1.研究施設
酷く、頭が痛い。喉もカラカラだ。
森の中で、少年というにはまだ幼い男の子が倒れこんだ。
「なんでこんなことに・・・」
少年は、焦点が合わなくなってきた眼をさまよわせながらつぶやくと、意識を失った。
・・・
少年の名前は、アーディル。今年で5歳になる。
言葉は話せるが、まだ字もまともに読めないし、自分の生まれた村の名前も知らない。
つい数週間前までは、小さな村でごく普通に元気に暮らしていたのだが、突然現れた野盗に村を襲われ、攫われたのだ。
まだ幼いアーディルには、まだ素直に現実を受け入れることはできなかったが、怒声と叫び声、そして木が炎で焼かれて焦げる臭いだけは、記憶にこびりついている。
それからのことは、アーディルにもよくわからない。
檻のような木箱に入れられて、ひどく揺れる馬車のようなもので運ばれていく。
二度ほど御者が変わったが、その間に差し入れられた食事は、堅い小さなパン1かけとコップ1杯の水が1日2回だけだった。
村にいるときも、決して裕福ではなかったが、流石にひどく腹が減って、最初は泣き叫んでいたが、声も出なくなってしまっていた。
そして、現実を放棄するかのように、思考を停止し、自分の世界に入り込むしか方法がなかった。
・・・
攫われてから、どれだけ時間がたったのだろうか・・・・。
数日のような気もするし、1週間は経過していたかもしれない。
アーディルは、とある建物の牢屋のような場所に閉じ込められていた。
盗賊から非合法の奴隷商人を経て売られたのだが、アーディルにはそのような知識もない。
ただ単に揺れる小さな木の箱から、大きな鉄格子のはめられた石造りの部屋に移されたのだ。
アーディルは、知らなかったが、そこはまさしく牢であった。
部屋には、同じような年頃の子供達が男女あわせて最初は6名ほどいた。
最初はというのは、毎日一人づつが呼び出され、そして帰ってこなかったからだ。
ただ、食事は若干だが改善された。
といっても、堅パンが少し大きくなり、クズ野菜のスープがつくようになった程度ではあったが・・・。
3日ほど経つと、新たに2人ほどの子供が部屋に入れられた。
私語は、殆ど許されなかったが、話を聞く限り皆何らかの理由で売られて来たようだ。
アーディルのように、野盗に襲われた者や、遊びに行っている間に攫われた者、借金のかたに売られた者もいた。
共通しているのは、既に泣き叫ぶこともできないぐらいに、眼が死んでいることであった。
見れば、全身に青あざがある者が多い。
普通であれば、何かあれば泣き叫ぶ年齢である。それが、涙も見せることができない状態となっていた。
「おい。お前、出ろ。」
部屋に入れられて6日目の朝、アーディルは見回りに来た男達に呼び出され、牢から出された。
1人は、屈強な体格をし革鎧と剣を腰に佩いていた。もう一人は、背の高い優男で全身を白い薄手のローブで隠していた。その男達の眼はアーディルにもわかるぐらい、狂気に満ちていた。
アーディルの、背筋に冷たい汗が流れ、ぞっとする。
だが、非力で空腹状態の子供の力では逆らう事は無謀であることは、誰の眼にも明らかだった。
「ついてこい。」
屈強な男がそういうと、アーディルを挟むような形で、ドアを開け扉を二つほどくぐる。
牢のあった部屋は地下のようで、窓などはいっさいなかった。
新しく案内された部屋には、石造りの大きな台座のようなものがあり、床面には複雑な模様が描かれていた。アーディルには知識がなかったが、魔法陣と呼ばれるものであった。
「そこの台の上に寝るんだ」
優男が、指示を出す。
嫌な予感しかしなかったが、それでもそれを拒むことはできなかった。
そして、アーディルが台の上に寝ころんだ瞬間に、アーディルの意識が深い闇の中へと吸い込まれていった。