7.上層に行こう
前回のあらすじ 泥魔法の能力に引いた。
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はい、上層到着。
浅層と特に雰囲気は変わらず、若干空気が冷たくなったかなとかその程度の違いしかないので、新しい層に来たなという感じはしない。
この上層の魔物についても大方予習済で内容を信用するなら空を飛ぶ魔物は現れない。 それはこの更に下の中層でも同様。
つまり、理屈で言うと中層まで泥魔法の敵はいないという事になるんだよね。
ただ下層以降の魔物の情報はほとんどない。 そこまで到達できる冒険者が全くと言っていい程いない為。 今は年1回、アメストリア王国による大規模な調査が中層まで行われているけど、それほどの大人数でも下層突破は不可能というのが専門家の見立てらしい。
専門家って誰。
とはいえ下層どころか中層のような危ない所に行くつもりは今のところない。
服さえ手に入ればそれでいいのだから。
「まずは住居作りかな」
私が浅層に作った住居と上層へ続く階段は徒歩で1時間以上と結構離れている。 そんな住居に毎日戻るのは大変なので、この層にも住居を作ってしまおうと思っていた。
浅層と同様にできるだけ人の目に触れないような奥ばった地形を探す。 探している最中、バッタのように後ろ足がくの字に曲がった魔物と遭遇した。 この魔物はある一定の距離まで近寄ると常にジャンプで跳ね回り、攻撃の的を絞らせないようにする特性を持つと習った。
つまり、迂闊に近寄ると泥魔法を当てるのに手間がかかるけど、近付きさえしなければ特に問題にならず簡単に沈める事ができるって事だよね。
理屈通り遠距離から泥魔法を使ってバッタ型魔物を沈めた。 ドロップ品は魔物の足だったけど荷物になるのでそのまま放置した。
適当な脇道を進み、道が分かれたら迷わず右に進む。 右の意味は特にない。
「あ」
脇道を進んでいった私はまさかの光景に出くわした。 前回の木箱とは違った綺麗な赤色を基調とした宝箱がそこにはあった。
……どういう事? 上層の階段からもそこまで離れていないのにこんな所に放置されているなんて。 ……まさか、罠?
講習じゃ宝箱に罠が仕掛けてあるなんて話は聞いていない。 だけど講義自体基礎的な知識しか教えてないのだとしたら私がまだ知らないだけという可能性も十分に考えられる。
うわぁ。 罠の可能性を思い浮かべると宝箱の赤色が何となく毒々しく見えてきた。
一瞬、見て見ぬフリも考えたけど、私の予想が的外れであの中に衣服が入っている可能性もゼロじゃない上、これから全ての宝箱をスルーしてたらいつまで建っても衣服なんて手に入らない。 私は意を決して宝箱と対峙する覚悟を決めた。
んー。 今回に限り泥魔法は使い物にならないんだよね。 沈めてしまっても何の意味もないから。
とりあえず、最低限の魔力を使って微量の泥を手先から出す。 そして私が隠れれるだけの土壁を作って万が一の為の防御壁を作る。 水弾を使いたいけど、土魔法を使った直後は水魔法が使えないのでもう一度泥魔法を使い、宝箱に勢いよく水弾をぶつけてみる。
思った以上の威力が出てしまい、宝箱が派手に吹っ飛び、回転しながら空中で蓋が開く。 次の瞬間信じられない光景が私の視界に映る。 まるでどこかの猫型ロボットのポケットのように中からどんどんと武具が飛び出てくる。 その量は明らかに宝箱の体積を超えるいる。
空中から飛び出した武具は他の武具とぶつかり合って、派手な音を響かせながら地面に転がる。 そうして山積みになった武具の一番上でひっくり返っていた宝箱が前回の木箱と同様にふっと消えた。
「……どうしろと」
私の身長よりも高く積みあがった武具の山を見て、ただただ唖然とするしかなかった。
▽
「これで全部、と」
パンパンと二回手を叩き、積みあがった武具を全て片付けた合図をする。 別に誰に対してという訳じゃないけど、片付けが終わった後は二回手を叩かないと気が済まない。 多分漫画の読みすぎだと思う。
大量の武具をどうするか悩んだ挙句、宝箱があったすぐ横に住居兼倉庫を構える事にした。 持てないからって全てを放置するなんて貧乏性の私にはとてもじゃないけどできない選択だった。
あの大きさの宝箱の一体どこに入っていたのか回収した鎧は合計で22セットもあった。 鎧の他にも男性用の肌着と思われるものが鎧の数と同数。 何故か剣は10本しかなく、しかもその内半分が壊れかけていた。
「うーん」
武具を運び出す過程で、この鎧の持ち主たちに何が起きていたのか考えていた。 私は綺麗に並べた傷だらけの鎧に視線を向ける。
「他の鎧にも同じような傷がある。 魔物の可能性も捨て切れないけど、多分これは剣の傷」
精鋭部隊とされているアメストリア王国兵が、上層でこれだけの損害を出すなんて普通は考え辛い。 つまり王国兵に仇なす何物かがこの鎧分の兵士を屠った。 という事になる。
相手が1人なのか複数なのかもわからないけど、1つだけハッキリしているのは王国を敵に回そうとしている人間がこの上層にいたという事。
「そんな人となんて絶対に会いたくないけどね」
剣はともかく鎧は体格が合わないので着用しようとは思わない。 肌着らしきものはサイズもかなりぶかぶかの上、脇や襟元が黄ばんでいたりしているものも多い。 抵抗感は当然あるけど必要とあれば着ようと思う。 まずは全力で洗ってからだけど。
その中で明らかに毛色が違う衣服一式があった。 数ある鎧より数段手の込んだ装飾が施されている女性用の胸当てに真っ白なワンピース。 その下に着ていたであろう下着一式。 ブーツ。 柄の部分に紫色の竜が二匹絡みついた紋章がついている短剣。 中でも最も目を引くのは銀色の細い鎖のネックレスに親指程の大きさの銀色に透き通る水晶が鈍く光っていた。 水晶を詳しくみてみると、複雑かつ細かい模様が水晶内部に施されていた。 見た瞬間理解せざるを得ない。
これを持ってたら間違いなく何かしらの騒動に巻き込まれる。
そんな嫌な予感しかしなかった。
「下着やワンピースの生地、それに短剣や胸当ての装飾。 オマケにこの水晶付のペンダント。 絶対持ち主只者じゃないよね」
貴族、下手するとそれより上の立場の人間の可能性すらある衣服や装飾品を私が身に着けてまわるのは奴隷服以上のリスクがありそうだなんて考えながらも試着だけはする。
ダンジョンから出る時までに別の服に着替えればいい訳だしね。
「惜しい。 ちょっと胸元がキツいけどそれ以外はサイズピッタリ」
最後に測った時の私のおっぱいはCカップ。 それでもキツいという事は元の持ち主はAかBだったのかな。
ちなみに下着はまだ身に着けておらず肌に直接ワンピースを着ている。
さすがに下着を洗わずに着けるのはちょっとね。
ちょっと迷ったけどクリスタルペンダントも身に着けてみる。 女子力は大切。
「うわぁ! 久しぶりに女性って感じ」
水でしか洗えていないので髪の纏まりは悪いし、メイクもしていない。 だけど約半月ぶりに女性らしい恰好ができて私の中ではかなり満足した。
「さーて、服はともかくペンダントはどこかに捨てるか埋めちゃおう」
「私、厄介者ですよ」と自己主張が激しいペンダントは目立ちたくない私の障害にしかならない。 留め金を外そうと手を後ろに回す。
「留め金は、と・・・?」
指が引っかかる所が見つからない。 留め金が前にいったのかなと指でチェーンをなぞりながら留め金を探す。 しかしどこにも引っかかる事なく指はネックレスを一周してしまう。
またまたー。
もう既に相当嫌な予感がするし、やってしまった感が半端ない。 焦る気持ちを抑え、指先に神経を集中して留め金を探す。
……やっぱりどこにも引っかからない。
冷たい汗が背中を伝う。
絶対にヤバい。 マズい。 どうにか……どうにかしないと!
理由はわからないけどどうやら留め金部分は消えてしまったらしい。 銀の鎖の外周は頭より狭いので頭から外す事もできない。
そうするともう引き千切るしかないけど……。
私は鎖を掴み引っ張ろうと力を入れたけど、千切る前にあらゆる可能性を思慮してみる。
「わざわざ留め金が消えたのは外させないようする為。 そんな細工がしてあるのに、引き千切るなんて原始的な方法で取り外せたりする? もし仮に取り外せたとしても何らかの呪いが発動して私が死んじゃったりしない?」
思わずゾっとする。
取り外せない理由は色々考えられるけど、一番ありえそうなのは〝敵からペンダントを奪われないようにする為〟。 もしそうならどう頑張っても、もはやペンダントは取り外せない。
ならどうして私が見つけた時は留め金があったか。 決まっている。
「持ち主が死んでしまったから……。 ……詰んだ」
私は身体全体を使って悲しみを表現する。
何が女性らしさ! 何が女子力! 数分前の自分を呪いたいっ!!
元の持ち主が死んだ原因も恐らくこのペンダントが狙われた為。 つまりこのペンダントを身に着けてる事を知られたら、今度は私の命が狙われ事になってしまう。 うわあああ! 私のバカ! バカ!! 迂闊!!
悔やんでも悔やみ切れないけど、せめてもの抵抗でワンピースの中にクリスタルを隠してみる。
「……あれ。 思ったより隠れた。 ひょっとしてこれならバレない?」
チェーン部分は仕方ないけどネックレスなんて多分ありきたりな物のハズ。 ならそこまで心配する必要なんてない?
そう結論付けた瞬間、急に力が抜けペタンと座り込んでしまった。
ふううう。 ……何とかなりそうな大失態で本当に良かったけど……疲れたぁ。
魔力はまだまだ残っているけど、精神的にとても疲れたので下着だけ洗ってもう休む事にした。
もう迂闊な事はしない絶対! フリじゃなくて。