4.浴室を作ろう
前回のあらすじ 天からの祝言により高反発ベッドが出来た。
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芋虫型魔物のドロップ品を利用たベッドを作って数日。 私のテンションはこれでもかという程低い状態で推移していた。 理由は幾つかあるけど、まずベッド作りの素材の為に、暴走とも言える力を昼夜を問わず出し切った事。 これまでの経験上、そういう暴走をした後は大なり小なり違いはあれど必ず反動が来る。 今回はそれが大の方だった。 あともう一つ大きな要因になっていた理由が何日か使ったベッドの寝心地が思ったより微妙だったという事がある。
確かに地面で寝るよりはいい。 いいというかマシ。
そう。 マシという言葉がピタリと当てはまる表現だった。
このジェリービーンズのような見た目の素材、思っていた以上に反発力が強過ぎた。 なので寝返りなどで少し強めに腕を振ったりすると、素材の反発力で腕が浮いたりしてしまう。
そんな事態を起こさないように寝返りも慎重にしようとすると今度は心が休まらない。 なおかつ四方を低い壁で囲って素材がバラけないように敷き詰めてはいるものの、どうしても隙間ができてしまい、寝ている時、その隙間部分に身体の一部分がはまってしまうと、まるでいきなり階段を踏み外した夢を見たかの如くビクッと反応してしまう。 むしろ土の上で眠っていた頃より寝起きが悪いという事はザラにあった。
とはいえ上手く使える事が出来れば、私のダンジョン暮らしを飛躍的に向上させる事ができそうなポテンシャルを秘めている素材なので無碍にもできず、試行錯誤を繰り返していた。
「……気持ち悪」
そして本日の試みとして敷き詰められた高反発素材の上に、薄い土板を敷いてその上で眠ってみる。 という手法を試してみたけど、ベッドの役割を果たす土板が私の寝返りの動きなどに細かく反応して小刻みに揺れ続け、まるで一晩中弱い地震を体験し続けたような感覚に陥ってしまった。 このままじゃ生活に支障が出るので、すぐさま治癒魔法を使って酔いを醒ますと同時に水分補給もする。
今どのくらいの時間が経ったのかな?
ダンジョン内には昼夜がないので眠くなったら寝て、目が覚めたら起きるという生活を繰り返している。
少なくとも10日以上は経過しているはずだけど……うーん。 入り口にいた王国の見張りの人が私の顔を忘れるにはどの位の日数が必要かな? 少なくとも10日程度じゃダメだよねぇ。
完全に忘れて貰うには奴隷商がこのダンジョンに何度か足を運んだ後が望ましい。 そうすれば、新しい奴隷の顔を覚えていく度に私の顔の印象は消えていくだろうから。
連行されている時に聞いた話では、半月に一度程度秘密裏に奴隷売買が行われているという。 秘密裏なのはこの国が奴隷を扱う事は禁止されている為。 だからこんな魔物が出る危険な場所で奴隷売買が行われている。
そういう意味で、ここの兵士は王国に雇われているのにも関わらず奴隷売買を見逃している事になる。 腐ってるねー。
どちらにせよ、どんなに短くともあと一月程はこのダンジョン内で生活をする事になる。
「それまでにこの服も何とかしないとね」
今着用している布の服は奴隷全員に支給されている。 だからいくら日を開けて見張りが私の顔を忘れようとも、この服を着ているだけで奴隷と紐付けられる可能性は非常に高い。
だからこそ新しい衣装を手に入れる必要があるのだけど、私の知る限りこのダンジョン内で服を手に入れる方法は3つある。
一つはダンジョンにやってきた冒険者から譲り受ける、もしくは奪い取る。
一つは魔物に倒され全滅してしまった冒険者の装備を頂戴する。
そして最後の一つは魔物からのドロップ品。
魔物からのドロップ品はその魔物の素材だけじゃない。 それは蟻型魔物のシロップにしかり、ダンゴムシ型魔物の団子にしかり。 そしてごく稀に武具、装飾品が落ちる事があるらしい。
講義でこの話を聞いた私たち女性陣は頭にハテナマークが浮かんでいたけど、男性陣3人はごく当たり前に納得していた。 なんでも「魔物はお金も装備品もドロップして当たり前。 むしろどうしてお金が落ちないんだ」などと言っていた。
ちなみにそれに納得がいかなかった加奈が「ゲームなら魔物からお金が落ちるの? どんな原理で?」と聞いたら男性陣にとても嫌な顔をされていた。 結局その答えは最後まで貰ってないと思う。
これまで出たドロップ品の内容は講義通りだったから武具、装飾品に関しても間違いはなさそう。
問題はその武具をドロップする魔物がいる場所にある。
今私がいるのはダンジョン内でも弱い魔物しか出ないと言われる〝浅層〟。ここから地下に進むにつれ〝上層〟〝中層〟〝下層〟〝深層〟と続き、魔物の強さも地下に行く程強くなるらしい。 そしてその武具、装飾品をドロップする魔物は最低でも中層からと聞いている。
つまりこの浅層より2つも下の層なんだよね。
中層の魔物の強さの説明としては、完全武装して魔法も使える上級王国兵が4~5人でパーティーを組んでようやく進めるといったレベルだそう。
布の服1枚で武器もなく魔法も不安しか残らない私がたった一人で行くのは無茶以外の何ものでもないよね・・・。
必然的に最後の選択肢は候補から外れる。
「できれば他の冒険者との交渉も避けたいかなぁ」
交渉をするというのは当然私の存在が他者に知られるという事。 交渉の際出来るだけ口止めはしたいけど確実じゃない。
そもそもその冒険者が全然いないし、ね。 となると、残ったのはこのダンジョン内のどこかに眠る宝箱を探しという選択肢だけだよね。
全滅した冒険者の装備は、そのまま死体と共に放置される訳じゃない。 〝ダンジョンの意思〟という誰にも解析をされた事もない訳のわからない概念によって死体ごと地面に飲み込まれ、所持品や装備品だけは宝箱に入れられ同じフロアのどこかに配置される。
だから当然この層にも宝箱がある可能性はあるんだよね。 期待はできないけど。
そういったダンジョンに出現する宝箱の中身を売り捌く事で生活する冒険者も少なくないと聞いている。 特に危険の少ない浅層に関してはそういった人間も多い上に、そもそも宝箱の出現条件になる冒険者の死亡がそこまで多い訳じゃない。 需要と供給のバランスが悪い為、未開封の宝箱がある確率は相当低いのだそう。
うーん、ここら辺の講義の内容と現実が合ってないんだよね。 主に冒険者の数的な所で。
なので私の中で未開封の宝箱があるんじゃないかと若干期待している。
どうしても見つからない場合は上層への進出もやむを得ないと思うけど、それはこの層で上げれるだけレベルを上げてからだよね。
だけどそれ依然に、ここで暮らしていく為に考えなくちゃいけない事や考えついてるけど実現できていない事はどんどん進めていかないといけない。
「うん。 ようやくモチベーションが戻ってきた。 だからまずはお風呂、というか浴室を作ろう!」
さすがに10日以上お風呂に入れてない現状は耐えられない。 ベッドに着手する前はそれすら忘れていたのだから相当私は切羽詰まっていたんだと思う。
「湿気の問題があるからトイレと同じように別の部屋を作った方がいいよね」
始めは四畳一間だった住居も、今やトイレと素材室が増え、そこに浴室も増やす。
「水圧の問題はあるけど右手シャワーはある。 だから作るのは浴槽だけでいいかな?」
やろうと決めてからのスタートは早い。 まず土魔法で部屋を作り、土板を四方に作って超簡易的な浴槽を作る。 水が隣の部屋に流れないように浴室全体の地面も下げた。 完成にかかった時間はほんの30分。 本当に手慣れてきたなと自分でも感心してしまう。
魔力のイメージを変えたらお湯とか出ないかな?
土で出来た浴槽に手を突っ込んで水を出そうとした時、ふとそんな事を過ぎる。
魔法の使用において最も大切なのは〝イメージ力〟。 私が水魔法を使う為に一番最初にやらされたのがただの水を触り続ける事だった。 元の世界でも水はすぐ傍に、当たり前にあったでのそのイメージを掴むまでは他の5人よりも断然早かったと思うし、むしろよく火や光や闇のイメージを掴めたなとすら思っていた。
そのイメージを掴んでからが私にとって地獄だったんだけどね。
とにかく私は右手を浴槽に入れたまま目を閉じてイメージしてみる。 お風呂の温かさを頭で描くと、実際浸かった時のように全身から鳥肌が立った。 それを魔力として変換して全身に循環させる。
「うわ、出た!」
さすがに半年間ずっと魔力操作訓練をやっただけの事はあり、一度イメージが固まってしまえばそれ以降特に苦労をする事もなく右手からお湯が出た。
しかも水量が前より増えてる! レベルアップで魔力量が増えたお陰かも! この速度なら1時間もかからず浴槽をお湯で満たせるはず!
暫く同じ体勢で蛇口に徹していた私は、私の入浴によって浴槽からお湯が溢れないようなところを見計らい魔力を止めた。 浴室を作った時点で9割以上あった魔力が5割近くに減ってしまっていたけど必要経費という事で割り切る。
大丈夫だいじょーぶ。 寝て起きれば回復するもん。
気分ルンルン状態で服を脱ぐ。 一瞬、服を濡らさないように高い所へ置こうかなと考えてみたけど、この服を支給されてから一度も洗っていなかったのでお風呂に入った後に残り湯を使って洗おうとその場に脱ぎ捨てた。
「あああ! 生き返るーー!!」
恐らくダンジョン生活を初めてもっとも大きな声を出す。 いくら声を大きくしても誰にも聞かれないのは結構な利点だと思う。
……ダンジョン内部まで聞こえてないよね?
ただ、最初こそ透明なお湯だったけど私が少し動く度に身体が土に触れ、どんどんお湯が濁っていく。
「そりゃ濁っちゃうよね。 まあ、これはこれで濁り湯と思えば!」
最終的には右手シャワーで全身を洗い流す必要はあるけど、それを除いても久し振りのお風呂を私はとても満喫した。 ……浴槽が壊れるまでは。
「……」
お湯で少しずつ削れていった土壁が私が足を伸ばし土にぶつかった結果、一気に崩れて決壊した。 お湯が浴室全体に広がる数秒間、私は状況が理解出来ず、ただその場で固まったままだった。
ちなみにその後、身体と服を洗った後に着替えもタオルもドライヤーもない事に気付き、当たり前のように次の日風邪を引いた。
治癒魔法がなければ本当に危なかった。 どんまい私。