回想4
まじでか、とげっそりしてベッドに倒れ込む俺とは反対に、カストルは輝かんばかりの笑顔で自分の隣のイーゼルを愛おしげに抱き寄せている。普通に気持ち悪いなこいつ。その溶けたみたいな表情、顔がこれじゃなかったら許されてないぞ。
「……あのな、彼女、どう見ても人間じゃなかっただろ?やめといた方がいいって!」
「何言ってるんだ、それがいいんじゃないか!」
「はあ?」
……カストルがいやに饒舌に熱弁を振るうには、こういうことだ。曰く、彼は強そうなものに心惹かれるのである。彼の知る中で最も「強そうなもの」、それすなわちドラゴン。神が去りしこの世界で最も神に近いとされる神代の名残、幻想種の頂点である。それ強そうって言うか強いんだよこのバカ、と思わないでもない。
「今まで女性にときめいたことがないんだ……顔の美醜というものはわかる。美しいものに心惹かれる気持ちも。でもそれ以上に、強そうなものの方が素晴らしく思われるんだ。美の女神フレヤよりは戦乙女ヴァルキリエの方が好みだね。」
「ええと、つまり、顔より筋肉ってことか……?」
「筋肉はいいよね。この辺は寒いから筋肉よりは脂肪を蓄えた人が多いんだけど。あ、フレヤは巨乳って話だけど、彼女もやっぱり寒さには勝てなかったってことなのかな。」
フレヤもヴァルキリエも大陸じゃ聞いたことの無い名前だが、多分大陸で言うウェリアヌスとパラス=アンテアみたいなもんだろうか。「ウェリアヌスは巨乳らしいぜ!わざわざ胸に脂肪をつけるなんて、寒がりなのかもな……」なんて大陸で口にした日には信徒からぶっ殺されるぞ。
「君を連れてきたあの素敵な彼女を見たかい?あのなんでも握りしめて破壊しそうな腕!踏みしめた大地を割らんばかりの逞しい脚!翼も子竜よりずっと大きくて、彼女の躰を包み込んでもまだ余るくらいだったね。なんと言ってもあの眼!見つめられたら心臓が止まってしまいそうだったよ。極めつけはあの立派な角さ。成竜でもあれほど立派な角を持っているのはそういないよ。」
「女性の褒め言葉として言葉選びが最悪すぎるな。」
「俺はひと目ですっかりときめいてしまった。あの瞳でひと睨みされた途端、心臓が皮膚の下で暴れ回るのが手に取るようにわかったよ。背中から緊張のあまり汗が滲むほどだった。彼女の一挙一投足すら見逃すまいと瞳孔が開ききったのを実感したとも。」
それ命の危機を感じてるだけだ……とは言っても聞きいれそうになかった。まあ、恋のあり方は人それぞれだからな……。ともあれその辺の雌ドラゴンの尻を追っかけてるくらいなら俺も気にしないが、あれは相手が悪い。なんせ父親が魔王である。手を出すリスクが大きすぎるのだ。もちろんカストルが恋破れようが死のうが極論俺の知ったことでは無いのだが、一応これでも命の恩人なので死なれても寝覚めが悪い。
「いいか、カストル。悪いことは言わねえ、あの女はやめておけ。」
「どうしてだい?……あっ、もしかして、君の彼女だった……?」
「馬鹿言え!だいたい、俺はあいつにあの高さから投げ落とされてここに来たんだぞ!」
それを聞いたカストルはますます相好を崩す。おれの見立て通り力強い女性なんだね、とかなんとか。め、めんどくせえ。白馬の王子サマを信じきってるイルザよりめんどくさい恋愛脳がこの世にいたとは。
「いいか、あいつは魔王の後継……ニュクス帝国の王の娘だ!ニュクスの名前は知らなくても俺の言いたいことくらい伝わるよな!?伝わっててくれ、頼む!」
「君、あんまり叫ばない方がいいんじゃないか……?せっかく塞がっている傷が開いてしまうよ。」
「んがーっっ!!」
俺だって叫びたくて叫んでいるわけじゃない!仲間たちは心配だし、早く傷を治さきゃならないのに、お前が不思議ちゃんすぎるんだよ!もはや相手の素性を警戒して自分の情報を出し惜しみしている場合ではない。人ひとりの命が懸かってるのだ!俺は頭の血管がブチブチ切れるような心地を味わいながら今までの俺の冒険を手短に語って聞かせた。かくかくしかじか。
「なるほど……彼女は魔族の姫なんだね。」
「そう、そういうこと!ようやくわかってくれたか!」
「じゃあ彼女をお嫁さんに貰う、ということは、残念ながら難しいと言わざるを得ないな。ナヴィガトリアには魔と名のつくものは入れないから……」
「そうそう、だからな?」
「つまり、俺が婿に行くしかない、そう言いたいんだろう?」
「……」
俺は後ろ向きにぶっ倒れた。だめだ、こいつなーんも俺の話を聞いちゃいねえ。なんで俺はこういうヤツらにしか出会えないんだろう。思い返すと切なくなって、ちょっとだけ俺は泣いた。