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第二話




「これで落ち着いて記憶の整理ができるよ」

 雨が降り続けていたがすっかり濡れていた優吾は気にも留めず、氷の茨で冷えた空気が漂う中、思い出したことを口に出して整理していく。

「名前は白木優吾――地球から転移してきて覚えた魔術を駆使して賢者と呼ばれるようになる。その後、勇者たちとともに挑んだ魔王との戦いで命を失う。だがその功績が神に認められて転生することとなった。そして、先ほど記憶を取り戻した……改めて口にすると、そうだったと思えるもんだね」


 細かいことを省いて今に繋がることを思い出すようにあげると、すらすらと出てくるそれが自分の記憶であったと確信を持てるようになっていく。


「こうなったからには武器屋を続けるというのもなぁ……金だけ持っていこうか」

 ダンテこと優吾はこれまで何かが違うと思いながらも、特にやりたいこともなかったため、亡くなった両親のあとを継いで武器屋を営んでいた。どうやらその違和感の正体がこの記憶だったようだ。


「……ダンテとしての人生を捨てて、優吾として生きようか」

 前世の記憶を取り戻したことで、両親の呪縛から解き放たれ、満ち足りた清々しい気分の優吾。これは新たな人生を生きるチャンスだと考えている。


「上の道に戻らず下を行こう……こいつには悪いことをしたね。弔ってやらないと……」

 優吾は世話になった馬の傍まで行くと土魔術で穴を掘り、そこに馬を埋める。

「ちゃんとした墓が作れなくてすまない……せめてこれを墓標代わりに」

 馬車に積んであった武器の中から一本持ってきて、それを地面に突き刺した。そして感謝の気持ちを込めて祈るように目を閉じる。


「――エル、今までありがとう。そして、さようなら。ダンテ」

 墓標である剣に刻まれた名前は二つ、馬の名前であるエル。そして、自分の名前であるダンテだった。エルとともに優吾は伸びた自分の髪の毛を切ると穴の中に埋めた。

 そうして墓が出来上がった頃にはあれだけ激しかった雨も次第に弱くなってきていた。


 今までの自分に別れを告げた優吾は崖の下、川沿いの道を下っていく。

「この道がどこに繋がっているんだろう? ……これも楽しみの一つと思うことにしようか」

 元の街に戻ればきっとダンテとしての自分を知っている者から怪しく見られてしまう。それならばと心機一転、全く別の街を目指していくことにする。


 優吾は普段よりすっきりとした表情で山道を進んで行った。






 だがしばらく歩いたところで、優吾はふと自分の息が荒くなっていることを自覚する。

「はあはあ、これは、どういうこと、なん、だ……」

 さほど長い時間は歩いていなかったのに、自分の身体が異常をきたしている。体力も戻ったはずなのに徐々に息苦しささえ感じるほどに呼吸が乱れ、それに合わせるように身体が熱を帯びてきて、挙句めまいもする。


「これは……魔力中毒の症状かな……」

 通常、空気中の魔力粒子が高い場所に長時間いるとなるものだが、優吾の場合は記憶が蘇ったと同時に一瞬で魔力が戻ってきた。

 このことが歩き続けた身体に負担をかけ、急性的な魔力中毒の症状が現れてしまった。


「だめ……だ……」

 ふらふらと歩いていた優吾はとうとう意識を失い、近くにあった川の中に落ちてしまう。どぼんと大きく音を立ててその身体は力なく水に沈む。


 大雨の影響でその流れは強く、そのまま優吾は川下へとどんどん流されていった。




 ★




「――うわっ! はぁはぁ……ゆ、夢か」

 飛び起きるように体を起こした優吾は昔の記憶を夢として見ていた。声をあげて起きる前は自分が死ぬ瞬間の夢だった。死ぬというのは経験しても慣れるものではなく、嫌な汗がじっとりとにじんでいた。


「……ここは? 川に落ちたとこまでは覚えてるけど……」

 しかし、今はベッドの上におり、流されている間に負ったであろう傷の手当てもされている。


「誰かが助けてくれたのかな?」

 人がいればとわざと声を出しながら確認をするが、その言葉に対する返答は聞こえてこない。

「……家の中には誰もいない、か。だったら外か」

 ならばと優吾は風の魔術を使い、外の気配を探っていく。窓が開いていない部屋の中であるにもかかわらず、ふわりと柔らかな風が一瞬ふいたかのように彼の髪を撫でた。


「いた……挨拶をしておくかな」

 誰かがしてくれた手当と落ち着いたところで睡眠をとれたおかげか、優吾の傷はほとんど治っており、立ち上がっても問題はなかった。

 

 ゆっくりとベッドから降りたところで伸びをすると、凝り固まった身体がパキパキと音を立てる。まるで何日も身体を動かさずにいたかのようだった。


「うーん、さび付いた機械みたいな感じだ。身体を動かすのがちょっと重い」

 思うように動かない自分の身体に不満を漏らしながらも歩き出し、外へ繋がるであろう扉を開けた。

「ふっふふーん」

 すると雨上がり独特の匂いとともに風に乗って楽しげな鼻歌が聞こえてきた。


 外に出ようとしたところでふと玄関と思しきところに置いてあった鏡が目に入った。

「ん? ……あれ? これ、は……」

 優吾は鏡を見て言葉を失った。自身の髪と目の色が変化していたからだ。


 元々は黒に近い茶色の髪、そしてやや茶色がかった黒い目だったが、今の優吾は色素が抜けそこに魔力を帯びた銀髪で目の色も緑みがかっていた。


「急性の魔力中毒の影響か……まぁいいか」

 最初は驚いた優吾だったが、恐らくの原因がわかると納得していた。


 気を取り直した優吾は外へ出ると、温かくもしっかりと照らしつける日の光に目を細める。徐々に目が慣れてきたところで、鼻歌の主に視線を送った。


「あっ、起きたんですね! よかった、なかなか目を覚まさないから心配したんですよ。でも、お元気そうでよかったです!」

 洗濯を干していたのかふとこちらへ振り返って柔らかく微笑みかけてきたのは、愛らしい獣人の少女だった。女性というには若く見える。

 そして、優吾の記憶にあるどの獣人とも異なる特徴を彼女は持っていた。


「あっ、自己紹介しましょう。私の名前はリーネリアと言います、歳は十五歳です。見てのとおり獣人で、種族は白虎と狐のハーフなんです。よろしくお願いしますねっ」

 どこか誇らし気な様子で彼女は答える。

 耳には白虎の特徴である白と黒の縞模様があり、尻尾は狐のそれだった。二つの種類の獣人の特徴を持っていることに優吾は納得した。


「え、えっと、助けてもらったみたいでありがとうございます。俺の名前は優吾です。見てのとおり人族で三十六歳です」

 リーネリアのペースに押され、優吾も簡単な自己紹介を返した。


「ユーゴさんですね。ふふっ、いいんですよ。困った時はお互い様です。でも、川をぷかぷか流れてきた時はさすがに驚きましたよ」

 屈託のない笑顔で言う彼女に優吾は思わず見惚れてしまう。


「どうかしましたか?まだどこか痛みますか……?」

「あぁ、いや、えっと、俺はどれくらい寝ていたんでしょうか?」

 きょとんと小首を傾げるリーネリアに優吾は誤魔化すように慌てて質問を返した。


「そうですねえ……丸二日といったところでしょうか」

「二日も!」

 彼女の答えに優吾は心底驚いた。急に意識を失ったものの、まさかそんなに長い間意識を失っていたとは思ってもいなかったからだ。


「私も心配しましたよ。もしかしたらこのまま目覚めないんじゃないかって……でも、元気そうでよかったです。そうだ、食事を作りますね。起きたばかりだから身体に負担の少ないものがいいですね。待っていて下さい!」

 ほっとしたように笑顔を見せたかと思えば、ぱっと身をひるがえしてリーネリアは家の中に入ると食事の準備を始めていく。


「……俺を見つけたのが彼女でよかった」

 くるくると表情を変える彼女を優しい眼差しで見送った優吾は家の扉が閉まったのを見ると、一度ゆっくりと天を仰ぎ、そして雰囲気を一変させると周囲を見渡す。


「彼女の家以外の建物はこのあたりにはないのか……人の気配もないようだ」

 見える範囲には他に家はなく、風魔術で周囲を探索するが、半径五百メートルの範囲には優吾とリーネリア以外に人の気配はなかった。


「わけあり、なんだろうね。あんまり深く聞かないほうがいいかもしれない」

 色々と思うところはあったが、それでもリーネリアは命の恩人であるため、彼女が不快になることは避けようと考えて彼女のあとを追って家の中に入って行った。


お読みいただきありがとうございます。

よろしくお願いします。

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