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5.新しい魔法を作ろう


 前回のあらすじ 浴室で浴槽を破壊する。


 ▼


「……ようやく乾いた」


 浴槽破壊事件を起こし丸2日。 ようやく私の一帳羅が乾いた。 この間私は当然丸裸で過ごさねばならず、ダンジョン生活で乙女の恥じらいも消えかけていた私もさすがに部屋から一歩も外に出る事もできず、ただ住居に引き籠っていた。 更にその間に団子もシロップも尽きていまい昨日の夜は水だけで過ごすハメになったというオマケ付き。 

 2日間着るものがないという辛い経験をした事で、お風呂に対する事前準備がいかに大切だったかという事を身を以って学んだ。 


 これからはもっとよく考えてから行動しよう。 治癒魔法がなければ本当に危なかったのだから。

 

 計画の重要性についてしみじみ感じた私はこれからの予定をしっかり組む。 

 

「まずお風呂は他の服を見つけるまで封印」


 現在浴室は土壁によって隔離されている。 この隔離が遅れたせいで湿気が部屋中に充満し、いつまで経っても服が乾かなかった。 この事はもっと早く気付きたかった。


「まず優先順位の一番上は食べ物の確保でしょ? 次に服かな? 宝箱、この層にあるといいなぁ。 あとは、やっぱり火も欲しいなぁ。 火があれば髪も服ももっと早く乾いた訳だし。 ……お風呂に関しては最低でも食料と衣服が揃ってからかな」


 服を乾かすのに二日かかったとはいえ、しっかり水洗いは出来た。 元々どす黒い茶色の服だったのに洗う事によって実際は茶色の服という事がわかった。 そのあまりの汚れっぷりと知らず知らずとはいえ、それを何日もずっと着ていた事を思い出して思わず「ははは」と震えて乾いた笑い声が出た。 


 ……人って理解したくもない出来事が起こると咄嗟に笑いが出るんだね。 知らなかった。 ……知りたくもなかった。


 火に関してはある程度のチャレンジは終わっている。 身動きの取れなかった二日間で素材室にある魔物の素材を火打石の要領でそれぞれぶつけたり擦ったりしてみた。 結果はお察し。 

 大体、もし火花が起ことしてもそこからが続かない。 燃える紙や木の枝という種火を延焼できる何かがどうしても必要になる。 とはいえ日光どころか昼夜もわからないダンジョン内に樹木があるとは到底思えない。 

 なので私の結論としては「火はとても欲しいけど現実的に無理」という事で落ち着いた。


「水と土だけじゃなく火の魔法も使えれば良かったんだけどね」


 自身の手を見つめて理想を口にしてみる。 この世界に召喚された私を含む6人は、火、水、土、風、光、闇という6つの属性魔法を1つずつ手にした。 火の属性を手にした彼の事を思い出すと連鎖的に他の4人の事も思い出し、少しだけ胸が締め付けられた。


 ないものねだりをしても仕方ないので、気持ちを切り替えていつも通り蟻とダンゴムシの魔物を誘っては落として潰す作業に入る。 さすがにこの作業は慣れたものだったのでしっかり今日の内に確保したいなと思っていた分の食料品を手に入れる事ができた。


 翌日は遠出をして宝箱探しに出かけた。 出かけるにあたって魔物の中で気を付けないといけないのはダンゴムシの突進と待ち伏せを得意とする芋虫の範囲攻撃だったのだけど、もはや無意識下でそれらを対処できるまでになっていたので意外な程順調に探索は進んだ。


 宝箱は基本的に脇道の奥に出現する事が多いと聞いていたので、脇道を見つけては入って、宝箱を見つけられず溜息をつきながら出て。 という作業を延々と繰り返したけど残念な事に成果はゼロだった。 

 そこから二日間宝箱探索を続けたけど宝箱は見つけられなかった。 しかし三日目、遂に脇道の奥に置いてある人工物を見つけた。 

 それはとても宝箱とは形容し難いボロボロの木箱だったのだけど。


「お願いします、贅沢は言わないのでせめて女性向けの可愛らしい服が入ってますように! あとそろそろ靴も欲しいです! 私と同じサイズの靴もありますように!」


 自分でも中々な無茶だと思ったけど祈らないより祈った方が良いものが出そうな気がしたので、宝箱の前で膝をつき祈りを捧げ、恐る恐る箱を開ける。 

 出てきたのは私の着ている服と全く同じ黒ずんだ布の服2着だけ。 神はいなかった。


「でも、この服があるって事は」


 奴隷がこのダンジョン内で死んだという事になるよね。 それも2人。 

 

 この服の持ち主は、私と同じタイミングで連行された人かもしれないし、そうじゃないかもしれない。 だけど、同じ奴隷だったという事を考えると心が痛い。 


 私は運良く手枷も壊された上に瀕死だったので見捨てられて、魔法、それも世界で一人しかいない治癒魔法を持っていたから助かった。 でもそうまで条件が揃ってようやく逃げ出せたのに他の人に同じような事ができるとは到底思えない。


 安らかに眠ってください。


 男か女か、年齢も全くわからないけど、私はこの服の持ち主の冥福を祈りながら服を手にした。


 それにしても〝ダンジョンの意思〟とは言うけれど宝箱のセンスがなさすぎるよね。 私だったらこんな木材を張り合わせただけの箱じゃなくてせっかくの宝箱なんだからもっとちゃんとした……。


 心の中で宝箱のダメ出しをしていて気付く。 目の前にほとんど諦めかけていた〝木材〟があった。 まだ肝心の火を灯す手段がないけど燃焼を促す素材は必須だったので、この宝箱という名の木材を住居まで持って帰りたかった。


「ただ、私の力じゃ持てないよね。 んー。 一旦土壁で箱を潰してから何回かに分けて持ち帰るのが一番……えっ!?」


 頭の中で木箱をどうやって持ち帰るかシミュレーションをしていると、いきなり目の前から木箱が消えてしまった。 


「なんで!? どうして!?」


 目の前の光景が信じられず2着の服を抱えたまま、ただただ茫然と立っていたけど、幾ら待っても木箱は復活しない。 確実に言える事は、私は目の前にあった貴重な素材を失ってしまったという事。


 住居に戻って原因を考えてみた。 考え付いた中で可能性が高そうなのが「宝箱本体は中身を取り出すと〝ダンジョンの意思〟によって回収されてしまう」というもの。 根拠は3日間の探索で一度たりとも空の宝箱を目撃していなかった事から。 

 そう考えると、あの木で作られた宝箱も何度も使い回されていくうちにボロボロになっていったという説明がつく。

 

 でも、だからといってせっかくの木材をみすみす見逃せない。 せめて私の納得がいくまで検証してみよう。


 私は宝箱そざい回収計画を練る。 


「次に宝箱を見つけた時は、まず事前に土壁を作れる環境を作って、中身の回収と同時に押し潰す」


 これをする事で〝ダンジョンの意思〟が回収するのが宝箱なのか木材なのかがわかる。 木材とした上で回収されてしまうならもう諦めるしかないけど、宝箱としてしか回収しないなら木材は残ってくれるはず。

 

「さーて。 この2着も洗いますか」


 汚れにしては汚な過ぎてしまって、元々の色としか思えない黒ずみがある服を、そのまま着るなんて事は絶対に有り得ない。 

 例え私が同じような服を10日間近く着ていてたとしても。


 私はメインの部屋と浴室を遮っていた土壁を取り除く。 中からかなりの湿気が立ち込めてくる。 


「うーん。浴室と部屋の間に更にもう一つ仕切りを作った方がいいかなぁ」


 改善点を口にしながら浴室に入ると足元からぐちゃっとねっちりした効果音が響く。 見るとお風呂の水は未だに完全に引いておらず、一部が泥化していた。 服を着たまま入るとせっかく洗った服がまた汚れる可能性があったので、部屋に戻って服を超高反発ベッドの上に放る。 

 再び浴槽に入り、洗った服が泥まみれにならないように土魔法で置台を作る。 


「滑るよぉ」


 汚れきった服をゴシゴシと強く洗う為に足腰にも力を入れる必要があるのに、泥のせいで足元が滑って踏み込み辛い。 

 しかし私はそういうネガティブ条件をポジティブに変える術を知っている。 


「どうせ最後には身体を洗い流す事になるんだもん。 それならいっそ泥だらけになっちゃおう!」 


 逆転の発想。 服に泥をつけないよう手元だけは気を付けるけど、泥まみれにあえてなった。 

 実際全身泥だらけになってみると案外楽しく、泥で遊ぶ子供の気持ちが久し振りにわかった気がした。


「そういえば、世の中には泥パックなるものがあったよね」


 思い付いてしまった私は洗い終わった服をベッドの上に放り投げ、全身どころか髪まで泥を塗りたくった。 完全に泥人間になってしまった今の私を客観的に見て大笑いしたかったけど、鏡がないのでそれができなかった。 残念。


 そのまましばらく横になってぼうっと天井を眺めた。


「ひょっとしたらもう彼女と戦ってるのかな。 〝粉〟の作り方だけでも教えれば良かったかな。 ……ううん。 あれは第二、第三の魔王を作り出しちゃうし教えたところで誰にでもできることじゃない。 ……って私に心配されても迷惑なだけかな」


 泥だらけの手を天井めがけ目一杯上に伸ばす。 立った状態でもギリギリ手が届く高さに天井を作ったので仰向けになったこの状態で届くはずもない。 わかってる。 わかってた。


「……だめだなぁ。 こういう何もしない時間があると余計な事考えちゃう。 よしっ、切り替えよう! 何を考えようか泥だらけの私。 えーい魔物たち覚悟しろー。 泥魔法だぞー。 なんて。 ・・・泥?」


 ばっと起き上がる。


 待って。 今何か凄い事を考えつきそうだった。 落ち着いて私。 整理しよう。 私は今2つの属性を持っている。 水属性と土属性。 はじめの頃私は水属性しか持っていないと思って同じく水属性を持つ講師から魔力操作訓練を日々受けていた。 

 だけど、講師の教える魔力操作をいくらやっても私の身体の中を魔力は循環せずに、必ず途中で魔力が消滅してしまっていた。 

 その話を講師にいくらしても、「イメージ力の不足」と結論付けられていたけど、実際はそうじゃなかった。 私の身体にある土属性要素が水の魔力を妨害していたから起こっていた現象だった。 


 自分が水属性の他に土属性も持っている事を知った時、全てを悟った。 「ああ、私が彼の〝加護〟を奪ったんだ」と。 彼だけは召喚者が全員持っていた〝勇者の加護〟を持っていなかった。 だから魔力操作訓練こそ皆と同じ速さで終える事が出来たけど実戦訓練に入ってからかなり足を引っ張ったと聞いている。 それが全て私のせいだと確信したからこそ、誰にも土属性の話は切り出せなかった。 

 そこからは常に私に恐怖が付きまとった。 ずっとこのまま魔力操作訓練をしていれば誰かが私の秘密に気付くかもしれない。 気付かれたら一体どんな反応をされるのだろうか。 と。

 ちょっと思考が逸れたけど、だからこそ、そこから人一倍頑張って水の魔力を循環する方法を探った。 色々な方法を色々な角度から試した。 その度に魔力不足になって何度も倒れた。 そして編み出したのが魔力と大量に使って魔力濃度を変える方法。 水のイメージを水飴のように濃くする事で土属性の障壁をなんとか潜り抜ける事に成功した。 あの時は本当に嬉しかった。

 

 だから私の水魔法は必須魔力が非常に多く効率が悪いし、どんなに濃くしても発動の際に残る魔力が少ないので水鉄砲並の威力しか出なかった。

 逆に土魔法は魔力消費自体は普通だけど、循環の際水属性の影響かかなりゆったりとした速度で身体を巡る。 発動に時間がかかるのはその為。


「……なら、水と土を合わせた泥だったら?」


 泥のイメージは、今正に全身で感じている。 粘り気があり、土の感触を僅かに残しながらも水分量が非常に多い。 単純に土と水のイメージを足す感じ。 土も水もイメージはしまくったのであっという間にイメージは固まる。


 私は天井に向けて伸ばしっぱなしだった右手に泥のイメージ込めた魔力を流す。 クセで水魔法と同量の魔力量を。


「はっ!? えっ!?」


 体内を一瞬で巡った魔力が一気に右手から噴き出る。 大量の泥として。

 

「止めっ! ぶふっ!!」


 自分で出した泥で自分が埋まる。 


 泥! 多い! 重い! 動けない! 抜け出せない! ……死ぬ!! 


 完全にパニックになったところで、何をしても抜け出せず、次第に諦めの気持ちが強くなっていった。


 ……こんな馬鹿みたいな最後になるなんて。


 全身の力を抜き、抵抗を諦める。 するとようやく思考が晴れ「土魔法と同様にこの大量の泥も消せるんじゃない?」という発想に行き着く。 


 消えて!!


 土壁を消す要領で泥に触れると一瞬で泥は消え去った。 驚くべき事に元々地面にあった泥や私の全身を包んでいた泥、更に髪の毛に付着していた泥、全てがまるで何もなかったが如く全て消え去っていた。


 私の思考がぐちゃぐちゃになった。


 死を覚悟した状態から助かった〝安堵〟。

 これまでどんなに努力しても何かしらの制約があった魔法がこんな簡単に使えた〝驚き〟。

 今までの努力がなんだったのかという〝落胆〟。

 これら全部が一気に押し寄せる。

 だけど、それらはあくまで二番目以降の感情。

 一番目は、苦なく魔法を使えた〝嬉しさ〟。

 その嬉しさがどんどんと頭に、手に、胸にそして身体全部に溢れ出して、涙その思いを代表して溢れ出す。

 秘密を抱えたせいで誰よりも劣っていた自分が魔法を使えた。 その事実がただただ嬉しくて。


「使えたよぉ。 ぐす。 やっと普通に魔法が使えたよぉ」


 泥だったけど。 華のJDが泥魔法だったけど。


 私のぐじゃぐじゃな感情の中に、「女子大生がこれでいいのか?」と自問する気持ちが芽生えたけど、それでもやっぱり、嬉しいという感情が勝ってる・・・と思う。


「でも……やっぱり……泥かぁ……」


 嬉しいという感情が……勝ってる……かなぁ……。


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