私だって……私だって好きなんだから!!」
涙がポロポロと流れ落ちていた。
……でも……
……それでも私にとっては大切な二人。それは絶対に変わらない。涙をグイッと拭う。そして駆け出して灯子ちゃんと亜貴夫くんを追い抜き、振り返る。
「私、絶対に強くなる、だからいつまで一緒にいてね」
「おおー、操、ヤル気だな!!」
「うん、ずっと一緒だよ」
★★★
目を開け、一息。
「あ、そうだ。隠してた罰として一回叩かせて」
「え!!?」
私は立ち上がり、灯子を掴み上げる。
「これで許してあげよう」
「えっ、えっ?」
ギュッと拳を握り込み。
「ほら行くよ」
「ちょ、ま、待って、え?」
ドズンッ!!
正拳突きを灯子の腹部にブチ込んだ。
「オボゴロォォォォォッゴァァァッ!!」
ドンガラガッシャンッ!!
殴り飛ばされた灯子は机や椅子を吹き飛ばし、戸を破って廊下まで転がる。
我ながら凄い威力だな。でもこれくらいは良いでしょ。
「お、おい、操、お前、一体何を!!?」
「亜貴夫。廊下で全部聞いてたんでしょ。だったこの後どうなるか。まぁ、二階ぐらいなら大丈夫だと思うし」
「ま、待て、掴むな!! うおっ、な、なんだこの力!!? 強過ぎるだろおォォォォッ!!」
亜貴夫を教室の窓から外へと放り投げる。
「ふぅ……これで……本当に全部終わっちゃったな」
★★★
それからというもの。
私が拳を握り込むと……
「ひぃっ」「ひぃっ」
灯子と亜貴夫はビクッと体を震わす。
しばらくはそうなりました。