2.逃亡
アーディルは、深い闇の中にいた。
恐らくは、魔法によって眠らされるか何かをしたのだろうと思う。
だが、正確には何が起きたかはわからない。
ただ、明らかにいままでの部屋とは異なる深い闇の中を彷徨っていた。
誰もいない。なんの音もしない。光もない。ただ、自分が彷徨っていることだけがわかった。
いや、彷徨っているといっていいのだろうか・・・。
最初は歩いているという感覚があったが、それすらもなくなっている。
自分が動いていながらも、まるで、自分自身を遠くから自分で眺めているかのような感覚。
不思議な感覚だった。
突如として、その闇の中にさらに濃い闇が襲ってくる。
深い闇の中に、さらにはっきりとわかる濃い闇だ。
アーディルは、咄嗟にその闇から逃げようとするが、思うように逃げることが出来ない。
闇は、アーディルを包み込む。
逃げることができなかったアーディルは、さらにその闇に抗おうとする。
しかし、それすらあざ笑うかのように闇がアーディルを包み込んでいく。
「もうダメか・・・」
そう思った瞬間、轟音とともに、暗闇に光が差し込んだ。
そして、今度は闇が悲鳴をあげるように、光から逃げようとする。
しかし、光が差し込むスピードが速く、濃い闇がアーディルの影のような闇に逃げ込もうとする。
アーディルは、その闇から逃れることも抗うこともできなかったが、濃い闇は先ほどまでの喰らいつこうとするのと違い、アーディルの影に紛れ込もうとする。
そして、闇と影が混じり合う。
アーディルの中に、何か今までとは違う意識が棲みついたような、混ざり合ったような感覚が生まれていた。
・・・
「観念しろ!お前たちは包囲されている!!」
そういって、銀色の胸当に小剣と盾を装備した男がアーディル達が捉えられていた建物になだれ込んでくる。1階からは、怒号と叫び声が聞こえてくる。
「何事だ!」
アーディルを連れてきた男が、優男に怒鳴る。
「知るか!今、いいところだ。今度こそ成功させて見せる。」
優男は、男を鬱陶しそうに睨むと、アーディルに視線を集中しながら、何やら呪文のようなものを唱える。その度に、アーディルの身体が、ビクン・ビクンと反応し、魔法陣がゆっくりと点滅を繰り返す。
「ちっ」
屈強な男は、そう舌打ちをすると、様子を見てくると階上へあがる。
その刹那、男は頭上から仲間であった男が階段の上から、転げ落ちてくるのを避けた。
落ちてきた男の胸には、小剣が深々と刺さっており、瞳孔が開き絶命していた。
「おい、敵襲だ。ずらかるぞ」
革鎧を着た男は、優男に向かって叫ぶ。
「今、大事なところだといっただろう」
白衣の優男は、集中のあまり周りの状況が見えていないのか、冷たい視線でもう一人の男を睨みつける。
「馬鹿野郎!! 今は、成功するかどうかの実験より逃げることが先だろう!!」
そういうと、優男の腕を引っ張る。
「あ!!」
優男が、そう叫んだその瞬間アーディルの身体が一層弾むと、台から落ちた。
アーディルの闇に光が差し込んだ瞬間であるが、それをアーディルが知ることはない。
「そこまでだ!!観念しろ」
1階から数名の銀の鎧を着た男たちが地下に降りてきて、二人の男に剣を向けた。
アーディルは知ることはないが、男達はこの国<ヴィルジラ王国>の第三騎士団「別名:銀の旅団」
の精鋭であった。
革鎧の男が剣で、優男が魔法で応戦するも、二人は明らかに劣勢であった。
・・・
「う・・・。うん」
アーディルは、目の前で男達が戦いを繰り広げている中、目を覚ました。
頭が痛く、意識が朦朧としている。
寝かされていた台の下から、激しい戦いが見える。
自分達を連れてきていた男達が押されているが、相手の正体もわからない。
周りを見渡すと、部屋には入ってきた扉と騎士が出てきた階段へ続く入口、そしてもう一つ扉のない横穴があった。
優男の放つ炎の魔法が、騎士の盾にあたって火の粉が部屋に舞う。
アーディルは、身の危険を本能的に感じたのか、無意識に扉のない横穴へ向かって這っていった。