『AI(あいち)地県』、宣言
「AI地県になろう」
男はこう宣言した。
通りゆく人々を前にして。
AI地、愛知をかけていた。
この思い付きに高揚した彼は、
言葉で『AI地』(あいち)と言っても、
皆には愛知としか思われないことに気づかなかった。
ただ、会社に向かうだろう女性らは、彼を二度見した。
背が高く、シュッとしている。
シュッと言うと大阪風、
ここは愛知なので端正と言ったところだろうか。
その顔立ちは俳優の玉木宏に似ていた。
ちなみに玉木は愛知出身だ。
そんな玉木を愛知県人はちょっと心配している。
超パン好きな女優と結婚して。
食事はどうなっているのだろうかと。
愛知でもいい米は取れるのだが。
「シリコンバレー、
かつてカルフォルニアのサンタクララがシリコンバレーと言われたように、
愛知県をAI、人工知能の一大開発拠点とします。
そしてこれからも愛知の支えてくれるだろう自動車産業、
それから柱となるAI、AIを利用した農林水産業を
愛知の三本柱とします」
もちろん愛知県と言えば、ご存知のようにトヨタ、
でも、農産物の出荷量が多いことあまり知られてない。
東三河のキャベツ、うずらの卵、
西三河のうなぎ、あさり、抹茶。
ここまでなら、よく政治屋が言うただの企業誘致に聞こえるかもしれない。
しかし、彼には秘策があった。
「悲しいことに愛知県はずっとワーストワンが続いています。
それは交通事故で死亡した人の数です。
人口が多く、車の保有台数が多いのは理由になりません」
名古屋市近郊以外では車での移動がほとんどで、
一人一台車を持つのが当たり前になっている。
「そこでAIを利用した交通システムを開発します」
自動運転?
ただ県レベルでできることではない。
「自動車の自動運転ではありません。
自動運転を導入できるのは十数年、いや数十年かかるでしょう」
それに自動運転を導入したからと言って事故が減るとは限らない。
混在している時、制限速度守ってゆっくり走っている車を、
平気で追い越そうとするだろう。
だから、多分正面衝突事故が多くなり、重大事故が多くなるという予想もある。
「AIを利用した道路信号システムを開発します。
それにより交通がスムーズになり、物流を活性化できるでしょう。
でも、それで事故が減るとは思わない、と感じるでしょう。
スピードを出す車が増えるから。
しかし、その時は道路に設置したカメラでスピードを出し過ぎている車を止めます。
進行方向の信号を赤にして。
それによって危険な走行をする車を排除します。
そして信号機に交通レコーダーを設置し、事故を記録します。
それにより事故原因を解明するとともに、再発防止に役立てます。
AIを信号システムに組み込めば、そんなことが可能になるのです」
彼の狙いは、政治屋がよく言う、ふわりとした企業誘致でわなく、
AIを利用した交通システムを開発する企業の募集だった。
愛知を本社とし、10%の資本金を愛知県が出資するのが条件だった。
税収が見込め、そして企業が株を上場すれば開発資金が回収できるというわけだ。
「ただ、そのためには莫大な税金を投入することになるでしょう。
でも、新たな基幹産業を育成することができるのです。
それに、本来失われなくても良い命を救えるのです。
命をお金に換えることはできません」
これが彼の殺し文句だった。
多くの命が救えるのなら、多額の税金を投入しても、
世間もメディアも文句を言えないのだ。
「愛知県を人工知能聖地、AI地県にしましょう」
彼はこう演説を締めくくった。
足を止めてくれた数人に対し、彼は頭を下げた。
深く、深く。
ニヤリとした顔を隠すように。
愛知県知事、彼の野望の第一歩だった。
そういえば、愛知県は知事選真っ最中。
大村知事は母校の先輩なので、頑張って欲しい。
東京大学・・・
ではありません。