第九話
「こんな場所にゴブリンが出てくるとはね。もしかしたら、俺が森から追い出した形なのか……いや、ないな」
優吾は一瞬そう思ったが、最初から森にはゴブリンの気配はなく、よそから来たのだろうと改めて結論づける。
「あ、あの、助けてくれてありがとうございます!」
「ありがとう!」
「あんがとよ」
三人が三人それぞれのいい方で優吾に礼の言葉を述べた。興奮交じりだったり、照れ交じりだったりと性格がよく出ていた。
「あぁ、気にしないで。たまたま帰り道だっただけなんだ」
優吾は謙遜するわけではなく、思ったままのことを口にする。しかし、子どもたちにとっては余裕のある大人という風に見えており、尊敬の眼差しで優吾のことを見ていた。
「兄ちゃんすっげー強いな!」
「さっきのってどうやったんですか?」
「もっかい見せてよ!」
我先にと子どもたちは優吾に詰め寄って質問責めにする。
「ちょっと待って、待ってって! そういっぺんに質問されても答えられないよ!」
困ったように優吾が少し大きめの声でそういうと、子どもたちは一旦落ち着きを見せる。
「順番に説明していくから待ってほしい。……まず強いなって言ってくれたのはありがとう、さっきの最初の蹴りは足の力を強化しておいたからあんな結果になったんだよ。あとの二体を倒したのは魔術。もう一回見せるのは、《氷の矢》――これでいいかい?」
言葉で言うより見せた方が早いと優吾は氷の矢を生み出して、手の上で制止させる。
「すげー……」
「こんなの初めて見た……」
「さ、触っても大丈夫?」
二人は氷の矢を恐る恐る眺め、もう一人は好奇心が勝ち、触ってみたいと思っていた。
「あぁ、これは攻撃用には出してないから触っても凍り付かないようになっている……はずだよ」
最後の一言を付け加えた時の優吾の顔は悪い顔になっていた。
「ぐっ、で、でも触ってみるもん!」
好奇心が一番強い子どもが氷の矢に指先を触れさせる。
「す、すげー。なんかわかんないけどすごい!」
ひんやりと冷たい感触があるものの、何かが起こる気配はない。最初は恐る恐るだったが、こんな風に目の前で魔法や魔術を見たのは初めてであるため非常に興奮していた。
「ずるい! 俺も俺にも触らせて!」
「僕も!」
残りの二人も触ろうとしてきたため、優吾は抵抗せず二人が氷の矢を触るのを優しい眼差しで見ていた。
しばらくして子どもたちが満足すると優吾は氷の矢をしまって、質問に移る。
「それで、なんでこんなことになったんだい? このへんは魔物はあんまりでないと思っていたんだけど」
確認するように優吾に言われて、顔を見合わせた三人は言いづらそうな表情になっていた。
「うーん、言えないなら無理に聞かないけど……まあ、今後は気をつけるように」
いきなり現れた大人にとやかく言われたくないだろうと優吾がそれとなく三人に注意をすると、三人に手を振って森に向かおうとした。すると、服の袖を子供の一人に引っ張られた。
「あ、あの……っ」
首だけ振り返ると、何があったのか話したいが、話しづらい、そんな様子だった。
「……仕方ないね。あそこの木陰で話を聞こうか」
少し離れた場所にある木の下を指し、そこへ移動すると優吾は話を聞くことにする。
ついてきた三人の表情は明るいものではなかったが、それでも誰かに話を聞いてもらえるということで少し胸のつかえがとれているようでもあった。
木の根元あたりに座り込むと、優しい口調を心掛けつつ、優吾は話を振る。
「それで、一体何があったんだい?」
その質問に答えたのは子どもたちの中でも一番体格の良い熊の獣人の子どもだった。
「……僕たちはあの街に住んでいる獣人なんですけど、人族の子どもと喧嘩になっちゃって、獣人なんだから魔物くらい倒して見ろよー、みたいなこと言われて、そこからは、じゃあやってみせる! みたいに熱くなっちゃって……」
そこまで言うと売り言葉に買い言葉になってしまった自分の恥ずかしさを感じたのか、うつむいてしまう。それは他の二人も同じだった。
あの街では差別はほとんどみられないが、子どもたちは純粋であるがゆえに他の種族に対して良くない言葉を口にしてしまうこともあるようだった。
「なるほどね。それでさっきのゴブリンたちに手を出して、反対にやられそうになったってことか……見たところ武器も持っていないようだし、素手で魔物と戦うのは無謀なんじゃないのかな?」
気遣うような優吾のこの質問も彼らの心にぐさりと刺さった。
「うぅ、それも魔物なんか素手で大丈夫だ! ってこいつが調子にのっちゃって……」
こいつ、と指差されたのは狼の獣人の子どもだった。
「ご、ごめんって、俺が悪かったってば……」
危ない目に合ったからか、気まずそうに俯く狼の獣人の子ども。
獣人といえば子どもでも身体能力が高い者もいるが、あくまでも子どもとしてはというレベルであり、魔物と素手で殴りあうのは無茶なことだった。
「まあ、やってしまったことは仕方ないから今後は気を付けるといいよ。それと……そんな安い挑発にのって痛い目を見るのは君たちの自由だけど、親や他の友達が心配することも考えるようにね。今回はたまたま俺が通りかかったからいいけど、次に同じことをやったらどうなるかわからないよ」
優吾の言葉は厳しかったが、表情は柔らかいものだったため、彼らの心にすんなりと入っていった。
「……あ、あの! よかったらその、魔術? ってやつ教えてもらえませんか?」
黙っていたもう一人の猫の獣人の子どもが期待交じりに聞いてくる。
注意したそばからこんなことを言われるとは思っていなかったため、優吾は面を食らう。
「うーん……それで教えてもらったとしてどうするつもりなんだい?」
何か考えがあってのことかもしれないと少し考えてから優吾は質問を返す。
「……今日のことで思い知ったんです。僕たちが弱いってことを……だから、戦える力が欲しいです。僕たち、いつか冒険者になりたいんです! ――死んだ父さんのように……」
彼らは街に住んではいたが、全員が父親を失っており、片親だった。少しでも母親や兄弟を守るための力が欲しいのだろう。
「なるほどね。そんな夢を持っていたのに、蓋をあけてみたらゴブリンにも勝てない。だから、力をつけたいってことかな」
優吾の分析に三人は頷いて、じっと顔を見て来た。
「……ふう、仕方ない。いくつかルールを守ってくれるなら教えてあげてもいいよ」
「ほんと!?」
「やったー!」
「ありがとうございます!」
まだ優吾がルールを言ってないうちから、彼らは三人で無邪気に喜びあっていた。
このあとルールの説明をした時は三人とも真剣な表情になっていた。彼らも本気であることが伝わってくる。
ルール1:魔術を悪用しないこと。自慢のために友達に見せるなども禁止。
ルール2:成人するまでは、実用もしない。命の危機の場合を除く。
ルール3:魔術を教えることは誰にも言わない。家族であっても秘密にする。
これが優吾と三人の間で交わされた三つのルールだった。
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