回想6
握りこぶしを作っているカストルをむりやり居間に連れてきて椅子に座らせる。カストルは暖炉で火を炊いていて暖かい室内で肉が悪くなっていくことを気にしてそわそわしているがもうそれどころじゃない。
「あのな、大陸に行くってお前、本気なのか?」
「え?うん、そりゃもちろん。……君が大陸に戻るのに合わせて行くつもりだったんだよ。」
「う、まあ確かに俺はこうして回復した以上すぐにでも戻りたい気持ちでいっぱいだが!」
「だよね。君の大陸での冒険の話をまるっと信じるなら、だけど、君は大陸の勇者だ。負けたままじゃ格好がつかない。それを抜きにしたって仲間たちのことを心配している。」
鋭い。トリアは俺や俺の仲間たちを死なせるわけには行かないと言った。だからなんとか彼らが死なないように立ち回ってくれるはずだ。それでも全て上手くいくとは思えない、というのは気がかりである。
もちろん俺が一刻も早く大陸に戻りたいのはそれだけが理由ではない。魔王の娘トリアの言動もその一因である。彼女は恐らく傷を負った俺が誰にも害されず最速で傷を治すためにナヴィガトリアへの亡命を幇助した。幇助どころか主導してさえいる。
そのトリアの目的は「世界を滅ぼしかねない魔王の企みを阻止すること」だ。そして歴代最強の魔王は神によって選ばれた存在でもなければ止められない。だからこその「勇者とその仲間を殺される訳には行かない」という言葉に繋がる訳だが……彼女がその全容を知らぬにも関わらず恐れる魔王の企みとは何だ?情報が足りない。これについても早急に情報を集めたい。……だが。
「……そもそも、どうやって大陸へ渡るんだ?」
「え?」
「俺がここへ来たのは空を飛べる魔族に連れてこられたからだ。彼女はもうとっくに大陸に戻っている。かといって海路は使えない。」
今現在俺に立ちはだかっている問題はそれだ。魔物がいる海程度ならまあ何とか踏破できるが、氷山や流氷を回避しながらというのはちょっと無理がある。だいたい国家としてはごく小規模な人数で回されているナヴィガトリアに余分に余っている船があるとは思えない。
空路もだめだ。先にも言ったように、古くから空は神とその系譜にのみ開かれた場所である。例えば鳥は伝書と旅の神の眷属であるとされている。ごく一部の魔物は翼を持っていて空を飛ぶが、それは神を恐れ敬う心を持たないからだそうだ。あるいは一部の魔族も空を飛ぶが、それは余程魔術の才に恵まれたかあるいは魔物のように生まれつき翼を持っているかのどちらかで、そう数はいない。確か魔王ベテルギウス2世は空を飛ばなかった。翼もなかったし、恐ろしいほどの跳躍力は見せたが滞空した訳では無い。強いとか弱いとかそういうことは「空を飛べる」ことに関係がないのだ。
「うん。もちろん海路で大陸に行くことはできないよ。だからこそ君はここを出て大陸に帰るつもりならおれを連れて行く他は……ううん、俺に連れていかれる他はないんだ。」
「なんでだよ。」
「あのね、ちょっと考えても見てくれよ。こんな年中吹雪いてるようなところで作物が育つと思うかい?あるいは動物が畜産できるとでも?もっといえば家を建てたり暖炉の薪にするための木もだけど、自給自足するのはちょっと無理があるって思わない?」
は、と頭に雷が落ちたような感覚がした。そういえば、毎日のスープには牛の乳や香辛料やちょっと古くなったような野菜の端切れが一緒くたに煮込まれていた。どれもこの寒さでは簡単には手に入らないものだろう。しかしどうだろう、カストルの口ぶりではそれらは店で手に入って、そして店には定期的な入荷がある、という感じではなかったか。
「い……言われてみれば、たしかに。」
「君は人に関することはよく見てるけど、食べ物に関してはびっくりするほど無関心だね。俺のことをとやかく言えないと思うな。」
「こ、ここぞとばかりにちくちく刺すなお前。性格が悪いぞ。……でも待て、それじゃあこういうのってどこかから輸入してるってことにならないか?」
「そういうことだね。どこかからっていうか、ヘリオス大陸から直輸入だよ。」
待て待て待て。……ん?ヘリオスから直輸入?大陸とこっちじゃ行き来する手段なんてないよな?ヘリオスの人間は皆ここに今だに国が存在しているなんて思っちゃいない。神話の時代にはあそこには国があったらしいよ、行きようがないから確認できないんだけど、というくらい認識でいる。なのに、大陸から生活必需品を取り寄せている、とはどういうことなんだ?
「あっちからこっちに来た人はそういない、とは言ったけど、こっちからあっちに行けないなんて言ってないでしょ。厳密には大陸人には使えない通行手段がこっちにはあって、おれたちにとっては大陸とこっちを行き来するのはそう難しいことじゃないんだ。君たちはこっちに来られないから勝手にこっちからもあっちに行けないって思いこんでるだけというか……ううん、盲点だったな。大陸の人たちはおれたちのことを全然認識していなかったんだね。」
「じゃあ俺たちが気づいてなかっただけで大陸とナヴィガトリアには既に国交……と言えるかは分からないが、とにかく関係があったってことか……えっと、海路は使えないって言ったよな。ナヴィガトリアには空を飛ぶ手段があるってことか?」
「そう。ていうかちょっと考えればわかると思うよ。」
「……羽が生えてるようには見えないし、特別な魔法が使えるって訳じゃないんだよな。」
「そんなに難しく考えなくても……単にその辺にいるドラゴンをふんじばって躾けて、その子に乗って行くだけさ。おれたちは2ヶ月に1回その手段で大陸に行って戻ってくるんだ。こっちで取れたドラゴンの鱗とか骨とかを大陸で換金して、そのお金で色々と賄ってるって感じかな。大陸では竜種は総じて希少だから高く売れるんだよね。」
それは全然「ちょっと考えればわかる」移動方法じゃないが……。ドラゴンをふんじばって、辺りからもう普通の発想じゃない。ドラゴンは魔物なんかとは一線を画す幻想種、しかもその頂点だ。そんじょそこらの農民なんかじゃぷちっと踏み潰されるだけだろう。
「……一応聞くけど、ナヴィガトリアだと成人の平均レベルはどれくらいなんだ。」
「え?さあ、でも成人なら17歳だから、そのくらいだったら50越えるか越えないかってところじゃないかなあ。」
「……ちなみにカストルは?」
「この間92になったところだよ。」
「……」
もうこいつ引き止める意味無い気がしてきたな。大陸に連れて行っても死なないどころか即戦力になる気がする。……でもなー!こいつこれでも一般人だしなー……しかも魔王を倒すために俺に着いてくるんじゃなくて目的はあくまで魔王の娘に求婚することなんだもんなー!俺にこんな相談をもちかけているのもトリアに会うための踏み台くらいに考えてそうだしなあこいつ……!
「……いや、でもなあ、要は2ヶ月に1回大陸に向かう便があるってことだろ?別にお前に連れていってもらう必要は無いだろ。」
「残念。つい一昨日仕入れ班が大陸に向かった所なんだよね。竜種関連品は鑑定に時間がかかることもあってなかなか換金できないし、皆の希望の品を全部購入するために大陸内を移動する時間も考慮に入れたら戻ってくるにはどれだけ早くても2週間はかかる。国所有の、人を乗せても暴れないくらい躾られたドラゴンは今一頭もいないよ。」
「うぐぐ……!」
「その点、実はおれは個人でドラゴンを飼ってる。これはおれが国で1番強いから特別に許可されていることなんだけどね。吹雪いてなければすぐにでも出発できるよ。」
「うぐぐぐぐ!」
……そして俺はこの押し問答に負けた。俺はカストルに大陸に連れていってもらうことになり、カストルはトリアに再び見え求婚するために俺の旅にくっついてくることになったのである。回想終わり。