第三話
家の中に入ると、優吾は座って休んでいるようにリーネリアに言われる。
「ふーふふーん♪」
そんな彼女はいま楽しそうに鼻歌を歌いながら料理を作っていた。
リーネリアにとって助けた優吾が無事目覚めたことは嬉しいことだった。それに獣人であることを知っても優吾が顔色一つ変えなかった。それらも理由ではあったが、彼女の機嫌がいい一番の理由は人のために料理を作れることだった。
「――色々情報を聞けるといいんだけど……」
優吾は料理をしているリーネリアの鼻歌を聞きながらぼそりと呟き、そっと過去の自分のことを思い出していた。日本人として平和な世界を生きていた頃、勇者パーティで賢者として命を懸けて戦っていた頃の事。
「……ユーゴさん、ユーゴさん!」
そんなことを思い出している内にいつの間にか眠っていたらしく、優吾は身体を揺すられていることに気づく。
「ん……? あぁ、リーネリアさんか。申し訳ない、眠っていたみたいです」
「ごめんなさい、ゆっくり寝かせてあげたかったんですけど料理が冷めてしまいますし、何より身体が痛くなってしまいます……」
へにゃりと耳と尻尾を垂らしたリーネリアは申し訳なさそうな表情で優吾を起こしていた。
「いや、ありがとうございます。せっかく作ってくれていたのに、失礼をしました」
「いえいえ、お気になさらず。とりあえず食事にしましょう!」
テーブルの上には既にいくつかの美味しそうに湯気がたつ料理が並べられていた。
「残りも持ってきますね。ユーゴさんは座っていて下さい」
てきぱきとリーネリアがスープや残りの料理を運び、気づけばテーブルの上は料理でいっぱいになる。
「助けてもらっただけでなく、色々と世話になって申し訳ないです」
「もー、だから気にしないで下さい。それと、ユーゴさんのほうが年上なんですから敬語もやめて下さい!」
恩人に対して敬意を払っていた優吾だったが、当の本人である彼女からこう言われてはと口調を少し改めることにする。
「あー、それじゃあこんな感じかな? 最近は長年の付き合いがある人としか話さなかったので、恩人である君に対してどう話していいか悩んでいてね」
どことなくぎこちなさを残した口調でユーゴは苦笑いしながら言った。
「うん、それでいいです。それじゃ、ご飯を食べましょう」
「それでは、いただきます」
両手を合わせたユーゴが食事の挨拶をしていると、それを疑問に思ったリーネリアが首を傾げていた。
「ん? あぁ、そうだった。こっちじゃ言わないんだったね……いまのは食べ物やそれを作ってくれた人に感謝していただきますっていう俺が昔住んでいた場所の風習みたいなもんなんだよ」
それを聞いたリーネリアはなるほどと笑顔で頷いた。
「それはとてもいい風習ですね。それでは、私も真似させてもらいます。いただきます……で、あってますよね?」
どこかぎこちなさはあるものの、彼女の挨拶は微笑ましいものだった。
「うん、あっているよ。いい挨拶だ。それじゃ、今度こそ食べようか」
優吾はリーネリアが用意してくれた料理に手をつけていく。
彼女が作ってくれたのは、このあたりの一般的な料理だった。だが仕込みをしっかりとしているようで、普通に家庭で食べられる料理を一枚も二枚も上回っていた。
「美味い!」
同じ料理を優吾は食べたことがあったが、この料理の味はそれらと同じものだとは思えなかった。
「これは……ゴーダ肉の煮込みでいいんだよね……?」
あまりの美味しさに自分の記憶している料理名とは違うのでないかと改めて確認する。
「え、えぇ、そうですが……何か変ですか?」
「――変なんてものじゃない! どうやったらこれ程の味が出るかわからないんだ! 俺がこれまでに食べたものは目の前のこの煮込みに比べたら、ゴミみたいなもんだよ!」
そのゴミと呼ばれた料理は優吾が自分で作ったものだった。両親を亡くし、一人で暮らす期間が長かった彼は一応という前置きがつくが自炊をしていた。
しかし、彼女の料理を食べては到底自分の料理を食べられる気がしなかった。
「そ、そんなにですか? うーん、いつもとおりの作り方なんですが……」
「いいや、全然違う。まず、臭みがない。この肉は独特の強い臭いがあるはずだ、それがこの料理からは感じられない。次に硬さ。この肉は筋張っていてなかなか噛み切れないもののはずなのに……ほら、ね?」
感動交じりに語りだした優吾はスプーンで肉に切れ込みをいれていく。すっとほどけるようにほぐれた身は柔らかさをこれでもかと主張している。
「は、はい、確かにそうですね。ですけど、こういうものなんですが……」
優吾の剣幕にリーネリアは気圧されて目をぱちくりとさせて困惑している。
「あぁ、いや、すまない。あまりの美味しさに興奮してしまったんだ……落ち着かなきゃね。俺も何度かこの料理を作ったことがあるんだが、さっき言ったように美味しいとはお世辞にも言えないものしかできなかったんだ。同じ料理なのにここまで違うことについ驚いてしまったよ」
それを聞いたリーネリアは口元に手をやりながらくすりと笑う。
「ふふっ、確かにこのお肉にはユーゴさんが言うような特徴があるので、少し手間を加えるんですよ。お酒とスパイスと一緒に数日つけておくんです。そうしてその間出てくるアクや脂肪を適宜取り除いていきます。それだけで臭いが取れて、お肉も柔らかくなるんですっ」
彼女が当たり前のように語るそれらはなかなか知られていないことだった。
「そんなことが……確かに料理はひと手間加えるのが大事だと何かの番組で見たことが……リーネリアはすごいな。こんなに美味い料理を食べたのは久しぶりだ! 口に含んだ瞬間とろけるようにほろほろほどけていく肉、そして内からあふれる肉汁。最高だ!」
実際に優吾がダンテだった頃に、仕入れで寄った街で食事をすることがあったがそのどれよりもリーネリアの料理は上だった。
「そう、ですか? えへへ……なんか照れますね。母が料理が得意な人で、色々な料理や仕込みのやり方を教えてもらったんですよ。懐かしいな……」
そう言ってリーネリアは懐かしむようにどこか遠くを見つめるような目をする。
「そうか……まあ、美味いものを食べられるんだからありがたいことだよ。――話は変わるが、川を流れて来たもので、ここがどの辺りなのかわからないから周辺のことを教えてくれると助かるな」
悲しげな彼女に困惑した優吾は少々強引だったが話を逸らした。
「あっ、はい! この家から少し西に向かった場所に街があるんですよ。買い物なんかはそこでしていてですね、色々買取もしてくれるので助かっています。このあたりの薬草はいい値段で買い取ってもらえるんですよ!」
はっと我に返ったリーネリアは優吾の質問に答え、表情も元の柔らかいものへと戻っていた。
「なるほど、だったらまずはその街に行ってみることにしようかな」
「だったら、私がご案内しますよ!」
優吾がそう言うと、リーネリアは案内を買って出てくれる。
「いや、そこまでしてもらうのは申し訳ないような……」
優吾が遠慮すると、リーネリアはゆっくりと首を横に振ると笑顔で言う。
「私も街に用事があるんです」
「そう、か……わかった、それじゃあ案内よろしくお願いします」
それが本当なのか、方便なのかわからなかったが、彼女にそう言われては断れないと優吾は苦笑いで受け入れることにした。それを受けてリーネリアは満足そうに頷いていた。
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