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その後の話3【7】離宮の幽霊

 もどかしい。

 もどかしいったらもどかしい。

 やってられない。見てられない。


 何がって?

 うちの皇帝陛下と、皇后陛下だよ!!!


 なんなのーーーもーーーーー!

 両思いなんだろ? 夫婦なんだろ?

 好きにすりゃいいじゃん。

 いちゃいちゃいちゃいちゃすりゃいいじゃん。

 旅行、いちゃいちゃするために来たんだろ?


 使えよ、機会を!!

 この離宮に意思があったら、今ごろ大号泣してるよ!!

 なんのための甘ったるい造りなんだよ! 焼き肉してる場合じゃねえんだ……。

 少なくとも俺は身もだえすぎて、背中の筋がつりかけてるよ!!


 …………はー…………。

 落ち着けねー……。

 ぜんっぜん落ち着いて暗殺できねえ……。


 もう、俺がどうにかするわ。


 そう心に決めた、暗殺者の俺。

 使用人の服を脱ぎ捨て、本気でセレーナを尾行中だ。

 俺だってプロだ、本気を出せば貴婦人なんかに気づかれたりしない。


 案の定、セレーナは隙だらけ。

 ピクニックを終えて離宮に帰ったあとは、まっすぐ図書室に向かった。

 いいぞ、その調子だ。その調子でつっこんで……。

 …………ちょっとーーーー。

 なんで? なんで、扉の前で固まってんの?

 なんで天井仰いだり、身もだえたり、ため息を吐いたり……いや、いいわ。

 いいです。あなたはそうしてな。

 ここは俺がどうにかする。


 俺は使われていない部屋に忍び込み、シーツを盗む。

 ついでに暗殺者七つ道具を出し、素早くメイクした。

 埃かぶった鏡台をのぞきこむと、骸骨じみた顔が浮かび上がる。

 いいぞ、完璧なお化けメイクだ。

 でかい宮殿には怪談がつきもの。

 俺がお化けの扮装をしてセレーナを脅かせば、フィニスは絶対に出てくる。

 セレーナを助けに来る。

 あいつはそういう男だ。


 いいか、助けたあとは、早く押し倒せ。

 できるかぎり素早く、迅速にだ!!!

 頼んだぞ、おい!!

 

 俺はそっと廊下の様子をうかがう。

 セレーナは――なぜか廊下に転がり、床に頬をすりすりしていた。


「勇気が……あと一歩の勇気が足りないよぉ……はあ……フィニスさまが踏んだ床で癒やされよ……」


「なんでだよ!!」


 思わず叫ぶ俺。


「へっ?」


 きょとんとして起き上がるセレーナ。

 見つめ合う俺(お化けメイク&白シーツ)とセレーナ。

 ……………………。

 ………………。

 沈黙の後、セレーナは口を開けて、悲鳴を……悲鳴が……悲鳴は、あがらなかった。


 すっ、とセレーナの瞳が鋭くなり、ドレスの中に手をつっこむ。

 出てきた手には、短剣が握られていた。

 えっ。

 あっ、あっ、マジだわ。

 殺気出てる。


「ちょ、ま……」


「何者か知らないけど……フィニスさまは、私が守る」


 バネでも入ってるのか、っていう動きで飛び出してくるセレーナ。

 ためらいなく突き出される短剣。

 とっさに避ける。

 が、すぐにセレーナの手首がひらめく。

 追ってくる刃。ヘビみたいだ。


「っ……!!」


 右に、左に、ギリギリで避け続ける。

 このままじゃ逃げられない。

 どうする。

 反撃するにも、隙がない。

 なんなんだよ、そんな貴婦人、いる!?


 と、そのとき、図書室の扉が開いた。


「セレーナ」


 おそろしく耳触りのいい声。

 フィニスだ。

 手には……おいおいおい、抜き身のサーベル持ってるじゃねえか!!

 なんでここは、夫婦そろって武闘派なの!?


「フィニスさま、そこにいてください!! 怪しい侵入者です!!」


 セレーナが背後のフィニスに叫ぶ。

 よし、隙ができた!!

 俺は身を翻し、一目散に逃げ始めた。



■□■



 走る。走る。走る!

 私、セレーナとフィニスは、ひたすらに離宮を走っていた。

 美しい列柱が、扉の列が、帯のような壁画が、視界をかすめていく。

 廊下の先には――白い影。

 怪しい侵入者。

 それにしてもこいつ、足が、速いな!!

 黒狼騎士団にいたときの私なら、もっと走れたのに……もどかしい。


 私が唇を噛んだ、そのとき。

 先を行く白い影が、ふっ、と立ち止まった。


 いける。

 つかまえられる――!!


「セレーナ!!」


 フィニスが私を呼ぶ。

 どうしたんだろう……と思うのと同時に、私の体は、宙に浮いた。


 えっ……?


 ばっしゃーーーーん!!! という派手な音。

 衝撃。目の前が泡立つ。

 冷たい。

 何?

 水に、落ちた……?


「ぷは……!!」


「無事か」


 私はどうにか水から顔をあげた。

 直後、フィニスの強い腕が私を抱き寄せてくれる。

 私はとっさにフィニスにしがみついた。

 周囲は青い世界だ。

 青いタイルに覆われて、金色のランプが光を落とす……巨大な屋内プール。


「私、侵入者を追って、プールに落ちた……? えっ、相手はどこです!?」


 改めて見渡してみても、プールに怪しい者の姿はない。

 私を抱いたまま、フィニスが淡々と言う。


「おそらくは、プールに飛び込んだふりで、プール入り口脇の扉から外へ出たのだろう」


「そっか……やられた。早く、追わないと」


「大丈夫だ。耳を澄ませて」


 フィニスが身をかがめて囁いたので、私はひぇっと固まった。

 水で冷えた耳元に、フィニスの吐息がかかる。

 その温度で、耳が、ぴりっと痺れて。

 くすぐったい。逃げたい。

 でも、フィニスの力は強くて。逃げられなくて。


 ど、どうしよう。


 私は、迷ったまま、とにかく耳を澄ました。

 遠く、外のほうで、狼がうなっているのが聞こえる。


 ――そうか。


「外には、まだ、ザクトたちがいる……狼も。任せておいても、大丈夫ですね」


 私はちょっとほっとする。

 フィニスは片腕をほどいて、私の濡れた前髪を整える。


「ああ。いいときに来てくれた」


「ひぇっ」


「ん?」


「あっ、あ、その、えーーーと、ひゃっ!!」


 私が口ごもっている間も、フィニスは髪を整えるのをやめない。

 途方に暮れて、フィニスを見上げた。

 ぽたり、と、水が落ちてくる。


 フィニスも濡れていた。

 もとよりつややかな黒髪に、ランプから落ちた光が金色のつやを生んでいて。

 伏せられたまつげに乗った水滴が、こぼれる。

 完璧な輪郭を伝って落ちる水。


 どうしよう。

 息ができない。


 フィニスの手が、私のこめかみあたりで止まる。

 白い革手袋をしたままの、手だった。

 フィニスの手が触れた場所から、肌に、細かな電流が走る。

 フィニスは、目を細めて囁いた。


「息をして」

 

「はい……んっ」


 返事をしたら、もう、抑えきれなくて。

 私は、みじろぐ。

 プールの水面に、かすかな波が立つ。

 それでも、フィニスは私を放してくれない。

 このひとは片腕でも、充分に私の自由を奪えるのだ。

 そう思ったら、また背筋がぞくぞくした。


 こんなときなのに。

 こんなときだから……?


 フィニスの指が静かに滑る。

 頬の輪郭を確かめるように、撫でて。

 顎のまるみを包みこむようにして、そして、唇に、触れる。

 甘い。――ふしぎ。

 指があまいの。

 あまくて、あまくて、唇からからだぜんぶ、痺れてくる。

 私もあまくなっていくのかもしれない。

 あなたが触れると、そこからあまくなって。

 くずれていってしまうの。

 なんで?

 おしえて。


 私は、フィニスを見上げる。

 そのきれいすぎる顔が、やんわりとぼやける。

 きっと、私の目がうるんでいるから。

 もっとはっきり、あなたを見たい。


 でも、ぼやけた世界に浮かぶ金の瞳も、とってもきれいで。

 だから、このままで、いいかもしれない。


「息を、して」


 囁きながら、彼の指が外れて。

 

 そして、唇が重なった。

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― 新着の感想 ―
[一言] こ、これは……! 人工呼吸に見せかけたちゅーなのか、ちゅーに見せかけた人工呼吸なのか…… 何にしても、朝からデザートゴチです、ありがとうございます。 これで今日も元気に仕事いけます〜。
[良い点] あまーい!! もっとあまくなぁーれ!! [一言] そろそろ甘々をお願いします!! でないと、休暇が終わっちゃうよー!!(泣)
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