その後の話2【後編】 あなたの大きなひと欠片
「素晴らしいこと、なんですけど。日に日にフィニスさまが皇帝陛下らしくなっていかれて、みんながうっとりしていくのが、わかって。だって、フィニスさま絵皿の売れ行きすごいし、フィニスさまの服を世界中が真似してるし、フィニスさまが通った道は治安がよくなるし。奇跡みたい! って思うけど、それは、多分、奇跡じゃなくて。
フィニスさまが――みんなのことを、考えてるから。みんなのことを見ているから、みんなも、フィニスさまを見るんだろうな、と思っていて」
「そうかもしれないな。わたしは優しい人間じゃない。だが、この世界の人々ひとりひとりが『生きている』ことだけは知っている。みんな、生きている。何度も何度も、理不尽に引きちぎられた人生。あり得なかった『その先』を生きている」
そう、ですよね。
うん。そう、だ。
あなたは、だから、優しい。
みんなの死を知っているから、生きているみんなに、優しい。
――優しくないのは、私だ。
「……だから、みんなフィニスさまのことが好きで……でも」
喋れば喋るほど、出てきちゃうな。
だめな私が出てきちゃう。
薄暗くて、濁ってて、つめたい私が。
あなたほど、優しくない私が。
「私、フィニスさまが、みんなのところに行ってしまう気が、して。私のフィニスさまが、粉々に砕けていってしまう気がして……なんでしょうね、これ。あはは、変なのー…………」
私は言い終え、どうにか笑った。
フィニスは私をじっと見ている。
真剣な沈黙のあと、フィニスは言う。
「セレーナ。それは、嫉妬だ」
へ?
え?
……………………ん?
「……嫉妬」
「そう」
こくりとうなずくフィニス。
皇后の嫉妬って、つまり……あれですよね?
寵姫に向かって、この泥棒猫!! そこの超絶美形はあたしのもんよ、誰があんたにやるって言った!? とか言って襟首掴んで治安の悪い街に放りこむような、あれですね!!!???
だけどフィニスに寵姫はいないから、私が嫉妬してる相手は………………。
「……………………こ、国民…………? 私が!? こ、国民に!? 嫉妬!!!???」
「うん」
もう一度うなずくフィニス、かわいい。
かわいいけどさあ!! 私はかわいくないな!!??
こんなに誠実で真面目なひとを目の前にして、国民に嫉妬とか……。
「ひ、ひええ……強欲か、私……?」
自分で自分に呆れたわ。
ダメだわ、これは。
抜け殻になった私に、フィニスは言う。
「わたしは嬉しい」
「え」
大きく瞬きして、フィニスを見た。
フィニスは言う。
「優しい君のことだ、一生嫉妬なんか覚えないのかと思っていた。くだらないことで一喜一憂するのはわたしだけで、それはわたしの性質が邪悪だからなのか、とも思った。むしろ確信していた」
「フィニスさまが邪悪!? 邪悪なフィニスさまだって私は全力で萌えますけど、どーーーーー考えたって、違うでしょ!?」
「そうだといい。少なくとも、君の前ではそうありたい」
フィニスは私の手の甲にそっとキスすると、そのてのひらを自分の頬にあてる。
そうして、きれいに笑った。
「セレーナ、わたしが許すから、もっと嫉妬してくれないか」
「あ……」
甘い声だ。細められた目にあるのは、毒だ。
ほんのちょっとの毒。
だから私は、心臓から、指の先まで。じわじわ痺れて。
きら、とフィニスの金眼がきらめく。
私だけが、映っている。
閉じ込められたみたいに。
たったひとり、あなたの中にいるみたいに。
あなたは囁く。
「わたしの前では、どれだけ邪悪でもいい。自分勝手でいい。欲しいものを欲しがっていい。――もっと」
残酷なくらい低い声がした。
頭の芯がくらくらっとする。
黙っていられない。
逆らえない。
逆らう必要も、ない。
「……フィニスさま。私……もっと、フィニスさまが。あなたの、大きな欠片が……欲しいです」
みっともなく震えた声で、囁く。
……イヤだなあ。フィニスがみんなに好かれるのは、嬉しいのに。
心の底から、嬉しいのに。
でも、夢にみるの。
あなたが、薄氷みたいにばらばらに砕けて、その破片にみんなが群がるのを。
私は泣きながらそれを見てる。
見てるだけで、手を伸ばせない。
私はもう充分しあわせだから、分けて上げなきゃ、って思って。
ずっとずっと、泣いてるだけで――。
フィニスは笑みをほんのすこしだけ優しくして、私を立たせた。
私の手を心臓の位置にのせさせて、彼は言う。
「わたしは砕けてなんかいない。全部君のものだ。君の前にいるわたしだけが、本当。夢をみているのは他の人間たちだ。夢だから、せめて、美しい夢であればいいとは思う」
「フィニスさま」
名前を呼ぶことくらいしかできない。
目の前がチカチカする。
胸がいっぱいだ。
あなたがくれる言葉が大きすぎて、私、すぐにいっぱいになってしまう。
手のひらに、あなたの鼓動が伝わってくる。
その手に、あなたがそっと触れる。
「他の奴らなんか気にするな。君の手には、美しいものも、みにくいものも、残らず入っているんだから」
光みたいな言葉だ。
言葉が、きらきら、チカチカ光ってる。
私は酔ったみたいにくらくらしてきた。
大丈夫かな、私。しあわせすぎて、死ぬのでは……。
と、思ったそのとき。
フィニスはふっと真顔に戻る。
「と、言っても大して伝わらないだろう」
「え、いや、かなり伝わってますが……?」
これ以上、どう伝える気です?
首をひねる私に、フィニスは礼儀正しく微笑みかけた。
「というわけで休暇だ、休暇。トラバントならどうにか数日間は捻出するだろう。君は案外頭が硬い。まずは体のほうに『わたしは君のものだ』とたたきこむ。安心しろ、練習は必ず結果に繋がるぞ」
「体!? 練習!? なんのです!?」
「今のうちにわからないふりをしておくといい。さ、忙しくなるぞ」
「ねえええええ、なんでそんな生き生きとやる気なんですか!? さっきから色っぽいセリフ言われてる気がするんですけど、気のせいですか!? 色気と鬼軍人感が入り交じって、私はどんなことになっちゃうんですかーーーー!?」
私の叫びは、宮殿にむなしく響いた。
そしてトラバントは案の定……よりによって、とんでもないことに。
七日間も、休暇をプレゼントしてくれたのでした……。
いつも読んでくださり、本当にありがとうございます!
この後はいずれ、のんびり休暇編を書いていこうと思います。
また、この度、「死んでも推します!!」本編の書籍化、コミカライズ情報が更新されました。
書籍化は講談社さんのKラノベブックスfより、イラストレーターはゆき哉さま。
コミカライズは辻本ユウさまにご担当いただきます。
時期についてなどは、続報お待ちください。
いつも応援、まことにありがとうございます!