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異世界のアルトゥール  作者: 不破
序章・勇者と神の国
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回想5

3日後のことである。俺はすっかり回復していた。傷跡はほとんど残っていないし、使い切った魔力もフル充填済みで、ピンピンしている。3日もベッドの住人だったので、いささか体が鈍った感じは否めないし、魔力が回復してもここでは魔法が使えないので全く意味が無いのだが。魔と名のつくものはここには入れない、あるいは意味をなさないのである。だからナヴィガトリアの民は皆魔法が使えないのだと言う。神の国の住人なのに、だ。これはかなりのカルチャーショックだった。


……ちなみに、ベッドでじーっと天井を見つめているとすぐ側でカストルがしつこく「彼女は今何をしているんだろう」「彼女の名前はなんというんだろう、きっと可憐な響きだろうな……」とかなんとか宣うので、俺はもう罵倒するのもしんどくなってしまってあいつの名前はトリアというのだと教えてやった。ベッドの住人になって2日目の朝目覚めると、ベッドの横に立てかけてあったドラゴンのスケッチがいつの間にかトリアの似顔絵になっていたことはもう忘れてしまいたい。


とはいえカストルはあれで意外と親切な、というかほとんど馬鹿のようなお人好しで、自分は居間の絨毯の上で眠るからとこの家にひとつしかないベッドを貸してくれていた。なにか困ったことがあれば大抵隣の居間にいるから呼んでくれとも言ってくれたし、具があまり入っていなくてびっくりするほど濃いめの味付けのスープや日持ちさせるためか水気がなくて硬いパンなんかを3食出してくれたこともあって、俺は想定より早く回復したと言える。……こんな言い方をしていると勘違いされそうだが、食について文句がある訳では無い。そもそも残飯を漁って食いつないでいたこともある俺である。とにかく大陸とは食文化が違いすぎる、というだけの事だ。


「質素な食事でごめんね。本当はお肉とか入れようと思ってたんだけど、狩るのをわすれてて。」

「…何を?」

「え?ドラゴンを。」

「……」


こいつドラゴンを食うのかとかドラゴンを狩れるのかとかだいたいドラゴン愛はどうしたんだとか色々言いたいことはあるのだが、俺はぐっと飲み込んだ。変態の考えることに思考を割くだけ無駄というものである。それにどうやらドラゴン食はこの辺りでは当然の食文化らしかった。


というのも、カストルが謎の男を拾ってきたという噂をどこからか聞きつけて俺を見にやってきた娘たちが、お土産にとドラゴンの肉を持ってきたからである。


(ふーん、カストルが触れ回ったわけでもないのに噂の出回りが嫌に早い、というかこの『みんな知ってるよ』って雰囲気からしてナヴィガトリアにはそんなに人が住んでるわけじゃないな。カストルの話じゃ神話時代の名残で国って形を取ってるらしいが……規模は村か、良くて町程度ってとこか。)


この部屋の窓から見える範囲ではぽつぽつ家が建っているのがわかるが、それでもどの程度人が住んでいるかは実際に見ないと分からない。外は大抵吹雪いていて、大人数が外を長時間出歩くことはまず無いからだ。……というかこの辺りにこんなに若い娘が住んでいたこと自体今初めて知ったが。6、7……9人か……一人暮らしの居間にこれだけ人が集まると壮観だな。あと狭い。


俺を見にという口実で押しかけたものの、完全に彼女達の関心はカストルにあった。まあ中身がアレでも見た目がコレだからな。オルフェウスも「歴史上には顔と体で無罪を勝ち取った美人がいて、僕は心底そういう存在になりたいと思った」ってことある事に言ってたし。職を失った経緯となにか関係があるような気がしているのだが、怖くて真意は聞けていない。


「ドラゴン肉だ。……この子、すごく大きかったんじゃない?どうやって狩ったの?」


肉を包んだ紙を手にぱちくりと目を瞬かせてカストルが問いかけると、我先にと娘たちが答える。ところどころかぶさって聴こえにくいそれを纏めると、集落からちょっと離れたところで白い山のようなドラゴンが死んでいたらしい。脇腹が異様に凹んでいて、もしかして病気で死んだんじゃないかと思われていたのだが、調べてみても何も異常がなかったのでこうして皆で分け合うことになったのだと言う。


「へえ、あのまま死んじゃったのか……まああの巨体だと一度倒れると起き上がれないだろうし、どこかの骨が自重で砕けてたのかもなあ。」

「え、なんですって?」

「ううん、そろそろ肉を取りに行かなきゃと思ってたから助かったよ。ありがとう。」


若い娘たちは頬を赤らめカストルを見上げたが、カストルの興味はは既に肉をどう調理するかということにうつっていたので、彼女たちはあからさまに落胆した。ひとりの娘がいつもこうなんだから、と零しているのを聞いてやっぱりなと思ったのは内緒である。


さて、娘たちが名残惜しげに、と言うよりもいっそ引き止めてもらいたがっている様子でのろのろと帰ったあとである。


「君の快気祝いにぱーっとステーキにしちゃおうか。」

「おいおい、ステーキって……その量だとすぐ使い切っちまうだろ。お前これから何食ってく気だよ……この3日間の食生活、言いたくはないがあんまり健康にいいとは言えなかったぜ。」

「えっ、ごめんね。もう食糧が底を着きかけてて……この時期はどこのお店も品薄でね。あとひと月もすれば色々入荷すると思うんだけど。」

「余計にこの肉が生命線じゃねえか。俺は別に多少食わなくても雨風防げりゃ生きていけるんだし、あんまり気にすんなよ……」

「いいんだよ。おれもうここを出ていくつもりだし。」

「はっ!?」


カストルは居間に併設された台所に置いた肉を見つめながら言った。冗談を言っているという感じではないが、特別異常なことを言ったという感じでもない。なんでもないことみたいな顔をしている。


「えっ、ここを出……え、どういうことだ……?」

「決まってるじゃないか!」

「でっ、デジャヴ!まっ、やめてくれ、嫌な予感がする、やめてくれ、言うな。」

「おれは大陸にいく───彼女に、トリアちゃんに求婚するために!」

「言うなって言ったのに!」

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