第六話
冒険者ギルドの前までついたところで、優吾はリーネリアへと深々と頭を下げる。
「救ってもらったばかりか、わざわざ案内までしてくれてありがとう」
突然頭を下げた優吾にリーネリアは驚いて手のひらを大きく横に振っていた。
「わ、わわわ、そ、そんなにかしこまらないで下さい。私のほうこそさっき助けてもらったばかりなんですからお互い様ですよ?」
年上の優吾が頭を深く下げたことで、リーネリアは戸惑いながら言葉を返す。
「そう言ってくれると助かるけど、大したことはしていないからね。命を助けてもらった恩に関しては次の機会にまた返させてもらうことにするよ」
優吾の言葉にリーネリアは苦笑しながら頷く。次の機会があるかどうかわからないため、優吾が上手いこと言葉を選んでくれたのだと思ったための反応だった。
「それじゃ、私は薬草を売りに行きますので失礼しますね」
よく買取をしてもらっている錬金術の店があるらしく、彼女は挨拶を済ませると手を振ってそちらへと向かって行った。
彼女を見送ったのち、優吾は改めて冒険者ギルドに視線を移す。
「入るか……」
案内してもらった冒険者ギルドにはトレードマークである、二本の剣が交わった後ろに盾が描かれている看板が飾ってあり、今の時代でもそれなりに冒険者ギルドは盛んなようで、たくさんの冒険者が出入りしていた。
優吾が建物に入り周囲を確認すると、中には受付でやりとりをしている冒険者や壁の依頼掲示板を眺めている冒険者がいた。
それに倣うように優吾も掲示板を眺めていく。だがそれはフリであり、目的は周囲の冒険者たちの会話を聞いて情報を収集することだった。
気付かれないように風の魔術を使うことで周囲の声を拾っていく。
「次の依頼はどれにしようかな」
「Aランクの依頼はっと……」
「今度はもう少し上の依頼を受けてみようか」
どうやら隣で掲示板を眺めているのは話から察するに冒険者ランクがAのパーティのようだった。
他には受け付けで依頼の完了報告をしている冒険者がいる。彼はBランク冒険者であるとのこと。
「これが今の冒険者なのか……」
あることに気づいて呆然としながら驚いた優吾は呆然とそう呟くと、何もすることなく足早にギルドを出た。
少し離れてひと気がない路地へ入ると、我慢できないといった様子でぷるぷると震えだした優吾はここまで溜めていた言葉を吐き出す。
「――レベルが低すぎるうううううっ!!」
その叫び声は大きく、離れた場所を歩いている通行人たちをぎょっと驚かせて一斉に振り向かせるほどだった。だがそれほどに三百年前と比べて今の冒険者たちの力量は低いものだったのだ。
「これじゃあ、冒険者ギルドに登録しても面倒ごとに巻き込まれるだけなのは目に見えてるね」
優吾は冒険者の実力の低さに落胆し、更には聞こえて来た情報によると、指名依頼のルールが厳しいものになってるらしいことも冒険者ギルドで何もせずに出てきた大きな理由の一つだった。
「指名依頼を断ることは余程の理由がない限りできないっていうのはなあ……」
路地から出て来た優吾は最もひっかかった点を口にしながら別のギルドに向かって行く。
「錬金術師ギルドはやれないこともないけど、今の技術レベルがわからないからやめておくとして……あとは商人ギルドか生産ギルドかな」
悩みながらぶつぶつと呟く優吾が周囲を見渡すとちょうど視界の先に商人ギルドがあった。
「よし、商人ギルドにしよう!」
探そうと思って最初に見つけたギルドだから――それだけの理由で優吾は商人ギルドへと入って行く。
「いらっしゃいませ~」
少し間延びした声で女性の受付が優吾を迎える。彼女は肩まで伸びたブラウンの髪をゆらし、ぽやっとした笑顔を彼に送った。
「あ、あぁ、どうも。その、商人ギルドに登録をしようと思って来たのですが……」
優吾はゆらゆらと不規則ささえ感じる彼女の雰囲気に戸惑いながら用件を伝える。
「あ~、登録ですね~。わかりました~、こちらの書類に記入をお願いします~。それから、登録手数料が金貨一枚になります~」
ゆったりした口調の中から情報を拾いながら書類を受け取った優吾だったが、料金を聞いて驚いた。
「き、金貨一枚!? そ、そんなに高いのですか?」
「はい~、売買権などが付与されますのである程度の資金がないと登録許可を出すことができないのですよ~」
ゆったりとした喋り方だったが、優吾は彼女の目の奥に鋭さを感じ取っていた。
「な、なるほど……それじゃあ、これでよろしくお願いします」
戸惑いながらも優吾は必要事項を記入して、書類の上に金貨一枚を置いて彼女に差し出す。
「……えっ!? え~っと、はい金貨一枚お預かりしますね~。書類も……大丈夫そうですね~。それでは登録処理をしますので少々お待ち下さい~」
金額に驚いていた優吾があっさりと金貨一枚を出してきたため、受付嬢は一瞬驚いてしまった。しかし、すぐに平静を取り戻して登録の手続きを始めていく。
必要事項の転写、そしてカードの発行を魔道具で行っていく。
しばらく待っているとその作業が完了し、商人ギルドカードが出来上がった。
「お待たせしました~。ユーゴ様、こちらがギルドのカードです~。紛失した場合には再発行で、再度金貨一枚頂くことになりますのでご注意を~」
無事に作業が進んだことに安堵しながら優吾はカードを受け取ると、ポケットにしまった。
「あ~、そういえば~商人ギルドについて詳しい説明がまだでしたね~」
通常は登録前に説明されるものだが、彼女はそれを忘れていたためここにきて説明を始めようとする。
「いや、ギルドについての話はおおよそ知っているので大丈夫です」
昔の知識、そしてダンテとしての知識の中に商人ギルドの情報があるため、苦笑交じりで優吾は彼女の説明を断った。
「わかりました~、それでは良い商人ライフをお送り下さい~」
ヒラヒラと手を振る受付嬢に見送られた優吾はギルドをあとにした。
商人ギルドに登録していれば、建物を用意できれば店の開業をすることができる。また、他の店などへ品物の卸をすることも許可されていた。
「少し簡単な商売をして金を貯めるのも悪くないよね……」
物を売買して金を稼ぐのは冒険者として悪目立ちするよりリスクが少ないと考えている。ただし、優吾に用意できるものは限られているので、どのあたりを攻めるかはよく考える必要がある。
「まずは、住むところを見つけないと」
それは切実な問題だった。宿にしばらく泊まるというのも手の一つではあったが、色々と試したいことがあるため、できればひとけの少ない場所が望ましかった。
「少し、この周辺の情報集めでもするか……酒場はどこかな?」
知識的な情報を集めるのであれば図書館や本屋に、それ以外に地域の情報であれば実際に住んでいる人間から得るのが一番だと考え、口が軽くなる酒場へと向かうことにする。
この街は中央の広場を中心に栄えている街であるため、酒場を見つけるもの簡単だった。広場からそれぞれの道を眺めていくと、エールのイラストの描かれた看板を発見する。
「あそこか……」
時間はまだ早いが店に入って行く客の姿が見えたため優吾も向かうことにする。
カランカランと扉をあけた際にベルがなる。
カウンターの向こうにいるマスターらしき男、そして給仕をしているウェイトレスの視線が優吾に向いた。
「えーっと、一人なんですが……」
「空いているのはカウンター席だけですけど、よろしいですか?」
テーブル席は昼間だというのに埋まっていたため、優吾は空いているカウンター席へと案内された。
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