その後の話2【前編】 私たちは多忙です!!
皇帝陛下は多忙だ。
うん、知ってた。
フィニスはなんだかんだ言って真面目だ。
うん、これも宇宙が生まれる前から知ってた。
このふたつの条件がそろうと、どうなるでしょーーーか。
「フィニスさまが足りない!!!!」
私は怒鳴り、円卓に拳をたたきつける。
いきなりの叫びに、侍女と侍従たちは「ひっ!」と声をあげる。
平気そうなのはトラバントだけだ。
「わかります!!!! フィニスさまがあと十人くらいいないと、政務が迅速に回りません!!」
元気に怒鳴って、目の前の円卓に山ほど資料をたたきつけた。
「というわけでセレーナさま、会議後のパーティーについてはあなたに一任します。各種資料をこの場で読んで、皇帝陛下とあなたの衣装、つけるアクセサリー、会場装飾のテーマ、給仕の衣装、食器、料理は何品でどの地方のものにするか、ついでにお土産ものの選定までよろしくお願いします!! ド田舎出身皇帝にやらせとくと夜が明ける!」
「うううううう、愚痴を叫んでる暇もないよぉ!! やるよ、やるけど、なんでトラバントがこんなことしてんの!? 歴史編纂は?」
私は半泣きで椅子に座った。
トラバントは静かに引きつる。
「言ったでしょう。選帝侯が送りこんできたおっとり尚書官殿じゃ、仕事が回らないんですよ。それだけ。完全にそれだけで、他に僕がここにいる理由とかないですから」
「尚書官は、皇帝陛下の秘書で、書類作ったりなんだりする人……あー。尚書官殿、フィニス様のぶっとびポエムをそのまんま書き写してひっそり大問題になったあげくクビになったとかじゃない?」
「はーい大当たりで~~す!!! って言ったら僕も不敬罪で首が飛ぶんですよ、やめてください!! あの強固すぎるどん底詩才!!」
「今さらトラバントの首は飛ばないと思うなあ。尚書官殿も処刑とかはないでしょ、フィニスさまだもん。でもまあ、やっぱりここは、トラバントが尚書官やったら?」
私は言い、猛スピードでパーティーのおみやげ案を書き記していった。
トラバントはものすごく微妙な顔で腕を組む。
「あなたねえ。じゃあやりまーす! って言ってやれると思いますか? 尚書官。帝国の書類の全てを管理できる役割ですよ。天書が解体された今、その権力はもはや天元突破――」
ふんふん、そうだねえ。
まあ、フィニスもいきなりそんな地位に身内をつけるわけにはいかないか。
それはそうと、おみやげだよ。
メインは最近人気のフィニスさま絵皿でいいとして、せっかくだから新作も作りたい。お皿があるならお皿に盛るもの、食べ物。ハーブで色をつけた糖衣でフィニスさまのお顔を描いたクッキー……は、割れちゃうと不敬かなあ。
あ、じゃあ飴はどうだろ。切っても切ってもフィニスさまが出てきて、舌にのせると甘~~~く蕩ける……蕩ける……蕩け……そんなフィニスさま飴を、みんなが……。
会議に来たおっさんたちみんなが!! 味わっちゃうの!!!???
「う………………うわあああああん!! 無理ーーーーーーー!!!!」
「はい!? どうしました、皇后陛下!?」
トラバントが目をむく。
次の瞬間、執務室の扉が蹴り開けられた。
「セレーナ、どうかしたか」
響く声。
どこまでも静かで美しい――フィニスの声だ!!
「フィニスさま!! フィ…………どうかしました!?」
私はがば! と顔をあげ、扉を凝視する。
そこに居たのは私の美の神であり宇宙の音楽であり情熱の湧き上がるところであり生きているだけで国宝のフィニスだったけれど、格好がおかしい。
仮縫いの服のパーツをいくつかと、仮縫い中だったであろうお針子さんが何人かくっついたままだ。
フィニスは涙顔の私と、書類の山と、固まっているトラバントを順番に見た。
そして、やさしく笑う。
「トラバント、長い付き合いだったな」
「待っっっっっっっってください、陛下!! 長い付き合いの相手を三秒で断罪しないでください!!」
さすがに真っ青になるトラバントと、ついでに私。
「へっ、わっ、あぇっ!? 陛下、あの、トラバントは何も悪くないですよ!?」
椅子から飛び上がって言うと、フィニスは怪訝そうな顔になる。
「ならば誰が悪い。君を泣かせたのは誰だ」
誰……誰……?
えーっと、パーティーのおみやげを考えてて、フィニスの飴をみんなが食べる妄想に耐えきれなかった、わけだから?
「強いて言うなら…………………………陛下ですかね?」
「すまなかった、今すぐ死んでくる」
「!!!!??? ダメです!!!! 断固阻止しますたたき起こします蘇生します生きててくれたら生きててよかったーーーーーって五万回くらい思わせます!!!!」
「よし、生きよう」
早っ!
そんなところも好き!!
私はほっと肩を落とした。
フィニスは仮縫い服とお針子さんを引っぺがすと、トラバントに言う。
「事情はよくわからんが、解決法は明確なように思う。わたしも彼女も働き過ぎだ。情緒が不安定になるのもいたしかたあるまい」
「本気で言ってます? 皇后陛下はずっと情緒不安定ですよ?」
「休暇が欲しい。わたしと皇后がともに休める休暇だ。作ってくれ」
「うわーーーぁ、それ、なんで僕に言うんですか!!」
「しょうがないだろう、他にできる奴がいないんだから。尚書官は『陛下の詩の真意を必ずや読み取ってみせます』とか言って図書館塔に入って以来、生死不明だ」
「あ、それはもうダメなやつですね。しかし、お二人の休暇ねえ。難しいことをおっしゃる。……ひとまず、今から砂時計ひとつぶんの間だけ、時間を作りましょう」
トラバントは笑い、円卓の砂時計をひっくり返した。
結局引き受けてくれるあたり、いいひとなんだよなあ。
トラバントは侍従を追い立てて出ていく。
部屋に残ったのは、私とフィニスだけ。
――えっ、珍しくない?
昼間にこれは、珍しすぎない!?
あまりの珍しさに、私はぼーっとしてしまう。
フィニスは私のかたわらにやってくると、優雅に片膝をついた。
「ちょ、陛下、私なんかの前にひざまずき美ーーーーーーー!! ひざまずいてこっちを見上げてくるお顔も所作もはらりとこぼれる黒髪も、端から端までいつもながらの美ーーーーーー!!」
「君のその叫び、最近あまり聞いていなかったな」
フィニスは嬉しそうに言い、私の手を取る。
まだ握っていた羽根ペンをとりあげて、両手でそっと私の右手を包みこんでくれる。
あったかい。
あなたの、熱だ。
じんわりして、力が抜けて。
あ、力入ってたんだなって、やっとわかる。
フィニスは優しく言う。
「すまなかった。最近君もわたしも働きづめで、さみしい思いもさせただろう」
「あ……その。えーと」
「………………まさかとは思うが、全然さみしくなかったとか? わたしは、さみしかった、が?」
声を低くして真顔になるフィニス。
ひええええええ、ふわああああ、い、言ってることも嬉しいけど、顔のよさが宇宙なんだよな!?
「うっ、フィニスさま、圧が!! 美顔の圧が強いです圧死します、しあわせ!!!! いえ、あの、そのっ、もちろんさみしかったんですが、でも、でもでも、それはしょうがないと思ってて……」
「なら、何が無理なんだ。言えないことならそれでもいいが」
「や、やさし~~~~……。え、えーと、ですね」
私は最近のもやもやを思い出し、ひとつひとつ、言葉にしていく。