その後の話3【3】黒衣の騎士団長
どうにか……。
どうにか、生き延びたぞ……。
おかしい。俺は暗殺者だったはずだ。
暗殺者っていうのは人を殺すのが仕事のはずだ。
なのにどうして、命がけで、逃げ回ってるんだ……???
「あっ、君! 君かな、臨時の使用人を頼まれてくれるのは」
背後から声をかけられ、俺はぱっと笑顔を作った。
「はい! 普段は地元で料理屋の賃仕事をしています」
「うんうん、いいよいいよ、見た目もシャキッとしてるし」
やってきたのは、離宮のすべてを取り仕切る執事だ。
はげた頭に汗をかきながら続ける。
「お兄さんから聞いてると思うんだけど、使用人の間で急な腹痛が出ちゃってさ……」
「うわあ、大変ですねえ! 暖かいし、食べ物にあたったのかな?」
無邪気に首をかしげつつ、しらばっくれる俺。
な~にが『食べ物にあたったのかな?』だ。
使用人たちの腹痛の原因は、この俺だ。
身の危険を感じた俺は、使用人にまぎれることにした。
奴らの食い物に軽い毒を放りこみ、代替えでやってきた若者をぶん殴って、無事に入れ替わったのである。
執事は汗をふきながら言う。
「困るよねえ。君さ、目立たないように働いてね。ほんとは帝都から補充の人員呼ばなきゃならないやつだから。でもほら、時間かかるしねぇ……?」
お前、あとで皇帝陛下に解雇されとけ。
でもまあ、このゆるい執事の下なら、計画は上手く行きそうだ。
使用人として離宮内部に入りこみ、機をうかがう。
そして――ぐさっとやる。
なにせこの離宮は警備が薄い。
皇帝はやたらと武闘派だが、俺だってプロだ。
きっと成功させてみせる……!!
と、そのとき。
俺の耳は、馬車の車輪の音をとらえた。
「……あれー? 外から馬車の音がしますね」
少し待ってから告げると、執事は不思議そうな顔をする。
「耳がいいな。お客予定はないはずなんだが」
執事は窓辺に歩み寄り、ああ、と安堵の声を出した。
「黒狼騎士団の馬車だな、あれは」
■□■
「お久しぶりです、団長~~~!!」
離宮に響き渡る大声。
私、セレーナは何度も瞬きをした。
この声、懐かしい。聞き間違えしようがない声だ。
「ザクト!? ザクトなの!?」
私は叫び、玄関ホールへ繋がる階段を駆け下りる。
かつかつという、軍靴の響き。長いマントのひらめき。
離宮の玄関ホールに現れたのは――燃えるような赤毛と黒衣の騎士、ザクトだ。
ひ、ひえ~~~……。
ちょ、ど、どうしたの、ザクト。
ザクトはフィニスが皇帝になったあと、黒狼騎士団の団長に任命された。
そのときは、まだザクトには早いかな? なんて思ったりもしたけど……。
全然そんなことないよ!! 騎士団長の軍服がめちゃくちゃ似合ってる。
子供っぽさのあった顔は、どこか険しく、鋭くなっていて。
所作はどこまでもきびきびしていて、大胆。
彼の鋭さは、フィニスの鋭さとは少し違う。傷だらけの大剣の鋭さだ。
格好いい、な。うん、ものすごく格好いい。
男! って感じの格好良さ。
そんな彼が私を見つけ、にかっと笑う。
「皇后陛下。今日も美人ですね!」
「え、ええ~~……。なんか照れるね? そんなふうに褒められるの、初めてじゃない?」
「そんなことないんじゃないですか? 最初見たときから、あなたは世界一きれいだったし」
「世界、一」
私は思わず足を止めた。
後ろから階段を降りてきたフィニスが、そっと私の肩に手を置く。
「ザクト、今日は……」
「世界一は、フィニスさまでは!?!?!?!?!?!?」
あっ、まずい。うっかりフィニスさまの言葉を遮ってしまった。
皇帝の言葉を遮るとか、下手したら処刑ものだよ。
だけど……処刑されても、叫ばなきゃいけないことは、ある!!
私は拳を握って熱弁した。
「ザクト、私、知ってる!! ザクトがどれだけフィニスさまが大好きで、フィニスさまのために命をかけてて、フィニスさまがかっこ悪くなるくらいならフィニスさまの恋人すら許さないっていうくらいに無邪気っていうか子どもっていうかめちゃくちゃ自分勝手な情熱を持ってることを!!」
「待って下さい、いきなりすげぇ悪口言われてる気がするんだけど、気のせいですかね!?」
「褒めてます!!!!!!」
「な、ならいいか……」
ザクトは私をまじまじと見つめ、くすりと笑う。
「ふふっ。……おもしれー女」
「どうしてそうなったの!?!?!?」
必死につっこむ私を置いて、ザクトはひざまずいた。
「とにかく、お二方ともお元気そうで何よりでした」
ううっ、騎士。
こうしてると、非の打ちどころのない騎士。
フィニスは、私の前に出て、階段を降りていく。
その動きひとつひとつが抑えられた力に満ちていて、髪の毛のゆれひとつまでもが美しくて……………………は~~~、私の皇帝陛下、満点!!
「わたしはお元気だ。とてつもなく。まんべんなく。このうえなく。めちゃお元気だ」
おっと、語彙が崩壊してるぞ!?
何に動揺してるの、フィニスさまは!!
私が息を呑んで見守っているうちに、フィニスはザクトの前に来た。
ザクトはひざまずいたまま、にこにことフィニスを見上げる。
「皇帝陛下になっても、相変わらずですね。きれいで、隙がなくて」
「皇帝になって寝ぼけた、と言われるよりはありがたいことだな」
「あっは、フィニスさまは、寝ぼけより色ぼけでしょ!!」
うわっく!! ふひゃ!! ふわわわわわわわ!!!
だ、大丈夫? この暴言、大丈夫!?
フィニスは色ぼけなんかしてないでしょ!!!
だってこの離宮に来てからも、一度も……。
い、一度も………………。
…………おかしいな。
なぜ、この状況で、私たちはロマンチックな雰囲気にならないの……。
私……私がいけないのでは……?
私が皇后失格なのでは!?
「色ぼけは、している」
「はい!?!?」
私の声はひっくり返る。
フィニスは振り返って、私を見る。
金の瞳は蜜を湛えてるみたいにやわらかい。
そっとのべられた手に、反射的に自分の手をのせた。
フィニスはそのまま、私をエスコートして丁寧にホールへ招いて言った。
「こんな美しい伴侶を得たのに、色ぼけしないほうが失礼だろう」
ふ、わ………………。
声、あま…………。
まつげ、なが……。
こんなときに今さらなんですが、横から見上げたフィニスさまのまつげ、すごい。
国宝級のまつげにシャンデリアの光がからんできらっきらしてる……。
胸のペンダントにしてかざりたい、まつげ……。
甘い声とあいまって、昼から酔っ払いそうなマリアージュ……。
ザクトはそんなフィニスをまぶしそうに見上げ、さも嬉しそうに笑う。
そういう顔を見ると、ザクトはやっぱりフィニスが大好きだなあって安心できる。
でも。
「それはそのとおりです。失礼いたしました、陛下」
謝るときは、なぜか、私に向けて謝るんだよな……。
別にいいんだけど。
いいんだけど、もぞもぞするよ~~。
フィニスも居心地悪いのか、私の手を撫でながら言う。
「で? なんで来た。ぼけたわたしの顔を見物したいなら、見物料を取るぞ」
「勘弁して下さいよ~~、団長の俸禄、ほとんど実家の借金につっこんじまってるのに! っつーか、あれです。ここ、警備の人員足りてなくねえです?」
あれ? ザクト、それを気にして来てくれたの?
「そんなもの、わたしひとりで充分だ」
フィニスは即答する。
あー……。
このひと、割と本気でそう思ってるからな。
フィニスが強いのはほんとですけど、私はあなたも心配ですよ?
ザクトはけらけらと笑い、立ち上がる。
「ま、それもそうか。単に休暇の時期が重なったんで、実家に帰るついでに寄っただけです」
「それにしては人数を連れてきたな。足音がした」
フィニスにはまだ少し、緊張感がある。
ザクトはというと、めいっぱい元気だ。
「あはは、聴力ばけもーん。せっかくだから、同じ休暇期間の仲間と狩りやって、獲れたての肉持ってきました。焼こうと思って!!」
「はあ!?」
……ん?
今の『はあ!?』は、フィニスじゃない。
もちろん、私でも、ザクトでもない。
だったら、誰?
私はきょろついた。
けど、周囲には、フィニスと、ザクトの他には、控えめに立っている使用人しかいない。
そしてフィニスは、無表情のまま瞳を輝かせた。
「肉」
「肉……」
私もつぶやく。
そう、そうだ。肉の話をしてたんだ。
血が臭くなってない、新鮮な肉。香草みたいな匂いの内臓。
帝都では食べられない、狩りの肉……。
じゅる、とよだれが溜まった。
私は叫ぶ。
「焼きましょう、フィニスさま!!」
「焼こう!」
フィニスも答えた。
ザクトは天井に拳を突き上げる。
「やったー!! 今夜は焼き肉だぜーーーー!!」
「「「おおおおーーーー!!」」」
玄関の外で騎士たちが唱和するのが聞こえた。
わーい、お肉、お肉だ!
今夜は美味しいお肉会!
私はお肉を思ってウキウキしつつ、ちょっとだけ気になることもあった。
ひとつは、私を見るザクトの態度。
もうひとつは、浮かれた騎士たちの声にまじる、悲しそうなうめき――。
さっきの『はあ!?』もそうだし……
この離宮、私たちと使用人の他に、誰かいない???




