その後の話3【1】皇帝陛下の夏の別荘
リビストーク大陸の中央部分、面積にして約半分を占める大帝国。
その皇帝に選ばれた者は、帝都の宮殿で多くの時を過ごす。
が、もちろん皇帝用の別荘や狩り小屋だって、ある。
今回、若き皇帝フィニスと皇后セレーナがやってきたのは、そのひとつ。
海に近い、ひときわ小さな離宮であった。
「ふわあ……きれーーーーい!!」
馬車から降りた途端、叫ぶセレーナ。
目の前に広がるのは、青い空、南国風の木々、白い城。
木々には色とりどりの花々が咲き乱れ、辺りには甘い香りが漂っている。
緑の合間には白い階段や噴水が垣間見え、ちょっとお茶が飲めるような天幕があったり、野外用のソファがあったり……。
一言で言うと、若い女向けの場所だ。
「きれい! きれい! きれいだし、人がいない!!」
案の定、白いドレスに白い帽子をかぶったセレーナは飛び跳ねている。
続いて、馬車からフィニスが降りてきた。
こちらも白いサマージャケット姿。自ら発光しているかのようにまぶしい。
「気に入ったか」
フィニスが近づいていくと、セレーナは輝く笑顔で答えた。
「はい!! 見てください、砂糖細工みたいなきれいなお城ですよ! フィニスさま、是非ここへ!」
「ここか」
「あ、もうちょっと右です。はい、はい、そこ!」
フィニスはセレーナに誘導され、噴水の前に立つ。
セレーナは唐突に、びたーん!! と、倒れた。
「ば、映える~~!! 美しい場所に美しいフィニスさま、これぞ正義!! でもってこの角度から見上げる顎のライン……くー…………さいこ~~~っ!!」
倒れたまま、めちゃくちゃすごい肺活量で叫ぶセレーナ。
フィニスは冷静なまま、噴水の縁に片足を載せてポーズを取る。
「いっそポーズでも取るか?」
「はぁぁぁん、足長ーーーーーーッ!! さらにポーズをとった時にできる上着の皺が国宝レベル!!! 今、とくとこの目に焼き付けました! 帰ったらこの足の記憶を報告書にまとめてルビンに売ります!!」
「好きにしたらいい。今回のルビンも、すっかり君の虜になるだろう。……次のポーズはこんなで?」
謎なやりとりの合間に、フィニスは色々と別のポーズをとる。
セレーナはうめいた。
「あっ、いい……ちょっと片足前に出していただいて……いいいいい!!」
「手はこのへんで?」
「自然に腰に添えるのでもいいですし、か、髪、髪を……」
「ほどく?」
「脱ぐのは早いです!!!! まっ昼間ですよ!!」
倒れたまま、顔だけ上げて叫ぶセレーナ。
結構ドスが利いているが、フィニスはおびえた様子もドン引きした様子もない。
ただただ美しい顔でセレーナを見つめ、自分のおくれ毛をいじっている。
「そういうものか」
「かっ、かわいーーーーーーーー!! そのいじけた感じもかわいいいいいい!! 一生こうして見ていたいけど、そろそろ白昼の太陽に炙られたタイルが熱くなってきましたね……」
「だろうと思った。中へ入ろう」
フィニスはセレーナを抱え上げようとする。
セレーナは慌てて飛び起きた。
「あ、歩けます! 歩けますので、はい!!」
「わたしに運ばれるのはイヤなのか」
「イヤではないですが、その、割り振りの問題と言いますか……休暇は七日間もありますので、ね。くたばらない程度にペースを保って寿命を消費していかなきゃならないわけでして、あはは」
ものすごく早口になるセレーナを見つめ、フィニスは長いまつげを伏せる。
「さみしい」
「えっ」
「さみしい」
「ええ……」
「さみしい」
「ぜ、全然退きませんね、フィニスさま!! 手っ、て、てててって手、手、手でよければ……その……つ、繋いでも、いいと思……いますか?」
――いや、最後、なんで聞いた???
フィニスは即答する。
「思う」
「早っ!!」
うろたえるセレーナを前に、フィニスはかすかに笑みを含んだ。
「確かに、『皇帝と皇后が手を繋いで宮殿を歩くだなんて! まるで子どもですわ!』などと言う者も居るだろう。だが、そういう類いは全員帝都に置いてきた」
「はい……」
「ここにはわたしたちと、最低限の使用人と、護衛しかいない」
「ですね……」
確かに、ここにはひとが少ない。
皇帝と皇后の穏やかなやりとりを見守っているのは、御者と数人の使用人だけ。
城の中にも使用人はいるだろうが、わざわざずらりと並ぶようなことはしていない。
今回の旅行は本当にひそやかなものなのだ。
フィニスは続ける。
「それに、わたしたちはここで、治療をしなくてはならないだろう?」
「治療? え? そうでしたっけ?」
きょとんとするセレーナに、フィニスは言い聞かせる。
「君の、さみしさの治療だ。この病には、ささいなふれあいが効く」
「あっ……」
セレーナの目がまん丸になるのが見えた。
フィニスは淡く笑ったまま、そんな彼女の頭をなでた。
さすがのセレーナも、今度は避けない。目を細めてなでられている。
フィニスはしばらくそうしていたあと、そっとセレーナの手を握った。彼の動きはいつだって優雅で、隙がない。
「おいで、セレーナ。この、小さくて豪華な離宮のすべてを見に行こう。何もかもが、君のために用意されたものだ」
■□■
それからフィニスとセレーナが見物していったものは。
星座のモチーフの彫像だらけの、巨大なホール。
「動物園みたいですね……!!」
アーチ状の天井に夜空を描いた、広大な図書室。
「読んでいるうちに休暇が終わるな」
花が咲き乱れる緑の迷路を歩いて行くと、おやつの乗ったテーブルやら、豪華なハンモックやらが次々現れる庭。
「迷っても遭難せずにすみそう」
広い部屋いっぱいにマットレスが敷き詰められ、色とりどりの薄布がゆれる寝室。
「――ここは後にするか」
そして最後が、広大な屋内プールだ。
プールの縁に立ったセレーナは、感嘆の声を出す。
「すごい……真っ青なプール! まるでヌール王国の神殿みたいです。荘厳だなあ……」
確かに、この離宮のプールは特別だった。
大広間ほどもあろうかという面積に、目が覚めるような青いタイルが貼られている。
プールの底も、壁も、天井も青だ。黄金をほどこしたモザイク・タイルが青の空間をさらに飾り立て、シャンデリアが水面にも黄金色の光をばらまいていた。まるで、水の中にも星座があるかのよう。
セレーナは、ほう、とため息を吐く。
「神聖なる洞窟って感じ。こんなところにいたら、すごい詩が書けそう。ヌールの文化って素敵ですよね。帝国風ともアストロフェ風ともまったく違って、理知的で神秘的……」
うっとりとしたつぶやきに、フィニスが答える。
「君は、異教徒風をも愛するのだな」
「あっ! ごめんなさい」
セレーナは慌てて顔を上げた。
ここは平和なアストロフェ王国で育ったセレーナと、帝国の異教徒との国境を守っていたフィニスの感覚の違いが出た。安全な場所から見渡せば、異国は興味深い場所。それだけで済む。
が、実際に殺し合ってしまえば、そうはいかない。
フィニスはセレーナをじっと見下ろして、言う。
「いや、いい。柔軟性は、星の数ほどもある『君のよさ』のひとつだ」
セレーナはほっとするかと思うと、複雑な顔をした。
「柔軟なだけでも、ダメなんですけどね。もう、あなただけをお守りしていたらよかった季節は終わったので」
フィニスはセレーナを見ている。
セレーナはプールの水面を見て考えこんでいる。
――沈黙。
ゆうらり、と水が揺れる。
フィニスは言う。
「あとで泳ごう」
「はい。……は!?」
がば、と顔を上げたセレーナの声がひっくり返る。
フィニスは淡々と返した。
「プールだろう、これ」
「プールですね。マグマ池には見えませんね」
深刻な顔で返すセレーナ。大真面目に続けるフィニス。
「だったら泳ぐためのものだな?」
「み、みみみみみみみみみ」
「みみず?」
「水着!! 水着!!! 水着、もってない……ですけど!?」
水着、と言い切ったセレーナの顔は真っ青だ。なんでだ。死ぬのか……?
フィニスはセレーナをそっと支えながら言う。
「君のぶんは三十種、わたしのぶんも四十種くらいは用意してあると聞いた」
「み……水着ファッションショー!!!」
……なんて?
一体何がどうして、その叫びで倒れるんだ???
……わからない。
フィニスはセレーナが床に倒れる前に、片膝をついてしっかりと支えた。こんなときでもひたすら優雅だ。そのままセレーナの顔をのぞきこみ、フィニスは聞く。
「やりたいのか? ファッションショー」
「もう、やりました……脳内、で……」
そう囁いたかと思うと、セレーナはやりきった顔で気絶していった。
「セレーナ……」
セレーナ……じゃないんだよな。
真顔の横顔はすばらしく美しいけど、そういう問題じゃないんだよ。
もっと何か言うことはないのか?
自分の嫁の奇行につっこまなくていいのか!?
義務じゃないか!? そういうの!!
だってその奇行に走りまくる女、皇后なんだよ。
皇帝のお前がつっこまないと、もう野放しなんだよ!!
はー……。
思わず心の中で暴走してしまった。
武人と才女のカップルだと聞いてたが、正直それどころじゃない。
ツッコミが追いつかないし、俺はそもそも、ツッコミするためにここにいるんじゃない。
俺は二人のいるプールの大窓の外、低木の茂みでため息を吐く。
落ち着こう。
俺は、殺し屋である。
俺の仕事は皇帝と皇后のバカンスにこっそり密着……じゃない!!
殺し屋の仕事は殺しだ、殺し!!
帝都より警備の薄いこの離宮は、殺し屋にとっては大チャンスだ。
これより始まる俺の暗殺計画。
必ず、成功させてみせる!!
お久しぶりの投稿になりました!
【書籍版】「死んでも推します!!2」発売を記念しまして、しばらく週二回を目標に、「その後の話3」新婚旅行編をお送りいたします。懐かしいひとたちも集合していくと思いますので、お気が向きましたらお付き合いくださいませ。
書籍版も、是非ともよろしくお願いします~~!