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その後の話3【6】本の森でかくれんぼ

 あー。

 あー…………………………。

 あ~~~~~……………………!!


 やっっっっ、てしまった……。

 やっっっってしまった、な…………?


 わたし、フィニスは、麗しい夏の離宮にいる。

 麗しい夏の離宮の、この世の英知が詰まった図書室の床に転がっている。


 床。

 なんで、床。


 他人がいたらそう言うに違いない。

 何せわたしはこの大陸最大の大帝国の皇帝であり……まあ、そんなことはいいんだ。

 わたしは今、この床のほこりだから。

 ふっ、って吹いたら飛ぶから。

 で、消えるから。

 消え……。


 消えられたらなーーーーーーーー?

 楽なんだがなーーーーーーーーー!?


 残念ながら、わたしは消えない。消えられない。

 だから、床の上で微動だにせず考えた。

 昨晩のわたしの言動について。

 なぜわたしは軽々しく宴席を立ち、セレーナを追ってしまったのか。

 理由は簡単。わたしはセレーナを守りたかった。

 

 ……何から?

 危険から?


 違う。


 ザクトからだ。

 あの、立派に黒狼騎士団長として成長した、ザクトから。

 で? なんだ? ザクトから誰をどう守るって?

 彼は立派だった。

 いや、ちょっと言動は軽々しいけど、基本、立派ではあった。

 特に見た目。あの野性的な感じ。あれな。

 自分がご婦人だったら、うっかり胸キュンしちゃう感じだったよな。


 だからと言ってだ。

 必死になりすぎじゃないか……? 自分。


 なぜ、わたしはザクトを信じられなかった。

 あれはいいかげんに見えて、とてつもなく真っ当な男だ。

 真っ当だからこそ、死を見据えながらも自分についてきた男だ。

 なのにどうして? どうしてセレーナに気があるのかも! とか思っちゃった!?

 

 は~~~~、かっこわる!!!!!

 わたし、かっこわる!!!!

 セレーナはあんなにわたしだけを見てくれているのに。

 毎日飽きずに萌え盛ってくれているのに。


 ――セレーナ。

 そう、セレーナ。


 休暇中のセレーナ……めっちゃかわなのだが!!!!!?????

 いや、元々かわいいんだが、かわいいんだが、なんかふわふわしてるんだよな……。

 ドレスのせいか?

 確かに矯正下着とか要らないからなって、念は押したけど!

 休暇用の白いふわっとしたドレス、思いのほか無防備では!?

 大丈夫か!?

 そのへんの木々ですら、彼女に惚れるのでは!?

 彼女が踏んだ石は、残らず美青年に変化して彼女に求婚するのでは!?


 するだろう、それくらいは!!!!!


 待て、落ち着け。落ち着けないが、落ち着け。


 わたしはむくりと起き上がった。

 さすがに、いつまでも床に倒れているわけにはいかない。

 セレーナには『しばし帝王学について学びたい。君はザクトと朝のピクニックをしてきてくれると助かる』とか適当なことを言ったが、いつ戻ってくるかもわからない。


『わかりました。途中でフィニスさまに、美味しそうなお肉取ってきますね』


 って答えてたし。

 っていうか、ピクニックは狩りではないんだ、セレーナ。

 かわいい。ほっとくと肉狩っちゃうセレーナ、めちゃかわ。

 かわいすぎて、花と宝石で飾って祭壇に座らせたい。

 その前で毎日礼拝したい。

 祀りたい。

 祀り立てたい……!!!


 ……完全に邪教だ。やばい。

 邪教にはまったら死刑だし、そもそも皇后を祭壇に座らせていたら、その、なんだ。

 色々と、あれとか、その、えーーーーーー……色々が!!

 はかどらないというか!!!!!

 はかどってどうすんだというか!!!!


 とにかく、あのふわふわにどのタイミングでどう触っていいのかわからん!!!!


「ふー…………」


 わたしは深い深いため息を吐き、眉間の皺をもむ。

 考えすぎだ。わかっているがどうにもならない。

 こういうときは、他のところで頭を使うに限る。


 わたしは本棚の間から垂れる紐を引いた。

 からんころん、と離宮に鐘の音が響き渡る。

 これで使用人が来るはずだ。

 来たら、烏を頼もう。

 トラバントに烏を飛ばして、仕事を持ってきてもらう。


 しばらくここにこもって仕事にふけったら、邪念も消えるのではないだろうか。

 ……消していいのかは、ともかくとして。



■□■


 

「さみしい」


「さみしいですか……」


「さみしいよぉ……今なら部屋の隅で膝抱えてトラバントが編纂してる辞書全部読破できるくらいさみしいよお!!」


「重症だな、それ。大体死んでるじゃないですか!!」


 ザクトが叫ぶ。

 私、セレーナは敷物の上に転がったまま、こくこくとうなずいた。

 

 空は晴れ。

 湖の畔には緑が生い茂り、木漏れ日が気持ちいい。

 ザクトと騎士たちと一緒に獲ったお魚は、たき火で焼いて美味しい昼ご飯になった。

 ピクニックは楽しい……たの……楽しいけどさあ!!


 フィニスさまが!!

 いないんですよ!!!!!!!!!


「フィニスさまがいないとダメだよぉ~~ダメになるよぉ!! 全然貴婦人らしくできないよお!! フィニスさま、昨晩はしゅんとしててほとんど寝てないし、今日もめっちゃ耳がぺたんこになってたし、起きたら慰める間もなく図書室にこもって人払いしちゃうし!! こんなの、ダメになるしかないでしょ!!」


 私は敷物を掴んでむせび泣く。

 ザクトはそんな私を見下ろし、困ったように頭を掻いた。


「そうなんですよね。狩ったものの差し入れも拒否されちゃったし。……困ったなあ」


 そして、不意に立ち上がるザクト。


「よし。俺、セレーナさまのためにもうひと狩り、してきます」


「ええええええ……それもさみしいよ、一人にされたら本当に辞書読むよ!?」


 私は呪うように訴えた。

 うう、子どもっぽいなあ。

 わかってる。わかってはいるんだけど!!

 そうしたいくらい、さみしいんだよぉ。


 すると、ザクトはきれいに片膝をついた。


「セレーナさま。辞書は読んでも死にませんけど、さみしいと人は死にます」


「名言……」


「ってことで、俺、今から図書室に突入して、フィニスさまを担ぎ出してきますよ。俺は死刑になるかもしれないけど、まっ、死ぬだけですから。気にしないでください」


 てへっ、って感じでザクトが言う。

 いや、死ぬだけって!!

 私は飛び起きた。


「ダメ!!!!! ザクトは、私のために生きるって言ったでしょ!!」


「言いましたけど……。あの調子だと、なかなか出てきませんよ? フィニスさま」


 ザクトはまた困り顔になって、私の隣に座った。

 私ものろのろと起きて膝を抱える。


「そうなんだよねえ。もっと正直に色々言って欲しいけど、フィニスさま、無口でさ」


「わかります。脳内では百倍くらい喋ってそうですよね、あの人」


「わ、わ、わかるーーーー!! でも、フィニスさまの場合、百の言葉よりひと睨みのほうが威力あるから……」


「そうそうそうそう、本人も、自分が迫力美形だから黙ってんの。あえて。わかる!!」


「そうだよねえ!! うううううう、もどかしいよぉ、でも、だけど、あの目で殺されたいよぉ!!!」


「そーーーーなんだよなーーーーがっつり見つめられて命令されてぇ~~~~!!!」


「ザクトーーーーーーーーー!!!!」


「俺の心の花…………!!!!」


 見つめ合い、しっかり手を握り合う私たち。

 うん、やっぱり、ザクトはザクト。

 こうしてるのが、しっくりくるわ。


 ……それはそうと、フィニスだよ。

 あの、明らかにガン落ち込みしたフィニスを、放っておきたくはない。

 だけど、無理矢理踏みこみたくもない。


 これ、わがままなのかなあ。

 どうしたら、いいのかな。

 こんなとき、トラバントがいたらなあ。

 トラバントなら、どうにかしてフィニスを引きずり出すだろうに。


 そんなことを考えながら、私は無意識にザクトの手をにぎにぎしていた。


「…………あ」


 急に気づいて、私はザクトの手を放す。

 ザクトはきょとんとしている。


「はい?」


「え? あ、いや。……うん。ちょっと、はしたなかったかな、って」


 私は笑う。笑うけど、裏では結構焦っていた。

 何やってんだろ、私。何甘えてるんだろ。

 しかも、フィニス以外のひとに。


「あ、なるほど。失礼しました」


 ザクトはすぐにかしこまってくれた。

 私はほっとして、自分の手を見下ろす。

 私の、手。

 見慣れた、手。

 見下ろしながら、私はフィニスを思い出している。

 フィニスの手は、フィニスの言葉よりは、だいぶ雄弁で。

 どんなときでも、私がそっと握れば握り返してくれた。

 指が長くて、意外と暖かくて。

 私の手を包むように、守るように、熱をくれて。

 いつでも、大丈夫だ、と、力づけてくれるみたいで。

 たまに……私に、すがるようでも、あって。


 …………すぐ。

 今すぐ。今すぐ、あの手に、触れたいと思った。

 他のひとじゃダメだ。

 さみしいままだ。

 あなたに触れたい。触れさせてよ。

 すぐそばに、いるのに。


「フィニス……」


 ぽつり、言葉にする。


 そのとき。


「も………………もどかしっ………………!!」


「ん? 誰だ」


 うめくような声に反応し、ザクトが振り向く。

 視線の先には、森。

 そして、数人の使用人の姿があった。


 あの誰かが言ったのかな?

 うわ、はずかし!!


 私は真っ赤になって、立ち上がる。


「どちらへ行かれますか?」


 ザクトもつられて立ち上がる。

 私は、深く息を吐いて、吸った。

 両の拳を作り、高らかに宣言する。


「私、離宮に帰ります!! どうにかして、フィニスを引っ張り出してみせる!!」


 ザクトはパッと明るい顔になり、パチパチと拍手をしてくれた。

 意を決した私はすぐさま歩き出す。使用人たちが集まってきて、ピクニックの用意を片付ける。


 そのとき。


「……ご助力いたします」


 誰かが、そっと耳元で囁いたのだった。

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