閑話④
次回更新は未定です。
前回までの…閑話ですねこれ。というわけで銃もって寝転がってただけの斎藤でっす。
VSキマイラ決着。ということで、え?強ない?これ初回で大丈夫?次これ世界滅亡待ったなしでは。
そんなかとない不安を抱いておりますが。安心して下さい。S級の強さ尋常じゃないんで。
ところで、僕の"弱さ"なんですが、これいわゆる超能力なんですよね。という訳で、ちょっと説明を。
超能力: 特定の個人が持つ特別な魔術のこと。ちなみに惑手力を消費しないものを超能力、消費するものを魔法と呼んでいる。ごく少数の者しか発現しておらず、超能力や魔法に関しては全く解明されていない。
斎藤の超能力: 必中。狙った場所に放ったものを当てる能力。ただ、ヒト型を狙った場合、頭部か左胸(心臓)しか狙えなくなる。今回、斎藤はその特性を逆手にとって、視界の中にいる黒い人型を漠然と狙っていた(そもそも斎藤の動体視力では追いきれない)。この場合、弾丸は勝手に頭部か心臓めがけて飛んでいく。今回は心臓に当たった(1/2の確率で頭部)ということ。
私の中で惑手力が燃えている。
アイリは戦いの最中、両手で胸を押さえ、掻きむしりたい衝動に駆られていた。
…ただ、そんな暇があるはずもない。黒い怪物との戦闘は背に生える8本の帯を使っても、手が足りないのだから。
ずっと熱い。熱くて、痛い。
燃え盛るかのような惑手力の炎は、アイリの中のたくさんのものを焼き尽くそうとしている。
その中には、彼女にとって命より大切なものも含まれていた。
だいじょうぶ。まだ、覚えてる。
守りたいもの。大切なひと。
心が燃える痛みに耐えながら…いや、耐えるために彼女は大切な人を強く想う。
ユウ。
その心を頼りにアイリは戦っていた。
敵から降り注ぐ火球を全て撃ち落とし、なるべく敵より高いところには行かないようにする。
…火球が天井に当たれば、瓦礫が降り注ぐだろうから。
大技は使えないし、使わせない。
…余波で何が起こるか分からないから。万が一、敵が使うようなら向きを確実に限定させるように。
敵に余裕を与えない。
…アンタの敵は私だと。これ以上、余所見などさせないように。
永遠にも思えた時間。一瞬で過ぎ去った時間。
そして、信じ続けたその時が訪れた。
戦いの中でも、確かに届いた声——————
——————撃て。
その惑手力の思念が届いた瞬間、アイリは全力で岩を蹴り、敵に向かって跳んだ。
これが最後とばかりに8本の帯を振り回し、火球を全て防ぎながら、怪物へと肉迫。そのまま可能な限りの惑手力を注ぎ込んだ脚で、思いっきり敵を蹴り飛ばした。
ユウのいる方向とは反対へと。
その行動は倒すためでも、弱らせるためでも無い。狙いはただの時間稼ぎである。
己が逃げて、ユウが弾丸を放つ刹那を埋めるための一撃である。と、黒い怪物が気づいた時には、もう何をするにも致命的なまでに時間切れだった。
黒の視界の端で、地面へと直下降していく白が見え…
一瞬の思考の後、黒い怪物が選んだ行動は、逃走だった。
初めて感じる逃れようの無い死の概念。
その銃口から感じる絶大な殺意を前に、圧倒的な強さを誇る彼女はみっともなく背を向け、全力で飛んだ。
何よりも速く。ただ速く、音すらも置き去りに。
だが、それを嘲笑うように弾丸は放たれた。
ほぼ止まった時の中で、弾丸だけが突き進む。
それには実体がない。銃身の中で光速の10%に加速した10μgの白金は瞬時に燃え尽き、残ったのは『時速3万kmで翔ぶ』という概念。それに乗るのは物質化寸前にまで凝縮された惑手力。
弾丸を加速することによって生じた莫大な反動で銃身が爆散し、狙撃手とその周囲が吹き飛ぶ中、高密度の惑手力は過たず標的の背中へと着弾。その運動エネルギーで空間の応力を超え、高密度の惑手力どうしが合一した瞬間。
無空境界へ達し、その全てが消滅した。
その現象を見ることもなく、アイリはただ落ちて行く。
背中から、力尽きたように。その背に生えていた帯は白い焔と消え、残ったのは全身を覆う白い炎。
あぁ…燃えてゆく。
大切なナニカが、失われていく。
浮遊感の中、アイリは強く想う。
まだ、忘れてない。
貴方の温かい手も、その笑顔も。
この大切な気持ちも―――
気づけば、泣いていた。
何を忘れたのかさえ、忘れてしまうその喪失感から涙が溢れて止まらない。
―――すこし、寒いよ…。
永くて短い自由落下の終着点。
―――ユウ…。
強い衝撃と背中に感じた仄かな温かさと柔らかさを残して、アイリの意識は再び闇に溶けた。
—————————————————————
狙撃の反動で瓦礫もろともぶっ飛ばされ、自由になった僕の目に、スゴい速度で落ちてくる女の子が見えた。
…空から落ちてくる女の子おるやん!
前世から叶えたい夢の一つ。
空から落ちてくる女の子を受け止める。を達成する絶好の機会を前に、僕は残りの力を振り絞って走った。
流石にただ落ちてくるアイリの真下に行っても、結果は両者重症だろう。
ここは出来るだけ高くジャンプして、僕が描く放物線の頂点、そのちょい下でキャッチ。そして、着地した瞬間につま先、膝、肘、肩、背中の順に転がるように受け身を取れば勝つる!!
朦朧とする思考に、感覚のない身体。
それでも、出来る限りを諦めない。生きて帰ると約束したのだから。そして…
「ホゥ…。」
ギリギリセーフ…。
その全てを完遂した僕は、尻もちをついた体勢でアイリを抱きしめながら、大きく息を吐いた。
…前世で空から女の子が落ちてくるシュミレーションを妄想していて正解だった…人生ほんと何が役に立つか分かんねえな、これ。
戦いが終わった実感もなく、少し息をついたタイミングでインカムがうるさいことに気づいた。
『…ウ!ユウ!聞こえていたら返事をして!パスが切れて何も…!お願い、届いて…!』
集中しすぎて音が聞こえていなかったらしい。どうやら衝撃に巻き込まれて朱ねぇの使い魔は消えてしまったようである。
…これ返事しなかったらどうなるのかなぁ、と騒がしいインカムを聞き流しながら考えつつ、流石にどうかと思うので声を上げた。
「…あいあーい。えー、こちら斎藤でー『ユウッ!ちょ、あなた聞こえているならさっさと声出しなさいよ!このバカ!人でなし!わ、私がどれだけ心配、した、とっ…。う…うぅぅぅ………。』すいませんごめんなさい。」
朱ねぇにめちゃくちゃ泣かれた。
ものすっごい罪悪感。
『うぅー、グスッ…。…その様子だとアイリも無事なのね?』
「多分…。意識は無いけど、息はしてる…ん?何か白っぽい?ちょっと僕の目が霞んでるだけかも…。」
泣いてる女の人にどう対応すればいいのかサッパリである。今は自分も女の子だけど。
恐る恐る答えた僕に、朱ねえは焦ったように畳み掛けてきた。
『白っぽい!?ちょ、ハッキリしなさい!』
「いや、ごめん朱ねぇ。正直、話してるのもキツくて…。そろそろ眠い…。」
薬が切れてきたようだ。
血も足りないし、無理をした疲労がどっと押し寄せてきた。ぼんやりする。
『寝るな!まだ燃えてるのかもしれないのよ!?』
「いや、でもぉ、覚醒してないじゃん。なら大丈夫…『半覚醒と言ったでしょう!その量は少なくても確実に代償は支払ってる!白っぽい気がするなら、元に戻るようなんとかしなさい!!』えぇー?」
ふらついてきた頭を支えるように目頭を抑え、頑張って焦点を合わせる。…うん、アイリ白いわ。何なら薄ぼんやり光ってるわ。
「…これ、どうすんの?」
驚きでちょっと意識が戻る。
朱ねぇが叫んだ。
『意識に強い衝撃を与えるのよ!どかんって!』
「意識無いのですが、それは」
というか意識に強い衝撃を与えるとは…?
推しの不祥事とか突然の引退とかならめちゃくちゃ強い衝撃がくるけど…。それは爆速で目を覚ますわ。速攻で夢と断じるけど。
クエスチョンマークを出しまくってる僕に、朱ねぇがとんでもないことを言い出した。
『…なら、キスよ!ユウのキスなら目を覚ますはず!!』
「はぁ?」
なーにを言っていらっしゃるんです??
今から魚でも釣ってこいって?どうやって見せるんですかね…。(すっとぼけ)
『眠れるお姫様の目を覚ますには王子のキスが必要ってよく言うし!』
「僕、女の子ですよ?」
中身は通算アラフォーの男の子!
というか同意のない接触は悪質な犯罪…!しかも相手は未成年…!歳の差ダブルスコア…!完全に役満です。ありがとうございました。
僕の躊躇いが伝わったのか、朱ねぇが強めに畳み掛けてくる。
『そんなの関係ないから!今、この瞬間にもアイリは忘れ続けてるの!早く!』
「そ、そうは言っても…!それにアイリの初めてをこんな形で奪いたくないですぅ!!」
一瞬の間。
静かに重く、朱ねぇが呟くように言葉をこぼした。
『…アイリちゃんのキスが初めてって…それ本気で言ってる?』
「妹みたいなアイリのそんな話聞きたくなかった…!!」
そこに言及するのか。ってか、なんてことを言うのか。
僕の意識に強い衝撃が走る。
こんな状況でしょうもない会話のキャッチボールをしている場合ではないけど。
…ただ、僕の覚悟は決まった。
とはいえ、少し抵抗することを許して欲しい。
キスをする場所に指定はない。であれば。
屁理屈なのは承知で、まずはおでこにチューしてやる…!
脳裏で理想の自分を思い描き、気持ちを作る。
キスをするなら、せめて血塗れの唇を何とかしようと袖で拭こうとして…その袖も血でベトベトであることに気づいた。
あぁ…。アイリごめん。
でもこれ僕のファーストデコチューだから許して…。
一度、天を仰ぎ見て心を無にして…
そっとアイリの額に唇を落とした。
役目を果たし、そっと顔を離し、開けた僕の視界に、アイリの顔が映った。
「うぁ…アイリ…ごめんよ…。」
思わず謝ってしまう。
中身おじさんがキスしたのもそうだが、アイリの綺麗な顔を僕の血で汚してしまった。
未だ少し幼さが残る、あと3年もすれば美しい女性に成長するであろう少女。庇護欲と色香を誘うような、そんなアイリの顔に僕の血が乱暴にこびりついている。そんな状態をみた僕の脳裏には、罪悪感とともに何かすごく恥ずかしい気持ちが湧き上がっていた。何だこの背徳感。こわ…。
蕩然とする僕の耳に朱ねぇが叫んだ。
『キスはしたの!?どうなってるの!?』
それを聞いて、慌てて確認する。
アイリの肌の色は…。
「あ!戻ってる!!」
『ほんと!?見間違いじゃない?』
「ぼんやり光ってたのが無くなってる!おおーー!よかったぁーー!!」
肌は白っぽいような気もするが、元々アイリは肌が綺麗なのでこんなもんだろう。
『あぁ…よかった…。よかった………。』
インカムから、倒れこむように椅子へ座ったような音とともに、静かな安堵の声が聞こえた。
ほんとそれな…。
目の前の危機が収まったことを理解した途端、体から力が抜けていく。
どうやら今度こそ限界が近い。
全てを投げ出したくなるが、まだ休むわけにはいかなかった。
核であるキマイラを失った現在、この異界はいつ崩壊してもおかしくないからだ。
腕と腰と脚に力を入れ、三角座りもどきの体勢からアイリをお姫様抱っこして立ち上がろうとして…
体に全く力が入らないことに気がつく。
あ、やば。
急に視界が狭まり、一瞬意識が飛ぶ。
気がつくと見える景色は地面と平行になっていた。
目の前には同じく地面に横たわるアイリ。
倒れた拍子に手を離してしまったか。
朦朧とする意識の中、救援を頼もうと声を出そうとして…大量の血を吐き出す。
っ…!
息もままならない中、声など出せるわけもない。
遠くなる意識、一切の感覚が失われる中で、僕は明確に死を予感する。
怖い。
死ぬのは、怖かった。
何より一人になるのが怖かった。
振り絞る力も残ってないのに、ただ、がむしゃらに誰かの存在を感じたくて、アイリ目指して這いつくばる。
ぼやける視界、ブラックアウト寸前の意識。
伸ばした手がにぶい感触を伝えてくる。
その僅かな抵抗感へ、縋り付くように抱きついた。
温もりは感じない。柔らかいかどうかも定かではない。ただ大きな充足は感じた。
地面が揺れ始める。
崩壊が近い。
インカムがうるさいような気もするが、何も聞こえなかった。
唯一、残った視界も、得られる情報が理解できなくなってくる。
崩れゆく世界の中、せめて少しでもアイリが傷つかないように、僕は必死で抱き寄せた。
大きな恐怖と寂寥感、押し寄せる諦観の念。
闇の中を落ちていく。
意識を失う直前、僕が最後に見たものは、
鮮やかな、長い金色の髪。
…救援…か…。
彼女なら何とかしてくれる。…多分。
最後の最後でそんな安心感と、一抹の不安も抱えつつ。
限界を迎えた僕の意識は闇に落ちた。
ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
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