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ギャルゲーと僕。  作者: のりたまごはんとみそスープ
14/16

気持ちの名前は、未だ分からず。ただ、あることは知っている。

次回本編更新予定は未定です。次が最終章。完結編開始までもう少しお待ちください。

前回までの僕とギャルゲー。

はいどうも皆さんこんにちは。そろそろ出番をくれ斎藤です!

いや晴人。何の関係もない彼氏を妬みすぎじゃろ。そんなんだからモテないと何度言ったら…。そんなわけでご令嬢依頼完結。轟さんの助言も素晴らしい。ってかコスプレしたら?だなんて…。轟さん、言い出しっぺの法則って知ってる??僕はセラが好きなんだけど…。(チラッ)…まあ冗談はさておき。本編、どうぞ!


昇降口。

上履きを靴に履き替え、外に出るところで藤宮さんがおずおずと口を開いた。


「あの…二人にお願いがあるんだけど。」


「?何かしら?」


轟さんは返事をして、俺も目で続きを促した。


あたりはもうすっかり夜である。早く帰って晩御飯を食べて、ソシャゲをせねば…。こんなに遅くなるとは考えもしてなかった。今日中にはイベント限定のカードを完凸しようと思っていたのにね。まだ一枚もないよ?不思議だね。


藤宮さんは申し訳なさそうに答える。


「私が先に出てから、少し時間が経った後に帰って欲しいの。」


はい?


その言葉に、俺は意味が分からず首を傾げる。轟さんも同じだったようで、不思議そうに口を開いた。


「…それはどうしてかしら。」


えっとね?と前置きして、藤宮さんは話し始めた。


「私の家って凄くお金持ちなんだけど…その分、世間への影響力も大きいの。それで、今日は私の帰りがちょっと遅くなっちゃったわけで…。もちろん、私のお願いでこんな時間なんだけど、お母様に説明してるときに、2人の名前を出しちゃうと、将来、2人に迷惑をかけちゃうかもしれないの。」


???

え、藤宮さんの影響って思った以上にえげつない?藤宮さんの帰りが少し遅くなって、理由もちゃんと話してるのに、その話の中で俺ら2人の名前が出るだけで、俺たちの将来に何があるというのか…。俺たち何も悪いことしてませんが!?


バッチを持っていない一般市民では、理解し難い事情ではあるが。轟さんは納得したらしい。軽く頷いて答えた。


「その、帰りが遅くなった理由に、生徒会補佐との関わりは出さない、ということは理解したのだけれど…。帰るのを少し待つ…というのは、どういうことなのかしら?」


その質問に藤宮さんは、えへへ、と少し恥ずかしそうに頬をかいた。


「実は門の前に送迎の車が付いているのです。一緒に出るのが見られちゃうと、言い訳しづらくなっちゃうから…。」


「…それは仕方ないわね…。」


まあ御令嬢だもの。送迎用の車に専属の運転手…。イメージ通りですね。


一応納得はしたが、なんとも言えない表情の俺と、ちょっと苦笑い気味の轟さんへ、謝るように藤宮さんは軽く手を合わせた。


「ほんとにごめんね?2人には助けて貰ったのに…。待つのは五分だけでいいから、お願いしていいかな…?」


「ええ。全然、構わないわ。」


「…だ、大丈夫っす。」


轟さんは微笑みながら答えて…俺は、そんな轟さんから目配せされたので、乗っかって返事をした。2人の了承を得られたことで、藤宮さんは少し笑顔になって…それでも申し訳なさそうだが…言葉を続けた。


「本当なら車で家まで送ってあげたいところなんだけど…。もろもろのお礼は絶対するから!」


お礼とな?

藤宮さんの言葉に俺はピクリと反応する。

国内屈指の金持ちからのお礼…圧倒的スケールの何かに違いない…!これはラノベの読みすぎですね…。


脳内で期待いっぱいな俺を差し置いて、轟さんは口を開いた。


「…お礼は別にいらないわ?これは活動の一環だもの。…それにもう十分お礼は貰っているから、気にする必要はないわ。」


え?

お礼貰ったっけ…あっ!ありがとうの言葉は沢山頂いております!依頼者のありがとうが我々の原動力です!ってこと?轟さんっぽい…いや、まあ、いいんですけどね?同志も増えたんで。


「え!私まだ何もしてないけど…?」


藤宮さんも心当たりがないらしい。不思議そうにする彼女へ、轟さんは恥ずかしそうに返事をした。


「…その、沢山お話しできて嬉しかったもの。私にとっては、お礼として十分だったわ。そ、それでは、ダメ、かしら…?」


うーんん!!直視できない!!

最近、轟さんなんか強くなってません?こう、自分の良さをわかっていると言うか、己が可愛いって自覚あるから、可愛い仕草をすれば思い通りになるって思ってません?

実際可愛いから何でも思い通りになるけど!何それずるい!俺も世界を意のままに操りたい!あー!美少女になりてぇー!


めちゃくちゃ可愛い轟さんに対して、藤宮さんの反応は…


「えっと、そう言ってくれるなら嬉しいけど…。私も沢山話せて嬉しかったし…。あ、せっかくだし連絡先交換しよ?もっと話せるようになるし!」


藤宮さんの反応、めちゃ普通では?特に恥ずかしそうでも、驚くようでもない…。まさかコイツ…見慣れているのか…?

流石、財閥令嬢…これほどの尊さを前にしても全く動じぬとは…面構えが違う…。


戦慄する俺をよそに、2人は嬉しそうにIDを登録して…。


「ほら!桐山君も!」


「ん。…え!?」 


え…え!?

つい流れで返事をしてしまったが、今、まさか、藤宮さん、俺と友だちになろうとしてません?


うわ、藤宮さん、アイコンのぬいぐるみかわよっ!何このロールパンの化身みたいなん。マジで分からんのだが…。何かのゆるキャラかな…。ちなみに轟さんのアイコンはデフォルトのままである。何でだろう。設定の仕方分かんないのかな…?


はっ!圧に流されて気がつけば藤宮さんと友だちになっていた…!何てこった。とんでもねえ人と友だちになってしまった…。もうスマホ絶対落とせないやつじゃん。セキュリティ見直さなきゃ…!


俺の中で情報セキュリティへの関心度が高まったところで、今度こそお開きである。


「じゃあ、明日学校で!今日はほんとにありがとう!」


「ええ。こちらこそ。また、何かあればいつでも頼って?」


「えへへ。ありがとう。…桐山君も、ありがとね?」


「あ、うっす。」


藤宮さんはひとしきりお礼を述べた後、じゃあね、と手を振って。とんとんとんっ、と軽やかに昇降口前の階段を降り、校門のほうへ小走りで去って行った。


俺も振り返していた手を下ろして…本日の依頼。無事終了である。あらゆる意味で大変な依頼でした。お疲れっす…。


———————————————————————————


ぼうっとした月が上がっている。

夜の昇降口、真正面に構えたそれを俺は見ていた。


…轟さんと一緒に。


藤宮さんが残した暇な五分間。

春先でまだ少し肌寒いその余韻を、俺は思わず埋めたくなった。


「あー、なんというか…。」


「?何かしら?」


俺の下手くそな会話術にも、3人分空けて隣に座る轟さんはちゃんと顔を向けてくれる。その事に感謝して、俺は会話を続けた。


「その、ぱんドル面白かった?」


クスッと轟さんは少し微笑む。


「ええ。本当に。今まではあまりアニメには触れてこなかったのだけれど。やっぱり食わず嫌いはダメということね?」


「なら、よかった。他にも面白い作品はまだまだあるから。オススメならいくらでも紹介出来るし。」


何なら部活中に毎日見たいまである。

そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、轟さんは答えた。


「それは楽しみね。…また機会があれば視聴覚室を借りて皆で見ましょう?今度は映画とか。…お礼に私が推薦するから。」


…今、映画って言いました?

そういえば、轟さんの趣味とか全然知らないな…。部活中、ずっと本読んでるからてっきり趣味は読書とばかり…。


「映画?結構見てる感じ?」


俺の質問に轟さんは少し嬉しそうである。


「ええ。それこそさっき言ってた密林プライムでよく見てるわ?」


轟さんが密林プライムってなんか意外だな…。

クラシック聴きながら、紅茶飲んでシェイクスピアとか読んでるイメージだったわ。…ちなみに俺自身はシェイクスピア関係、未読である。何かこう、シェイクスピアに対する高尚でオシャレなイメージだけで語っている。


ちょっとびっくりしたものの、俺は何食わぬ顔で会話を繋ぐ。


「ほぉー…。最近、その、見た映画とかある?」


そうね…。と、轟さんは呟き、人差し指で一瞬、唇に触れて…思い出すように口を開いた。


「宇宙からサメが降ってくる映画、かしら?」


「宇宙からサメが降ってくる映画…。…え゛。…ちょっと待って。宇宙からサメが降ってくる映画!?」


「ええ。確か、隕石に乗って地球へ来たサメが人類を侵略し始めるの。それに抗う物語だったわ。」


「へ、へぇ〜…。」


それは特大のB級映画なのでは…?

大まかなあらすじの全てがB級であることを主張しているのだが…。俺はその、申し訳ないが、作品紹介だけで見る気にもならないのですけども。


と、考えつつ。紹介してもらった手前、一応サブスクで検索をかけてみる。


評価は最高5.0のところ、4.1。


「え…たか…。」


思わず声が漏れた俺に、


「意外でしょう?私も不等な評価だと半信半疑だったのだけれど。…見事に良い意味で裏切られたの。」


「そのあらすじ紹介が正しいとして、本編で何をどうすればこんなに高評価が付くのか全然分からんのだが…。」


疑惑の目を向ける俺へ、轟さんは思わず、と言ったように笑う。


「解説したいのはやまやまなのだけれど…。それはやっぱり桐山君の目で確かめて貰えるかしら?」


そりゃそうか。

俺は頷いて、とりあえず次に見るへ追加しておいた。何なら今日帰って…は無理か。こんな時間だし…あ。


時計の表示はすでに5分を優に超えていた。


轟さんも気づいたのか、パッと立ち上がると、昇降口前の階段、残り二段をトトンッと降りて、俺の方へ振り返った。


「じゃあ、帰りましょうか。」


「…うっす。」


ようやくじんわりと暖かくなった、コンクリートの段上から渋々立ち上がり、ゆっくりと俺も残りの二段を降りた。


月を背に振り返る彼女の表情は、影に隠れて見えなかったが。夜に照らされたその姿を、俺は綺麗だと、そう、思った。


————————————————————————


「じゃあ、今日はここで。」


「ええ。また明日。…遅刻、してはいけないわよ?」


雑談で繋いだ坂道、その一番下の分かれ道で。

轟さんのちょっと意地悪そうな笑顔に、俺は面食らいつつ。


「轟さんこそ。映画の見過ぎで睡眠時間削らないように。」


「ええ。ご忠告、感謝するわ?」


何とか言い返して、2人でちょっとはにかむ。

今度こそ…さよなら、また明日。


そして、俺は颯爽と自転車を飛ばして帰路に…。

着こうとして、気になって後ろを振り返る。

反対方向へ進む轟さんは、未だ徒歩。


…送迎の車のところまで送るか。


流石にこの時間、女の子の一人歩きは危なかろう。


自転車を飛ばして突然隣に来たと思えば、無言で自転車から降りる俺に轟さんは驚いていた。


「き、桐山くん?どうかしたの?」


「あ、その、も、もうちょい話したくて。車まで行く…のは、その、迷惑なら全然いいけど。」


轟さんプライド高そうなので、「危ないから車まで送るよ。w」とか言ったら「貴方が近くにいる方が怖いのだけれど。いつ襲われるか不安で堪らないわ?まあ襲われたところでどうと言うことも無いのだけれど。貴方弱そうだもの。笑」って鼻で笑われるに決まってるんだ。


そんな被害妄想で、しどろもどろな提案になってしまったが。俺の言葉に、少し不思議そうな顔で轟さんは答えた。


「車って何かしら。今日はタクシーで帰るつもりでは無いのだけれど。」


「ん?タクシー?とかじゃなくて、藤宮さんが使ってたみたいな送迎用の車とか…。」


「…。」


「…その、何かまずかった…?」


無言になった轟さんは、俺の言葉に少し苦笑いをして教えてくれた。


「送迎用の車で通学したことはないわ。専属の運転手もいないもの。…昔、父さんに送って貰ったりしたことはあったけれど。」


「…そ、そうなんだ…。」


驚く俺になんだか申し訳無さそうに轟さんが続ける。


「私が車で通学していると、どこで聞いたのかは知らないけれど。雨の日はタクシーで来てるから、それで噂が広まったのかもしれないわね。」


「あ、いや、ごめん。俺も思い込みで…バッチ持ってるから、送迎用の車とかで来てるのかと…。あ、その、こう、お金がないとかそう言う悪い意味じゃなくて、ええっと…。」


あわあわする俺に、轟さんは少し笑ってくれた。


「そんなに慌てなくても大丈夫。別に怒ってはいないわ?…確かに、バッチも持ってるし、父さんは代表取締役をしているけれど。それほど規模の大きい会社では無いから、驚くほどお金持ちというわけでも無いの。」


「そうなのか…。いや、でも、お父さんが代表取締役っていうのが十分スゴイけど…。俺も人生で一回くらい言ってみたいかも。『あぁ、うちの父さん?一応、代表取締役だし?』みたいな。」


「そうかしら?そう言ってもらえて嬉しいけれど。…それはそれで色々と、大変なこともあるから…。」


微笑む轟さんは、そのまま夜の空を見上げる様に上を向いた。

つられて俺も上を見る。

街灯の灯りが邪魔をして、星はほとんど見えず、吸い込まれそうな黒ばかりが目につく。


そうして夜の道を2人、友達としては遠くて、知り合いにしては近い…そんな距離間で歩いている。


あんまりゆっくりしてると帰るのが遅くなるな…。うん。それに…。


そう考えた俺は、隣を歩く轟さんへ、ある提案をすることにした。け、決してこの微妙な距離感が気まずくなったわけじゃ無いから!


「…その、車で帰らないなら、この前みたいに自転車の後ろに乗る?確かに良くないけど、この時間だし、早く帰りたいし、こういう時くらいはいいかな…と思うけど…。」


「あら?もう少し話をしたいと言ってなかったかしら?…なんて。冗談よ?申し出はありがたいけれど、遠慮しておくわ。夜で視界も悪いし、そんな不安定なものに乗るなんて危ないもの。」


そう言って、轟さんは少し笑った。

俺も、「まあ、確かに危ないか…。」とぎこちない笑顔で答えつつ。


内心で叫ぶ。



轟さんに後ろから抱きしめられてぇー!っていう下心があると思われてるーー!!!



冷や汗ダラダラな心は嵐の如く捲し立てる。

これ絶対そう思ってるやつだろ!いや、下心が無いとは言わないし、結構あるけど…。自転車の方が10倍は早く帰れるのに…。それに、不安定って言い訳は無理があるよ…。前回乗ったときめちゃくちゃ安定してたじゃん!何の危険もないからー!これ絶対、俺のこと蔑んでるやつ…。俺でも蔑むし…。あー…自己嫌悪で死にそう…。


うわあー!と叫んで逃げ出したい気持ちを抑えつつ、それでも轟さんのペースに合わせて俺は歩き続ける。


そんな俺を気遣ってくれたのか、普通に沈黙が嫌だったのか…多分、後者…轟さんは口を開いた。


「その、貴方のお父さんはどういった仕事をしておられるのかしら?」


ちょっと間を空けて、俺は苦笑いしながら答えた。


「あー。家を守る仕事かなぁ…。」


「?警察…とか?」


「まあそんな感じ…ごめん、やっぱうそです…。専業主夫です…。」


父親が代表取締役をしている轟さんに見栄を張りたくて嘘をついてしまった…。見栄の張り方もショボい…。


ちょっと後悔している俺の言葉に轟さんは不思議そうに答えた。


「専業主夫も立派なお仕事だと思うのだけれど。…なら、いつも家に居られるの?」


「…。」


一瞬、呆けたように轟さんを見る。

なんの色メガネも無しに、思ったことを言ってサラッと流されたのは初めてだった。

ちょっと間が空いて…俺は慌てて答える。


「………えっと、今はいなくて、あー。うちは母さんが働いてて…仕事の都合で海外赴任してるんだけど…父さんもそれを追いかけて海外に…。」


それを聞いて、轟さんはちょっと目を開いてなんかびっくりした様子で、口を開いた。


「…なら今は一人で…?」


「え?まあ、うん…。」


轟さんは何かを察したようにシュン…となって…ポツリと質問した。


「…その、一人でさみしくはないの?」


そんな悲しそうな顔をしないで欲しい。

少し落ち込んだ雰囲気を払拭するように、俺はあっけらかんと答える。


「あ、いや、正直そんなに寂しくはないかなぁ。いくらでも通話できるし、定期的にオンラインで家族会議もあるし、年に何回か帰ってくるし。ばあちゃんのとこもちょっと遠いけど、電車で行ける距離に住んでるから。」


それにまあ斎藤もいるし。…これは心の中にとどめておくことにする。

それに、まあ、なんだ。男子高校生が家族と住むにはあの部屋は狭すぎるのである。具体的にいうならば、匂いを隠す余裕が微塵もない。うーん致命的。その点、今はしかるべき時にしかるべき処理をするだけで良い。ファブれば、窓を開ければ、ごみをしっかりと燃えるごみの日に出せば!言い訳を考える毎日にさよならを!!一人サイコーッ↑↑

…これも当然、心の中にとどめておくことにする。誰にも言えないよね。仕方ないね。


ネガティブな感じを見せない俺に、轟さんは少し俯いて呟くように答えた。


「…少し羨ましいかも。私は父さんと一緒に住んではいるけれど。あまり話さないし…最近は顔も合わせないから。」


「…ん、そっか…。お父さん、最近仕事忙しいとか?」


あんまり踏み込んで良いものか悩みつつ、おずおずと聞いた俺に、轟さんはちょっと困った顔をした。


「いいえ。…この前、少し話してから気まずくてそのまま…という感じかしら。」


そう言いつつ、轟さんは襟元のバッチを少しいじる。


その姿を見て、ふと、今日、轟さんが言った台詞を思い出した。


『藤宮さんの婚約者がどんな方なのか、私は知らないけれど。話を聞いている限り、今は多分、誰かを好きになることが分からないだけだと思うの。きっと今はまだ、他にやりたい事があるから向き合えていないだけだと思う。でも、この先、私達の様な立場の人間は必ず向き合わないといけない問題だから。』


何となく。何となくだが、これ以上踏み込まない方がいい気がする。

…ただ、己龍の依頼を考えるのであれば、答えを聞くなら今だろう。この好機が分からないほど鈍感ではないつもりだ。


だから、これ以上踏み込まない方がいい気がする、のではなく。踏み込みたくないと感じている自分の気持ちに気づいて、俺は内心で嗤った。


この後に及んで自分の気持ちを優先するなどと。


俺は全部を無視して、轟さんに問いかける。


「お父さんと何かあった感じ…?…その、聞いていいのか分からんけど、藤宮さんに言ってたことに関係あったりする?」


自転車を押しながら、出来るだけ自然に聞いたつもりの俺に、轟さんは前を見たまま答えた。


「…察しが良いのね。…そう、私には婚約者がいるらしいわ?まだ、名前も知らない人。…それを父さんから聞いたのが、少し前。…正直、今も実感が湧かないのだけれど。」


そう言って、寂しそうに笑う。


婚約者…。今日だけで何度、その言葉を聞いただろう。小説やゲームの中でよく聞く、聞き馴染みのある言葉で、現実では滅多に聞かない言葉であるはずなのに。まるでゲームと現実が逆転したかのような錯覚を感じた。


ただ、バッチを持つ轟さんに婚約者がいることは予想できることだった。

だからだろうか、あまり胸の痛みは感じない。

…ほとんど何も感じなかった。


少し無言で歩く。


でも、俺にはまだ聞かないといけないことがあった。

『轟さんの好きな人って誰?』と。

…もう、答えは出ているのかもしれないけど。


その前にもう一つ聞きたいことがある。

俺は少し淡々と、呟くように質問した。


「…その、じゃあ、藤宮さんに言ってた『誰かを好きになることが分からない』って言うのは…?」


その言葉に、轟さんは表情を変えずに答えた。


「…そうね。私のこと。まだ恋も知らないのに、婚約者、だなんて。ちょっと笑っちゃうかも。」


そう言って轟さんは自嘲気味に笑う。


「…。」


俺は無言で返すしかなかった。


その言葉は笑えないけど、多分、彼女はその事実を前に笑うしかなくて。

俺だって笑いたくなんかない。でも、その事実を覆す方法を知らないから。笑わないことで抵抗するしかなくて。そんな自分を内心で笑った。


何かを言えれば良かったのだろう。

主人公のように。


でも、どうやら俺は主人公ではないようだから。

選択肢すらないままに、時は止まらない。


無言で歩く俺が悲しそうに見えたのか。

轟さんが暗い空気を払拭する様に、少し明るい声で言った。


「…でも、今日、藤宮さんのおかげで考え方が少し変わったの。」


「…それは、どういう…?」


伺うように質問する俺に、彼女は少し笑った。


「藤宮さんの話を聞いて、今の境遇も悪くないかなって思えたの。…最初は、確かに親同士が勝手に決めた話かもしれないけど。そこから始まる恋もあるのかなって。」


そう言った彼女の目は、少し明るくて。

たぶん彼女なりの強がりなのだろうけど、そんな轟さんの強さにちょっと救われる。


「…相手の人、良い人だったらいいな。」


そう呟いた俺の言葉に、轟さんはちょっと笑顔で頷いてくれた。


…願わくば、轟さんの相手がおじさんとか、既婚者とか、変態とかではありませんように。エロ同人みたいに。


俺は心から祈った。


…普通に考えると、そんな怪しい話を父親が持ってくる訳ないだろう。こんな発想をしてしまう俺って、すでに色々と歪んでいるのでは…?


俺は1人、己の思考に戦慄した。


———————————————————————————


夜の街を2人で歩く。

思ったよりも話題が尽きない。


「あの先生の授業めちゃくちゃ眠いんだよな…。絶対不眠症の人とかに効果あると思うんだけど。」


「それは単純に桐山くんの睡眠時間が足りてないだけではないのかしら?…確かに教科書をなぞるだけの授業ではあるけれど。」


先生の愚痴とか。


「この前、とても可愛いネ…コホン。可愛い動物の動画を見ていたのだけれど。」


「あ、うん。」


これは、ねこの動画の話なのでは?


よく見てる動画の話とか。


「あの駅前にできたケーキ屋の白いショートケーキがマジでうまくてさ。食べたことある?」


「…その、あまり誰かと遊んだ経験が無くて…えっ!桐山くん一人で食べ歩きをしているの…?正直、とても意外だわ…?」


周辺のスイーツ事情とか。


…最初に会った時、こんなに話が続くようになると誰が予想しただろう。

趣味も、興味のある話題も合っているわけではないのだが。どうしてか、話していて楽しい。とても楽しいと思う。


もうすぐ轟さんの家に着くかもしれないけど。まだ、もう少しこの時を過ごしたいと。

何度も反芻して…でも、終わりはやってくる。


「…あ、その、着いたわ。…ここが私の家。」


確かに猫探しの依頼者である水岡さん家の近くである。学校まで歩くには少し遠い立地。少し高めな丘の頂上。


そこに、大豪邸があった。


漫画でよく見る、入り口の門から玄関まで徒歩10分とか、そこまでぶっ飛んではいないが。

普通とは言えない豪華な門があり、イメージする一軒家の3倍はあろうかという敷地に、ちょっとした城かと思えるほど巨大な家が建っていた。


唖然とする俺を置いて、おもむろに轟さんは鞄からパスケースを取り出し、門にかざす。

電子音とともに、自動でゆっくり門が開いた。


「うぉ…すご…。」


俺は思わず呟く。

そんな俺の驚きに、クスッと笑った轟さんは、こちらを振り向いて言った。


「じゃあ、今日はありがとう。」


「あ、うっす。」


「…。」


「…。」


少しの間、二人とも無言になる。

何とも言えない空気である。…これはどのタイミングで帰れば良いのだろう。

帰りづらいのか、帰りたくないのか、自分でも分からずにいるのだが。少なくとも、俺には轟さんに聞かないといけないことがあった。


「…あの、轟さん、」


「!…えっと、何かしら?」


少し嬉しそうに答えた轟さんに、俺は…。



「………………ごめん、何でもない。その、また明日、ということで…。」


『好きな人とかいる?』の一言がどうしても出ない。

それにもう、俺にはこの場に居続けられる精神力はなかった。


「…そう…。…ええ、また明日、ね。」


そんな言葉に少し寂しそうに返事をして、轟さんは少し微笑んで。そして、小さく手を振ってくれた。


その姿は、明かりが着いていない轟家の暗い雰囲気に相まって、とても心に訴えるものがあったが。


「…うん。おやすみ。」


そう言い残して、軽く手を振って…俺は少し強めにペダルを漕いだ。


勢いがついた頃合いで少し振り向く。

轟さんはまだ門の前でこちらを見ていて。


その姿は少し寂しそうに見えた。


…また明日会えるのだから。


どこか名残惜しくも感じつつ、自分を納得させて。もう一度手をあげて別れを告げた。

そしてこれ以上、振り返ることもなく。俺は帰路についた。


————————————————————————


…俺はどうしたいのか。


夜の帰り道。取り留めもない思考が流れていく。


なぜ己龍の依頼を達成出来ないのだろう。


…自分の気持ちがよく分からなかった。

なんで好きな人を聞くだけのことなのに。たった一言が聞けないのか。


聞かなければならないのに、聞きたくない。でも、知りたくて、知らなくても良い。


矛盾が交差してどうになりそうな心の内。


脳裏によぎるのは、轟さんの少し寂しそうな顔と、婚約者の存在、そして、好きが分からないという言葉。それを聞いて、俺は…。



…これ以上、考えてはいけない気がするのだ。



だから、ただ今は。


思いっきりペダルを回す。

頭が真っ白になる程、息を切らせて。


心で叫びながら、夜の街を疾走する。


民家から漏れ出る優しい光も、朧げに光る街灯も…そして、夜に瞬く星すらも、全部置き去りにして。


…そのついでに、この汚泥のような心も、置き去りにできればどれほどよかっただろうか。


マンションの自転車置き場に愛車を置き、風の通る道へ出て、膝に手をつき、息を整える。


酸欠の頭で空を見上げて、



…ただ、夜に咲き残る桜と、大きな月が。

どうしようもないほどに、綺麗だった。


次回は閑話の続きです。

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