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その後の話3【4】中庭の晩餐は狼と共に

「肉……」


「肉だ」


「に、肉だーーーーーーーー!!!!」


 両手をあげて叫んだのは、そう、私。

 セレーナです。

 わーい、皇后失格だー!

 失格だけど、いいの。今夜はいいの。

 だってお肉、美味しそうなんだもん!!


 ザクト率いる黒狼騎士団ご一行を迎えた私たちは、離宮の中庭で肉を焼いていた。

 ……って言うと野営っぽいけど、違うよ?

 離宮の中庭には、元からお楽しみ用のかまどがあったからね!?

 かまどの前に長い食卓を出して、ちゃんと座ってるからね!?


 それはそうと、かまどでぐるんぐるん回されている串刺し肉。

 ぼたぼた落ちる脂がじゅうっと焦げる音と、匂い。

 騎士の従者たちが、ナイフで焼けた肉を削ぐ。

 この雰囲気は、最高なわけで。


「これこれ、これ、これなんだよ、目の前で焼かれる肉と、つぶし芋の上に山盛りになった、肉汁たっぷりの焼いた肉!! は~~~矯正下着なしの休暇中でよかった!!」


 私は涙目になって肉を頬張る。

 隣では、フィニスが真顔で……やっぱり肉を頬張っていた。


「そうだな。この、いっそ新鮮すぎて硬い肉に、このうえなくシンプルでやりすぎな味付けが素晴らしく調和している。これは喩えるならば、そう、美味しくてしょっぱい――焼いた肉だ」


「はぁン、フィニスさま、満点!!!!」


「くっ、ふっ、ははははははは!! 何も喩えられてねーですよ、陛下!!」


 そう言ってフィニスの背中をどついたのは、ザクトだ。

 さ、さすがにフレンドリーすぎでは!?

 私はびくっとしたけど、フィニスは気にせずもぐもぐして言う。


「そうか? まあ、そうか。喩える必要があまりなかったということだな」


「まぁそうですね。宮廷料理って、食い飽きるでしょ?」


「美しく練られた虚無、ということはまれによくある」


「ひえ~~、虚無!! 食いたくねぇ~~~!! 陛下、皇帝業に飽きたら、いつでも東部辺境に遊びに来て下さいよ。これくらいいくらでも出せますから」


 ざ、ザクト、強気だな~~。

 私の知ってるザクトは、もっと忠義な狼って感じだったんだけど。

 私は肉を食べながら、ちらちらフィニスを見た。

 フィニスは気の抜けた雰囲気で肉を食べているだけ。


 だけど……私はやっぱり、ザクトの態度が気になります。


「フィニスさま、私、席を替わってもいいですか?」


「? 構わないが」


「では、失礼いたします」


 私は席を立つと、フィニスの反対隣……つまり、フィニスとザクトの間にぎゅうぎゅう割りこんだ。

 フィニスとザクトは慌てて私に席を空ける。

 フィニスは少し首をかしげて言った。


「これはつまり、わたしの顔のこちら側を見たい気分だった、ということか?」


「フィニスさま、わかってるぅ!! じゃなくて!! もちろんフィニスさまの顔は右からも左からも地面からも空中からも拝見したいですが、それはいつもなんで」


「いつもなのかよ!! すげえですね、なんか、勢いが」


 おっ、このザクトは、私の萌えにまだ慣れてないザクトですね。

 いいよ、頑張って布教し直すよ、私は。

 心の中で腕まくりし、顔はザクトを見上げてにっこり笑う。

 

「おかげさまで元気にしております。今は、私も久しぶりにザクトと話したいと思って」

 

 ザクトは私をきょとんと見下ろした。

 そして。

 顔面いっぱいに、ぱっと笑みを広げる。


「ほんと!?」


「え、あ……」


「あ、不敬だな。すみません。ほんとですか? 俺、すごい嬉しいな」


「ん、うん、はい」


「何から話しましょうか。得意な技? 好きな剣のタイプ? 貧乏な実家の話? このへんが騎士団での鉄板話なんですけど」


 きゃっきゃと話してくれるのはいいけど、どれも貴婦人にする話じゃないんだよなあ!

 私はあいまいに笑いながら返す。


「忠誠とか、騎士の道とか、敬愛するものについてとかは……」


「や、それはちょっと、ここでするにはえっちすぎるというか」


 あ、あー。

 確かに……?

 私はフィニスに対するザクトの敬意を確かめたいだけなんだけど。

 騎士にとっての忠誠の話って、確かに、えっち……


「いや、えっちの基準おかしくない!?!?」


「ん? え? 今の、誰の声です?」


 私は慌てて振り返る。

 フィニスは視線だけを横手に流して囁いた。


「情緒不安定な使用人がいるようだな」


「なるほど。あとで注意させときますね」


 使用人ならしょうがない。

 私は座り直し、肉に向き合う。

 ひとまず、食べよう――と、大口を開けたとき。

 

「きれいだな」


「あ?」


 思わず、口開けたまま固まる私。

 視界の端で、なんかうっとりしているザクト。

 え。


「大口開けて肉を食べる貴婦人って、いるんですね。すごくきれいだと思いました」


 がっちゃん、と、ナイフとフォークが皿に当たる音がした。

 見なくてもわかります。フィニスが立てた音です。

 私はギクシャクと口を閉め、貴婦人の笑みを浮かべる。


「あ、あり……あ……」


 ありがとうって……い、言えるかーーーーーーー!!!


 よりによって、よりによって、フィニスに言われた思い出のセリフ、まるで同じ言葉!

 それをザクトに言われて、にっこり笑ってありがとうって言えるほど、私はスレてないんです!!


 じゃあ何を言えばいいんだろう!?

 

 混乱している隙に、私の手からフォークが滑り落ちる。

 はっ、とした。

 ひどいマナー違反だ。

 こんなことめったにしないのに、私、混乱してる。

 と、使用人がやってくるより先に、ザクトが地面のフォークに手を伸ばした。


「ごめんなさい! あなたが拾わなくても……」


 フォークを落としたあげく、男性に拾わせるなんて!!

 マナー違反を通り越してマナー壊滅だ。

 そんなくらいなら、私が拾ったほうがマシ!!


 私は慌てて身を乗り出し、手を伸ばす。

 夢中でフォークを握り、気づいた。

 ザクトの顔が、すぐそばにある。


 至近距離で目が合う。

 ぎらりと光る目。


 野生動物に似ている。

 ……フィニスとも、似ている。

 その目が細められて、囁かれる。


「さっきの、本気ですよ。俺は……」


 は、はあ……は、ははははは。


 私は勢いよく立ち上がり、叫んだ。


「すみませんッッ、ちょっと、席を外しますね!!」


「えっ、なんで?」


 なんでじゃねーーーーんだわ、ザクトーーーー!!!!


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