プロローグ
よろしくお願いします。
半年前、私たち6人は元々住んでいた世界とは別の世界、俗に言う異世界へ無理矢理召喚されてしまった。
目的は今私たちがいる国、アメストリア王国を脅かす〝魔王〟と呼ばれる者の討伐。
しかし召喚されたばかりの私たちの実力は、1人を除き勇者と勇者一行としての才能こそあったものの、王国騎士1人相手に全員がかりで手も足も出ないという凄惨なものだった。
そんな状況に、アメストリア王国で最も権力があり、私たちを召喚しろと命じた張本人であるアメストリア国王は、幹部等とひと悶着した結果、「半年の訓練期間後に魔王討伐に向かえ」と私たちに命じた。
最初は帰りたいとか怖いとかバラバラだった私たちも、訓練開始から僅か10日で全く歯が立たなかった王国騎士と1対1で圧倒出来るようになった者も出て、「皆で力を合わせればきっと魔王を倒せる」という意識に変わってゆき各々日々の訓練に明け暮れていった。
そして半年後。
様々な事情と出来事と不運が重なり、その勇者一行の一人であった私は、たった一人で王国近くにあろうダンジョンに取り残され。もとい、取り残される事に成功した。
「ぐぅっ!」
あまりの痛さに悲鳴が漏れる。 今の私は右手右足の骨折の他、全身打撲。更に複数個所から流血して地面に伏している。 人を襲う魔物が出るダンジョン内でロクな装備も持たず、瀕死と言っても過言ではない状態は誰がどう見ても完全に詰んでいる。 私を攫った奴隷商が置き去りにしてしまうのもよくわかる。
一応奴隷商は万が一の為、傷を癒す治療薬は所持していたけど、それはとても高価なもの且つ、今の私のような瀕死の状態では焼け石に水なので使われる事はなかった。
私をこんな状態にした魔物は奴隷商たちによって既に倒されている。 だけど次の魔物がいつ現れるかわからないので、全身に走る痛みを無理矢理意識の外へ押しやり魔力操作を始める。
身体を流れる濃度の高い水属性の魔力が、右手から右腕、胸部、腹部、臀部、右足と血管の中を通るイメージでゆっくりと循環する。 その過程で魔力が身体の異常に触れるとその部分を正常化、つまり私の身体を癒してくれる。 この身体を癒す治癒能力は王国側が、私たち1人1人に個別に割り付けてくれた講師曰く、体内を治癒する魔法はこれまで存在していなかった為〝世界唯一〟の能力だとも、これが世の中に広がれば戦争などあらゆる分野の概念が変わると言われている。
とはいえ癒せるのは、今のところ自分自身だけなんだけど。
完治を確認した私は魔力操作を止め大きく息を吐く。 さすがは実戦。 訓練の時とは集中力が全然違って、これまでで一番の大怪我だったのにも関わらずもっとも早く癒す事ができた。
周囲を確認して素早く立ち上がる。 裸足なので足元がとても頼りないけど、奴隷商や他の奴隷たちが立ち去った道と反対方向に急いで進む。 正直、彼らの後を追った方が魔物遭遇率は少ないのはわかっていたけど、私の傷が癒えている事を知られたらと思うと、その後がとても怖い。
加えて、万一魔物に遭遇したとしても、何とかなるという考えもあった。 私は制御がとても難しかったこの特殊な魔力のせいで、他の5人とは違って実戦訓練過程まで進めていない。 にも関わらず、私に大怪我を負わせた魔物の動きをしっかり捉えられていた。 むしろ、致命傷を避けながら手枷を魔物に破壊して貰う事もできたくらい。
一応レベルが上がっていたって事なのかな? とにかくまずは自身の安全を確保するのが第一。 私に置かれた条件は相当厳しいけど何とかするしかない。
「まず前提としてダンジョンからの脱出はできない」
この前提だけで心が折れそうになるけどどうする事もできない。 ダンジョン出入口にはアメストリア王国兵が見張りとして立っていたけど彼等は私を誘拐した奴隷商と顔馴染みだった。 ここの入り口の狭さから見張りをやり過ごして脱出はどう足掻いても無理なので、少なくとも着ている衣服を変え、見張りの兵士が私の顔を完全に忘れて貰うてくらいまでは地上には出られない。
「だから当面はここで生活していくしかない」
口に出しただけで憂鬱になるけどそれしかない。 最低限、生きる為に必要なものを指を折りながら挙げていく。
「岩肌の場所が多いけど土壁がない訳じゃない。 そこを魔法で掘れば横穴住居はできる。 水も大丈夫。 衣服は……仕方ないよね。 食べ物は……。 ……うう。食べ物は……」
思い付くには思い付くけど口に出すのも憚ってしまう。
「魔物の素材を食べるしか……ないよね」
正確には魔物を倒した際に出る〝ドロップ品〟。 中には武具になるような素材が出る事もあるらしいけど食糧として食べれる素材が出る事もある。
召喚されてからの半年間で行ったのは、何も魔力操作や私はやってないけど実践訓練だけじゃない。 アメストリア王国を中心とした地理の勉強や魔物の種類、ドロップ品の勉強も行っていた。 ちなみに私を瀕死に追いやった二足歩行で動く蟻の魔物からは微妙に甘いシロップが取れると学んだ。
生き残る為には仕方ないとはいえ、奴隷商から支給された皮の服一着、装備も着替えも、靴すらない状態で魔物を倒し、ドロップした素材を食べて生活する。 元の世界で趣味に生きていた頃と比較するとあまりに過酷。
「ちょっと涙出てきたけど、ここで負けちゃダメ! 生き残ろう! おー!」
私は私自身にエールを送りながら、涙を手で拭い奥へ奥へと歩みを進めていった。