2.食料を調達しよう
前回のあらすじ 仮住居と落とし穴を作った。
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保険を二か所も設置した安心感からか、魔物が出るダンジョン内だというのに意外とぐっすり眠れた。 魔力を確かめてみるとしっかり回復している。 お腹は減ったけど。
辺りも見回してみたけど特に状況は変わってない。 部屋の入口の土壁もその手前にある落とし穴も健在だ。
「水飲もう」
私は右手の人差し指と中指を伸ばし指の閉じたチョキの形を作り自身の口元の上に向ける。 そのまま治療と同じ要領で水魔法を使うと、魔力が身体を循環した後指先からチョロチョロと水が出てくる。 意外と位置調整が難しく最初の方は口から溢して布の服に水がかかってしまった。
「見栄え悪いからコップくらい欲しいな」
ここには私しかいないのでそういった見栄えなど気にしなくても良いかもしれないけれど、無理矢理召喚される前、つまり半年前までは華のJDだった。 なので乙女の恥じらいもプライドもある。 ちょっとは。 多分。
いつかコップを手に入れるという目標を胸に水分補給を終える。
「あれ? 空腹感が消えた?」
水分を摂ったからとはいえ空腹感が消えるという事は考え辛い。 ならどうして、と思ったところである考えに思い至る。
「そっか。 私の治癒魔法は体内の異常を正常化するから」
空腹感を訴えていた胃を治してしまったという事になる。 同時に少し恐怖を覚える。 この魔法は使い勝手はいいけど言うならば脳を騙している事になる。 治癒魔法を使う事によって空腹感は全く感じないまま少しずつ痩せ細っていくのか、それともある日突然餓死するのか。 水には困らないので日数的猶予は多分まだある。 だけど早々に食料を確保する必要があるのは変わらない。 むしろ空腹感が満たされてしまった事によって食料確保が後回しになっていた可能性があった事が一番怖かった。
気付けて良かった。 考えよう。 問題はどうやって魔物を倒すか。
私は召喚された6人の中でただ1人、2つの属性を持っている。 その原因も理由も今は把握しているけど問題はそこじゃない。
まず水魔法は論外。
何故なら大量に魔力を使わないと発動出来ない上に体外に出せるのは水鉄砲なんかと同じ程度威力が限界。 殺傷能力はゼロと言っていい。
となると頼れるのは土魔法って事になるけど、これもまた発動速度という大きな弱点がある。 魔物を前にして発動までの30秒は致命的と言わざるを得ない。
以上の点から、私が取れる唯一の方法は、一番初めに考えついていた落とし穴作戦しかないという結論に達した。
そうと決まれば実践あるのみ。 まずは入り口の土壁に一部分穴を開け、通路の安全性を確認。 通路まで侵入者がいない事を確認した私は土壁を取り除き、自分で作った落とし穴に嵌らないよう慎重に道を進む。 ダンジョンへ繋がる土壁も同様に覗き穴を作り周囲の様子を確認。 何の気配もない事を確認して土壁を壊しダンジョンへ踏み込んだ。
食料調達と少しでも安全な住居設置を天秤にかけた結果、僅かながら住居設置に傾く。 この決断も空腹感の無さからくるもののような気がするけど、安全な住居が大切なのも間違いない。 取り敢えず新しい住居を作るまでは魔物とは戦わず逃げの一手でいくつもりだ。
その後私の求める条件の場所を探す為ダンジョン内を彷徨っていた私は、魔物はともかく冒険者と全く相対していない事に気付く。
私の知るダンジョンというものは冒険者御用達の場所かと思っていたけど、ここまで遭遇しない事からひょっとするとこの世界の常識が違うのかもしれない。
まぁ、私にとっては都合がいいんだけど。
冒険者が少ないのならば見つかりにくい場所に住居を構えるという条件はそこまで重要じゃなくなった気がするけど、念には念を入れ条件は変えない。
横道を中心に暫く探索してると何回か分かれ道を通った後行き止まりに遭遇した。 この行き止まりを見た瞬間私の心は踊った。
何が良いって、曲道を曲がった瞬間に行き止まりが見える点。 見えるからこそ奥まで進むという発想がほとんど消えるので行き止まりの横に多少不自然な土壁があっても気付かれない可能性が極めて高い。
すぐに新しい住居作成に取り掛かる。 作成も二度目なので、前回より効率的に住居作成は完了した。 前回からの改善点として部屋の広さを四畳程に変更した。 何もない空間で六畳はちょっと広くて居心地が悪かった。 とはいえ部屋の広さはいつでも変更出来るので大した改善という訳でもないのだけど。
前回の仮住居を出てまだ2時間程しか建っていないので、体力的にも魔力的にもかなり余裕がある。 私はそのまま食料品の確保に乗り出す事にする。
「落とし穴は、この通路に作って魔物をおびき寄せる感じでいいよね。 うーん。 やっぱり上がってこれないように〝返し〟みたいな工夫は必要だよね」
色々と試行錯誤をした結果、落とし穴の断面図を見ると丸形の壺のような形にする事で落ち着いた。 こうする事で這い出られる可能性を少しでも減らそうとした結果だ。
更に万一の為、住居の近くにも大きな落とし穴を設置して一応の準備は出来た。 私は通りに出て魔物を探す。
すぐに私を瀕死に追いやった蟻型の魔物を見つけたので誘き寄せてみる。 蟻型の魔物は二足歩行の為か移動速度はそんなに早くない。 速度を加減しながら落とし穴へ誘導すると呆気なく罠に嵌ってくれた。
穴の上から這い出れるか暫く様子を見たけど、知能が低いのか登ろうという意思すら感じられなかった。 時間の無駄と悟ったので厚めに作った土壁を落とし穴に落とす。 地面と土壁に挟まれた魔物は僅かな時間ジタバタと手足を動かしていたけどすぐに動かなくなって絶命した。
魔物が絶命すると魔物の身体が黒い靄となり霧散する。 これは講義で習ったし、実際に城まで瀕死の魔物を連れてこられて目の前で霧散していった姿も見ていたので驚きはない。 面白かったのはドロップアイテムが魔物の死んだ地面と土壁の間に出現するのではなく、土壁の上に出現した事。 わざわざ土壁をどかす必要がないのは嬉しい誤算だけど、どちらにせよこの落とし穴を再利用する為に土壁を処理しなければならないので土壁をどかす前に何がドロップしたのかわかって嬉しいな、程度のもの。
残念ながら記念すべき最初のドロップ品は蟻の足の一部。 意外と鋭いので武器に流用する事が多いらしいし、今の私は武器を持っていないので助かると言えば助かるけど、やっぱり欲を言えば食料品が欲しかった。
まぁ意外と簡単だったから数をこなしていけばいいだけなんだけどね。
しかし私はここで重大な失念をしていた事に気付いてしまう。
「……どうやってあれを回収しようかな」
そう、魔物を穴から出さない為にも相当深く穴を作ってしまった為、ドロップ品を取りにいけない。 どうしようかと暫く考え、結局落とし穴とは別に階段付きの穴を掘り、落とし穴の底に出入口を作る案に決まった。
この通路を作る上で階段の作成と高さ調節がかなり面倒だったけどそのお陰で土魔法で細かい造形物を作る事が出来るようになった。
なお、目的の食料品が出たのは11匹目を倒した時の事だった。