導入
「アルティ、そろそろ出発だな!」
一面氷の世界で、1人の美丈夫が太陽より眩しく笑っている。プラチナのような髪と夜明けのような淡い紫の瞳をした男だ。大陸にはあまりない色彩である。それに、まだ陽の昇らないような薄暗さの中でもきらきら輝くばかりの風貌と笑顔だ。俺は彼に向かってあんまりはしゃぐなよと声をかけた。
ここは極北の国ナヴィガトリア。地図の端っこにある殆ど凍った国だ。俺たちは今日、この極北から大陸ヘリオスへと向かう。俺は故郷へ戻るために、そしてこの美丈夫は運命の女性に求婚するために、である。
思えば遠いところに来たものだ。ヘリオスは世界一大きな大陸で、3つの大国といくつかの小国からなる。俺は中でも大国のひとつヘメラの出身であり、本来ならナヴィガトリアとはなんの関わりもない人間だった。
ナヴィガトリアはヘリオスのどの国とも国交がなく、そもそも人が住んでいるという話すらあまり信じられてはいなかったのである。伝説の国、古き神話の名残を残す氷の大地、神秘のナヴィガトリア。人の身では誰も生きては渡れないとされる場所に、俺は立っていた。
(そもそも、なんでこんなことになったんだったか……。)
自然と目線が遠くにむく。見えるものといえば白い大地と暗い空、注視するべきところがあまりない風景だが……とにかく、俺の意識がまだナヴィガトリアへ訪れる前へとトリップする。そう、そもそもの事の起こりは1週間前……いや、もっと遡って、あれは数年前の事だった。