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62の舟券  作者: 広瀬修一
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知らせ

1984年の七月、鹿児島


「もう10年たったのか」


噴煙をあげる桜島を見あげながら

三重県の出身だった広瀬修一は数奇な運命で

鹿児島市内で花屋を営むことになってしまった事に

思いを馳せていた。


そんな広瀬修一のもとに1本の電話が入った。


「榊原が死んだぞ」


三重県の高校時代の同級生で共通の友人であった杉本から、

親友だった榊原敏夫の死を告げる電話であった。


仕事が一段落してから里帰りを兼ね鹿児島空港から

名古屋空港行きの飛行機に乗った。


鹿児島に来てからは滅多に実家に帰ることもなかったので

広瀬にとっては久しぶりの故郷になるのだが、とてもつらい旅であった。


榊原は深夜に伊勢神宮の駐車場に車を止め、睡眠薬を飲み、さらに排気ガスを

車内に引き込んでいた。


遺書は無かったのだが、本人が睡眠薬やビニールホースを近所の店で買った事が

確認され、さらに車の内側からガムテープで目張りがされていたことから警察は

自殺と断定した。


榊原は両親と妹の4人暮らしで息子が自分達より先に逝く、

両親にとってこれほどの悲しみはない、妹は広瀬の思い出話に泣きじゃくり

慰めの言葉も出ないほどであった。


焼香をすますと早々と家を出て、榊原とは小学校からの同級生で埋葬にも

たちあった杉本の案内で榊原の眠る墓に向かった。


伊勢湾を望む高台にその墓はあり、8月の熱い日差しがじりじりと照りつける

石段を登ると広瀬は汗びっしょりになっていた。


「このへんはまだ土葬の風習が残っとってなぁ敏夫もそのまま埋まっとるんやわ」


と、杉本が言った。


この土の下に榊原がそのまま眠っているのかと思うと、今にも土をはねのけ

出てくるかのように思えた。


花と線香を供え広瀬は持ってきた数珠を手に挟むとお経を唱え出した。


かつて広瀬は四国八十八箇所を巡った事があり、

般若心経を完璧にそらんじていたのだ。


ところがどうしたことか途中でお経を失念してしまい

もう一度最初からやりなおした。


しかし又同じところで失念してしまう。


「おかしいなどうしてだ」


そこで広瀬は頭の中で唱えてみた。


摩訶般若波羅蜜多心経

観自在菩薩行深般若波羅蜜多時。照見五蘊皆空。度一切苦厄。

舎利子。色不異空。空不異色。色即是空。空即是色。受想行識亦復如是。

舎利子。是諸法空相。不生不滅。不垢不浄。不増不減。

是故空中。無色無受想行識。無眼耳鼻舌身意。無色声香味触法。無眼界。

乃至無意識界。無無明。亦無無明尽。乃至無老死。亦無老死尽。

無苦集滅道。無智亦無得。以無所得故。菩提薩埵。依般若波羅蜜多故。

心無罣礙。無罣礙故。無有恐怖。遠離一切顛倒夢想。究竟涅槃。

三世諸仏。依般若波羅蜜多故。得阿耨多羅三藐三菩提。

故知。般若波羅蜜多。是大神呪。是大明呪。是無上呪。是無等等呪。

能除一切苦。真実不虚故。

羯諦羯諦波羅羯諦波羅僧羯諦菩提薩婆訶。般若心経


するとすらすらと最後まで唱えるごとが出来た。


もう一度ゆっくりと広瀬は声にだして唱えてみたが又同じところで

失念してしまった。


「そうかお前は、まだあの時の事を,,,」


広瀬は15年前の遠い記憶をたどりはじめた。



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