第四話
翌朝
「それじゃあ行きましょうか」
家の施錠を終えて振り返ったリーネリアは優しい声音で優吾に声をかける。
「あぁ、それじゃ案内頼むよ」
昨晩話したとおり、リーネリアは街までの案内を買って出てくれたため、一緒に街まで向かうこととなる。
用事があると言っていたように、彼女は谷でしか採取できない薬草などを詰めたバッグを肩からかけていた。
「それは街で売るのかい?」
「はい、このあたりでしか採れないものなので、結構いい値段で買い取ってくれるんですよ」
街まで向かう道中では、普段どんなものを売りに行くのか、足らないものはどうしているのかなどなどリーネリアの日常に関する話題がほとんどだった。
長いこと一人で暮らしているリーネリアからすれば、砕けて話ができる相手ができたことを喜んでおり、優吾にしてみれば土地勘のない場所で案内についてくれるのが、心を許し始めている女性であることは安心に繋がっていた。
家から街まではそう遠くない距離であり、完調した優吾と獣人のリーネリアの足であれば数時間ほどで到着することができる。
その間、優吾は探知魔術を使って周囲の魔物の気配を探っていた。しかし、ほとんど魔物の気配を見つけることはできなかった。
魔術による優吾の感知範囲は広く、今は十キロの範囲を調べていたが、この範囲で一匹も魔物がいないというのは平和になった今であっても異様なことだった。
結局、街に辿りつくまでの間、優吾は魔物の気配を感じることなく到着する。
「……うーん?」
「どうかしたかい?」
無事に街に着いたというのに、なぜかリーネリアが不思議そうに首を傾げていた。
「なんか……ここまで来るのに、魔物の姿を一匹もみなかったなと思いまして」
「なるほど、リーネリアも同じことを思っていたんだね。俺も同じことを考えていたところだよ……やはりこの辺りはもう少し魔物が出るのが普通なのか」
優吾は疑問に思っていたことをリーネリアが感じていたことに、何かがおかしいことを確信する。
「まあ、こういうこともあるのですかね……長い間このあたりに住んでいますが、ここまで静かなのも珍しいことなんですが……」
リーネリアは納得がいっていないようだったが、それでもなんとか自分に言い聞かせているようだった。原因がわからない自分の疑問を考えるために時間を使わせたくないと思ったためだった。
「そうだね、理由を見つけるには少し情報が足らないかな」
これ以上考えていても仕方ないというリーネリアの考えに優吾は賛成する。
「……街に入りましょうか。――すいません、街に入りたいのですが」
表情をいつものものに戻したリーネリアが衛兵に話しかける。
「これは、リーネリアさん。素材の販売ですね、どうぞお通り下さい。……そちらはお連れの方でしょうか? 初めての方ですので身分証の提示をお願いします」
元々優吾はダンテとしての身分証を持ってはいたが、崖から落ちた際にどこかに落としていた。そもそもこれからはダンテではなく、優吾として生きていくことを決めた彼には新しい身分証が必要だった。
「実は……ここに来る前に少々事故にあってしまいまして、持ち物のほとんどを失ってしまったんです。幸い身体だけは丈夫だったのとリーネリアさんの助けがあったので、なんとか街までたどり着くことができたのですけど……」
そのため、優吾は少し困ったような表情で衛兵に事情を話した。
「なるほど、それはお困りでしょうね。なんとかしてあげたいのはやまやまなのですが、入場には身分証の提示、もしくは銀貨一枚の提示をお願いしているのです」
「いえ、お気持ちだけ受け取っておきます。こちらをお納め下さい」
話を信じて申し訳なさそうに言う衛兵だったが、優吾は気にしていないというように首を振って銀貨をポケットから取り出して手渡した。
「銀貨一枚確認しました。それではお通り下さい。身分証を作成されたら三日以内にこちらに立ち寄って頂ければ先ほどの銀貨はお返ししますので」
「ありがとうございます、それでは失礼します」
堅苦しいやり取りを終えると優吾は街の中に入って行く。特に金に困っていないし銀貨は回収しなくていいだろうと考えていた。
街は優吾がダンテとして利用していた商業都市よりは大きくはないが、人がそれなりに行き交うところのようだった。必要な施設はあらかた揃っているとリーネリアが教えてくれた。
「街で身分証を作るとなると、冒険者ギルド、商人ギルド、生産者ギルド、あとは錬金術師ギルドあたりでしょうかね」
隣を歩くリーネリアがピックアップするそれらは優吾も考えていたものだった。
「一番簡単なのは冒険者ギルドか……とりあえず行ってみようかな」
「それじゃあ、ギルドまで案内しますね。知り合いの薬草屋さんに行かないとなので、そこでお別れです」
リーネリアの申し出をここに来て断ることもないかと優吾は頷いた。
しばらく進んで行くと優吾とリーネリアは冒険者ギルドに到着する。しかし、ここで思っていなかったトラブルに巻き込まれることとなった。
「おーいおい、なんでこんな往来を獣が歩いているんだ?」
「あぁ、獣くせーなぁ!」
わざとらしく嫌そうな顔をした二人組の男が優吾とリーネリアの行く手を阻んでいた。
「……なんですか、君たちは?」
優吾は落ち着いた様子で二人組に質問をする。もちろん何が目的なのかはわかっていたが、過剰に反応すると相手を喜ばせると考えていた。
「ああん? おめーこそなにもんだよ、くっせー獣なんかつれやがって! さっさと街から出て行きやがれ!」
どこまでも冷静な優吾の様子にイラついた男が恫喝してくる。
「そうだそうだ! 獣がどうどうと街中を歩いてるんじゃねーよ!」
他種族に対する差別、特に獣人に対する差別は人族の国では良く見られる光景だった。臭いものを見るように鼻をつまむ素振りをしながら片手でしっしっと追い出す仕草をする。
しかし、この街ではそういったことは比較的少ないため、リーネリアも安心して通うことができていた。たまにこういった輩に出くわす以外は。
優吾は背中に隠れて悲しげに顔をゆがめて身体を小さくしているリーネリアを見て、以前から感じていた差別に対するもやもやとした感情もあいまって、ふつふつと怒りが沸いてきていた。
「君たち……ちょっと鬱陶しいね」
ぼそりと呟かれたその言葉をきっかけに、リーネリアだけでなく遠巻きに見ている者も優吾の気配の変化を感じ取っていた。
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