藤宮・フォースター・沙也加の話①
次回更新は10月7日予定です。
前回までの僕とギャルゲー。
なんかすごい久しぶりな気がします斎藤でっす!いやマジ猫見つかってよかった…。そして轟さんの好きな食べ物まで判明!その正体はトマト!!これは朗報だぜ己龍君!毎日トマトを貢げば好感度ゲージが…そんな甘くない?あ、はい。ってなわけで進展した晴人と轟さんとの仲にも注目!やったね!!
朝。目覚ましの音が響く。
「ん…?んんん…」
んー、何してたっけか…。
斎藤と電話して…あー。そのまま寝落ちしたのか…。体めちゃくちゃ痛え…。え…マジで起き上がれん。圧倒的筋肉痛…これが普段から運動していない動弱の末路か…。
もそもそとベッドから起き上がり、とりあえず目覚ましを止める。今日も学校だ。
まだ春先。朝は少し冷え込む。
カーテンを開けて、光を取り入れようと…なんか暗い?
「あ。」
目覚ましの設定を変えるのを忘れていた。
普段より2時間早く起きた俺は、呻きながらベッドへ戻った。
―――――――――
眠れん。
二度寝を試みるもやって来ない眠気に痺れを切らし、俺は渋々オフトゥンから抜け出す。まだ出発時間まで2時間以上。とりあえずリビングへ赴き、置いてあるテレビをつけた。
『…Anti-Bによりますと、明日の未明から早朝にかけて黒玉が発生する可能性が…』
ニュースをBGMにお湯を沸かし、抹茶ラテを入れる。テレビの前にあるソファーへ座り、マグカップで暖を取りつつ、ぼんやりとニュースへ目を向けた。
『…こちらには影響が出ると予想される範囲を示して…』
『…影響で、明日午前0時ごろから通行止めに…』
都会に黒玉出るのか…。やっぱ人の多いとこは大変だよなぁ…。
テレビの画面には、過去の映像であろう道のド真ん中に出現している黒いドームの様なものがアップで映っていた。
それにしても最近よく見る気がする。
黒玉の出現率って地震と同じくらいだった印象だったけどな…。
そう思考を流しつつ、ズズッと抹茶ラテを啜った。
『黒玉』
災害の一つである。
突然、空間に穴が開くらしい。入ったら最後、帰ってこれないような穴が。それは時間経過とともに大きくなっていくが…消黒隊の人達が消黒する事で消える…らしい。火事なら水で消すが、黒玉は祈りで消す。火事と違うのはいつ起こるか事前に分かることだろう。何か空間のひずみが計測されるとかなんとか…。ただ、黒玉が発生する原因は諸説あって…。
…何というか、誰かしらの作為的な思惑をめちゃ感じる。謎が多くてロマンいっぱいだから黒玉を元にしたフィクションは山ほどあるし。もしかしたら、みんなのロマンを潰さないために秘密にしている説はあるかもしれない。
ちなみに、前も黒玉が出現した時、バリケードを突破してユーチューバーがカメラ片手に突っ込もうとして逮捕されていた。知らなくていい事もあるって桐山は知ってるよ。
『…非常に危険ですので、決して近づかないでください。また、付近に用のある…』
騒がしいテレビを消す。
抹茶ラテを飲みきり、まだ時間があるのでサブスクでアニメ『一般的な女子高校生が笑顔のためにアイドル目指す件』通称ぱんドルでも見ることにした。これは常識だからわざわざ言うことでもないが…ぱんドルOPを早送りするのは犯罪なのでガッチリ傾聴した。神OPすぎて毎話震える。特に歌がですね良いんですがこのサビの(割愛)
―――――――――
放課後。
朝早く起きた弊害か。
斎藤もいないので何の気兼ねもなく昼休みに爆睡したというのに、昼以降の授業は睡魔との戦いであった…。まあ勝てるわけないんですが。
そんな完全敗北の味を噛み締めながら、生徒会補佐の教室へと向かう。
コンコン
いつものように見慣れた教室のドアをノックする。
「…どうぞ。」
今日もいるらしい。
いつのまにか当たり前になった、澄んだ少女の声に迎えられるように俺はドアを開けた。
「…えー「…こんにちは。」ども…。」
挨拶を口にしようとする俺よりも早く、随分と優しい声が聞こえてくる。
声をかけてくれた彼女、窓の近くに座って本を読んでいた轟さんは、本から顔をあげ俺に会釈をくれた。あ、どうもどうも。
会釈を返しつつ、俺の定位置であるドアに最も近い椅子に座る。…少しの静寂。
そして、俺は鞄にしまってあるブックカバーがかかったライトノベルを取り出して読み始めようとして…、「…今日は。」
思わず顔を向ける。
轟さんは言葉を続けた。
「…その、依頼があるらしいわ。」
「え?そ、そうなん?…らしいってことは誰かから聞いた感じ?」
「ええ。白縫会長からラインで連絡が来たの。」
「マジか。その、どんな内容とか、分かる?」
「それはその…まだ、分からないわ。」
「そ、そうか。…んぅ、了解。…にしても会長、内容も伝えてくれれば良かったけどなぁ…。」
「…そうね。ただプライベートな話かもしれないから、難しいところではあると思うわ。」
「あぁ、確かに。そういう考えもあるかも、しれないな…。」
「…。」
「…。」
静寂。
それも、少し居心地の悪い静寂にちょっと気まずい。
…なんか対応変わった?というか貴方誰です?
こんなに轟さんと会話のキャッチボールが続いたのは初めてかもしれない。
大体はこう、轟さんが俺の顔面に160km/h級の豪速球をぶつけてきて終わっていたから。今日は突然、受け取る側を配慮した山なりの球が飛んできて困惑しかない。こんな配慮されてしまうと、静寂が気まずくなる…。仲良くなり始めって静寂が辛くなることない?心地よい静寂を返してほしいでござる。
何だろう。何かしただろうか。
ま、まさか、昨日、遅刻せずに済んだことを感謝しているとか…?そ、そんなこと気にしなくても…嘘です。超気にして欲しい。あと半年は引きずって欲しい。そして俺に優しくして欲しい。ほら、可愛い女の子と話すだけで楽しいし…ハッ!?斎藤っぽい思考になっている!?
「…その、聞かせて欲しいのだけれど。」
思考に忙しい俺へと、轟さんがまた声をかける。
俺と同じく、この静寂に気まずさを感じてくれていて嬉しいのと、轟さんと会話出来る喜びに超ハッピーになる。んー!心地よい静寂も良いけど、会話するのもありよりのあり!
会話が続きそうなので、それとなく距離を近づける。教室の真ん中に置いている依頼者と面談する用の長机、その端に俺は椅子を置いて座った。
少し間を空けて轟さんは続ける。
「…その、今までにどんな依頼を受けて来たのかしら?何というか、依頼に関してあまりに消極的すぎると思うのだけれど。」
仕事が増えるのは誰だって嫌なのでは…?
そう考えて一つ気づいた。
そういえば轟さんは強制的にここへ来たわけではない事に。なら活動への心持ちは違うか…。
「どんな依頼って言われてもな…。うーん、一番大変だったのは野球の練習試合のやつだなぁ。」
「野球の練習試合…?」
「そうそう。助っ人を頼まれた、までは良かったけど、人数が多くてさ。それを集めるのも大変で。というのも、野球部が監督と折り合いが悪くて部員の大半が練習試合をボイコットしたらしくって。」
「…それってこの高校の話かしら?そんな話、聞いたことが無いのだけれど。」
「え?あー。まあ良い話じゃないし、1週間くらいの話だったから、意外と知らない人が多いかも。と、まあ、その助っ人が大変だったかな。練習も含めてかなり頑張ったし。」
「そんな依頼もあるのね…聞いてる分には少し楽しそうなのだけれど?」
「そんな動くのが好きじゃない俺からすると、ただの地獄だったのですが…。」
ちょっとおどけると、轟さんはクスッと笑ってくれた。空気読ませてしまってすいません!と思いつつ、テンションはMAXである。うーん、男子のサガよ。
やめておけば良いのに、生徒会補佐雑用部で培った俺の武勇伝108式を得意げに展開しようとして。
コンコン
教室のドアをノックする音で正気に戻った。
あ、危ねぇ…。
勢いで特に面白くもない話を必死にして、居た堪れない空気にするところだったぜ…。話が終わって最後に、轟さんが気を使って曖昧に笑って「そうなんだ!面白いね!」ってとどめを刺される未来がありありと見える…。ついでに家に帰った後、布団の中で何回も後悔がヘビロテして寝れなくなる自己嫌悪のお土産がセットになるとこだった…。
彼女なしイコール年齢の男子特有の必死さに恐れ慄いている俺を横目に、世界は回っている。
コンコン
「どうぞ。」
「はい!失礼しますっ!」
轟さんの声に応えて、女子生徒が入ってきた。
また女子か…。
顔を上げた俺の前に、
天使がいた。
ん?
一回目頭を押さえて、目を開ける。
天使がおる。
フリーズしている俺に代わって、轟さんがちょっと手持ち無沙汰に立っている天使に声をかけた。
「…その、藤宮さん、そこの席に座って?」
「あ、ありがとう!その、轟姫花さん、だよね?」
美しいシルクのように柔らかく、サラリと風に流れる金髪と、どこまでも深く澄んだ輝きを持つサファイアのような瞳。その均整のとれた顔立ちはまさにビスクドールの如く。あと、なんかめっちゃいい匂いするやん。
「っ!そう、だけど…。」
「やっぱり!ずっと前から可愛いなぁって思ってて、話してみたかったの!」
「か、かわ…コホン。ありがとう。その、藤宮さんもとてもか、可愛いと思うわ?」
「えへへ、ありがとう、轟さん。」
あと、めっちゃ声可愛い。
もう声優さんよ?俺なら速攻でファンになるわこれ。ASMRとか興味ない?言い値で買わせていただきますが?はぁー。こんな美少女がここに依頼ってなーにしにきたんだろうなぁ…。ってかなんか見たことあるけど、誰だっけ?まあ可愛いからいいかな…眼福ぅー!
思考停止する俺を完全に置いて、2人は話を進めていた。
そうして、一区切り付いたのだろう。
舞い降りた天使は居住まいを正して、改めてその小さな唇を開いた。
「その、改めまして、藤宮・フォースター・沙也加って言います!白縫会長から聞いているかもしれませんが、依頼があってきました。今日はよろしくお願いします!」
少し砕けて親近感もありつつ、気品を感じる見事な一礼。
そんな見惚れるような所作は置いといて、俺はそんな感動できる心境じゃなかった。
藤宮・フォースター・沙也加だとぅ!!
その名を聞いて、俺の脳はようやく夢から覚めた。
ってかこの学校にいる金髪碧眼美少女といえばもはや藤宮・フォースター・沙也加しかいないじゃん!!うーわ、マジか。あらゆる意味で学年…否、全国の女子高生のトップの1人と同じ教室にいるとか…今俺は冷静さを欠いている…具体的には己の存在価値を彼女と比較して、その劣等感に背中が汗でじっとりしてきてる…。分かってる。人と比べても意味ないってことは…。でもそれはそれとして、どうしてもキツい。てか、会話出来るかな…失言とかあったら秒で身内ごと吹き飛ばされるのかな…?あの、帰ってもよい?だめ?ダメかー。
「ええ。こちらこそ、貴方の依頼を解決出来るよう善処するわ。その、自己紹介は必要かしら?」
「あ、私はどっちでも良いけど…。その、せっかくだし、聴きたいかも。」
「じゃあ…私は轟姫花。それで、この横に座っているのが…。」
轟さんはそう返事をして、チラッとこちらへアイコンタクトを送ってくる。うっす。挨拶っすね。あ、やっぱ帰ってもよい?だめ?だめかー。
「え、その、桐山はりゅとと言います!あ、え、が、頑張らせて、い、いただきます…。」
失礼。かみまみた。
とか言える空気ではない。もう絶望一択。
あぁ…。やっちまった…。
目に見えて狼狽し、緊張し、絶望している俺を見かねたのだろう。ハッと何かに気づいた藤宮さんは、いそいそと胸元のバッチを外し始めた。
「ごめんなさい!私も少し緊張してて、気がまわらなかったの。今、外すから…。」
え?天使…?
確かにバッチの有無で立場が変わるわけでもない。ただ、少なくともこの場では視覚的に対等になる。…ほらそこ!容姿の時点で視覚的に対等じゃないとか言わない。建前って大事だから。
「その、藤宮さん…。」
そんな藤宮さんを見て、轟さんも驚いていた。
世の中、バッチの価値に固執する人が多い中で、人前で結構あっさりバッチを外すのは珍しい。特に四大財閥令嬢がバッチを外す姿など、もはや見ていいのかさえ分からん。あれ?もしかして我、まずい立場?
そんな俺たちに、バッチを外してコトン、とちょっと雑に机の端に置いた藤宮さんは、ウインクしながら、口元に人差し指を当てて、
「(シーッ)だよ?」
シーッだよ?した。
…。
ハァァァァァッ!!!
っぶねえ。今、5秒くらい心臓止まってたわ。
アンチ・藤宮・フィールドを常時展開してる俺じゃなかったら逝ってた。
にしても、顔、金、地位のカーストトップオブトップ藤宮さんは性格も良いとか。これはヤバい。天使超えて女神。
そりゃ毎朝意味分からんくらい人に群がられるわけだ…。ここまでされるとアンチ卒業だよね…。入信するよね…。くぅぅ、人生勝者の余裕が眩しいよぉー!
そんな俺の隣で、轟さんは襟元のバッチを片手で触り出した。と、同時に俺の方をチラッと伺うように見てくる。
そう。実は轟さんもバッチ持ち…。でも、轟さんは外さなくて大丈夫。なんかこう、精神面で親近感あるから。最近…というか昨日の夕方あたりから全然気にならないし。というか、かなり慣れたし。
そんな俺のアイコンタクトは伝わらなかったらしい。
轟さんもしれっとバッチを外して、机に広げたハンカチの上に優しく置いていた。
そして、俺の方をまた、チラッと見て…。
あ、目があった。
「っコホン。それで、今日はどうしてここへ来たのかしら?藤宮さんの依頼を聞かせて欲しいのだけれど。」
俺から隠すように顔を背け、ちょっと早口で轟さんは本題へ入る。
轟さんと目が合って俺もびっくりした。何か凄いこう、胸が熱くなるね。
誰かに気を使われるのって申し訳ないと同時に、何か嬉しいのである。気にかけてもらえてる嬉しさっていうのかなぁ…。
俺はなるべく平静を装い、藤宮さんへ目でそっと話を促す。
どんな依頼でも来い…!あ、やっぱ出来るだけ簡単で、感謝されるやつが嬉しいっす。
俺の目の前。依頼者の藤宮さんは、
「あ、えっとね…?」
めちゃかわに目を泳がせ、少し俯いてゴニョゴニョしていた。心なし顔が赤い。
いちいち仕草が可愛いのは十二分、身に染みて分かった。うん…そして、なぜ藤宮さんは俺の方をチラチラと見てくるのか。んん?何?もしかして…いや、ないない、無いって!そんなんあり得ないよ!…で?うんうん。とりあえず君の気持ち、聞かせて欲しいな?(期待の眼差し)
何と言えば良いのか、何も言えない俺を置いて、どこか心配そうに轟さんは口を開いた。
「その、言いたくなければ、言わなくても全然構わないわ?あ、それとも…」
そう言って、轟さんは俺を見てくる。
その目は悠然と語っていた。
「この男には聞かせたく無い話なのかしら。」と。
…確かに!
異性には聞かせ辛い話もあるよね!
うわぁー。恥ずかしー!何も言わなくて良かったあ。めちゃくちゃ自惚れた勘違いしてたわ。そうだよ、何の関係もない俺のことを好きかも、なんて考えること自体が罪じゃん…。外、出ますね?
「あ、じゃあ俺、外行ってるんで…」
そう言いつつ、立ち上がりかけた俺へ、慌てた様に藤宮さんが顔を上げた。
「え、その、違うの。む、寧ろ、その、桐山君に聞きたいというか…言いたい、です…。」
「「え。」」
藤宮さんが顔を赤らめて言ったその言葉に。
俺は呆然として。
轟さんはなぜか真顔になった。
一瞬、時が止まる。
…まあ、期待した通りにはならないことは分かっているが。泡沫の夢くらい許してほしいです…。