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異世界のアルトゥール  作者: 不破
序章・勇者と神の国
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回想2

「え、あれ、なんだこれ……!?」


相当の高度を飛んでいるのだろう、息が苦しい。胸元がビリビリと痛み、また装備が吹き飛んでしまったせいか妙にすーすーと肌寒い。


……そうだ、俺は胸を切られたはずだ!咄嗟に右手で胸元をまさぐるが、血は止まっているようだった。触れると焼けただれたような熱さにも似た痛みが走るが、それだけだ。この程度なら時間はかかるが勇者として鍛え上げた自動回復スキルで治る。ほっとしていると上から声がかけられた。


「生憎治療には明るくないの。とりあえず傷口を焼いたわ。……あなた、シュブ並の生命力ね。」


抑揚のない女の声である。俺はそこで、誰かに横抱きにされた状態で飛んでいることに気づいた。黒々とした髪に黒い立派な角、それから冷えた宝石のような金色の眼。真っ黒な仕立てのいいドレスと金色の装飾具の数々からは、さぞ身分の高い女性なのだろうということが、教養のない俺にも窺えた。見た目は俺と同じか少し年下くらいに見える。


「そういえば人間の国にはシュブはいないのだったかしら。シュブというのはね、おとなの拳大の、粘液を纏った黒い生き物なの。殺しても湧いてくるのよ。1匹見たらどこかに数百匹はいるの。」

「いや……シュブ、とやらはどうでもいいんだが、おまえは……というか、ここはどこなんだ……?」


少女はぱちくりと目を瞬かせた。不思議そうな顔だ。


「私はトリア。ニュクス帝国の帝位継承権第1位、トリア・モルタ=ニュクス。そしてここは……多分、ニヴル海の上。」

「に……ニヴル……!?」


少女の身分も中々だが、現在地も凄まじい。ニヴルといえばヘリオスの北側の海だ。ヘリオス近海は比較的暖かいのだが、もっと離れると異様に冷たい海域に移る。それがニヴル海域なのだが、話によれば端の方でも流氷が流れていてとても越えられない。もし流氷域を越えられても氷山や氷の塊に阻まれて、とにかく海路ではニヴルを渡ることは出来ないと言われている。一部の羽を持つ魔物や空を飛ぶ才に恵まれた一部魔族ならともかく、人間ではちょっと踏破できない。「空」という領域はかつてより神とその系譜にのみ開かれている。だいたいニヴルの向こうには人の住めるような環境がないから渡る必要が無いと殆ど無視されている領域だ。


「ど、どうりで寒いと……ていうかお前、一体どういうつもりで……!」

「あなたを死なせる訳には行かないの。あなたの仲間たちもね。皆逃がしてしまうのは難しいけれど……でもせめてあなただけでも、父にも手を出せない場所に隠しておく必要があるわ。」


父、と言うと、現帝王ベテルギウス2世のことだろう。彼の娘であり、立場上俺たちとは対立しているはずのトリアがどうして俺を庇うのか。ううむ、好意、だろうか。もしそうならイルザが好んで読むロマンス小説のような展開だが。


「あの男は人間を滅ぼすつもりは無いわ。でももっと大きなことを企んでいる。それが成されれば結果として全ては滅ぶでしょう。それを止められるとしたら勇者だけ。世界に……神に選ばれたただひとりのあなた。」


トリアは冷たい目で遠くをみている。まあ、現実問題そうそうロマンス小説のような展開は起こらない。ただ、それならそれでますます謎ばかりだ。俺の仲間が裏切ったと思えば、俺の敵が俺を助けている。ふとトリアが見えてきたわ、と呟いた。何が、と下を見る。白く烟る視界には、うっすらと大きな山のような白い塊が見えた。白い塊の下にもさらに白い大地があり、雪だか氷だかが敷きつめられているようだ。


「あれ、は……」

「名前くらいは聞いたことがあるでしょう。あれは神秘のナヴィガトリア。神の息吹根付く国。……私たち魔族が立ち入ることの出来ない唯一の場所よ。」

「……ナヴィガトリア、って言うと、魔に属するものは入れない神の土地とかいう……あ、いや待て、おまえそれじゃあどうやって俺をあそこに届ける気で……」


そこで突然トリアは急停止した。横抱きにしていた俺を持ち上げる。


「歯を食いしばりなさい。せめて舌を切らぬように。」

「ん……ん!?待て待て待て、おまえ、まさか!」

「せー、の!」


ごうっ、と凄まじい音がした。当然だ。魔族の膂力で投げ飛ばされているのである!勇者として鍛え上げた耐久値は山に激突したくらいでは大したダメージにもならないだろうが、環境が悪すぎた。空気は冷たいし、風圧は強いし、その上粘膜という粘膜が凍るようなこの心地。よしんば俺が無傷で着陸できたとしても、助けてくれる者が誰もないこの最果ての大地で慣れない寒さにまごついているうちに凍死する!


(死んだ、絶対に死んだ!)


そうして俺は、輝くばかりに真っ白な氷の大地に受身をとる間もなく突っ込んだ。冷たい、頭が割れるように痛む。手足の動きも痺れたように鈍く、俺は白目を向いて気絶した。


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