第十八話
優吾は森にある家に戻ってポーション作成にとりかかる。
ここでの作業も慣れたもので、手際よくポーションを作成していった。数にしてニ十本。
「ふう、こんなものかな」
これ以上作ることも可能だったが、大量に作ってしまうと街に流通するポーションのバランスが崩れてしまうため、この数にとどめておく。
すぐに持っていくことも可能だったが、恐らくは今のつくり方の場合、ここまで早く作ることはできないと予想する。
「ま、明日持っていくのでいいよね。――なんかここ最近色々あったなあ……」
記憶を取り戻してから今日までのことを優吾は思い浮かべていた。山賊を倒したこと、倒れたこと、リーネリアに助けられたこと、街で絡まれたこと、森に家を作ったこと、弟子ができたこと、街が襲われたこと……。
そこまで思い出したところで、優吾は何かに気づく。
「そういえば、あのあとリーネリアと話してない……?」
自分の実力の一端を完全に見られてしまった相手、そして自分の命の恩人。
「彼女にはある程度の真実を話したほうがいいよね」
下手に隠したほうが不信感を持たせてしまう。そして、あれだけの力を持っていることを言いふらされた場合のリスクを考えて、優吾は立ち上がるとリーネリアの家に向かうことにした。
リーネリアの家が見えるところまでやってくると、ちょうど彼女も外に出て作業をしようとしていたらしくその姿を見つけることができた。
「――おーい!」
まだ距離はあったが、優吾は手を挙げてリーネリアへと声をかける。
「あっ! ユーゴさん!」
彼の存在に気づいて振り返った彼女も優吾に戦いの礼を言いたいと思っていたため、やっと会うことができたと笑顔になっていた。
家の前まで到着すると優吾は改めてリーネリアに声をかける。
「この間は何も説明しないで悪かったね」
「いえいえ! 街を救ってもらったのに、何もかも話せというほうが傲慢です!」
否定するように首を横に振ったリーネリアはあれから優吾がなぜ何も言わなかったのかを考え、あれだけの力があることをおいそれと人に漏らすのは危険を伴うと判断していた。
「そのことだけど、リーネリアには少し話しておければと思ってね」
「……わかりました。中に入って下さい」
優吾の顔に真剣さが強く映っていることに気づいたリーネリアは家の中で落ち着いて話をしようと、彼のことを招き入れる。
外で話していて、誰かに聞こえる危険性を考慮したためだった。
「お茶を出しますので、少し待っていて下さい」
「ありがとう」
穏やかな笑みを浮かべたリーネリアは来客である優吾のために、そして自分も一息ついて落ち着くためにお茶と茶請けを用意する。
「どうぞ」
出されたのは、一般的なお茶とドライフルーツだった。
「……うん、美味しいね。こっちのフルーツもいい味だよ」
ゆっくりと温かいお茶に口を付けた優吾は素直な感想を口にする。
「ありがとうございます。お口にあったようでよかったです……それで、その」
本来なら優吾から話し始めるべき話題だったが、このままのんびり過ごしてしまいそうな雰囲気にリーネリアから話を促した。
「そうだったね、お茶を飲むために来たんじゃなかった。……それじゃあ、この間の戦いの件について、それも含めて俺についての話をすることにするよ」
彼女といて穏やかな気持ちになっていたことに気づいた優吾は苦笑交じりに口を開く。
そもそもなんで優吾が川を流れてきたのか。そこから彼は話を始めた。
「――俺の名前はダンテ、それがこの身体の本名なんだよ」
手を胸のあたりにあてながら優吾が切り出す。まず最初の説明からしてリーネリアにとってはチンプンカンプンだった。優吾だと名乗った相手が実はダンテだったというのだから。
「まあ、おいおいわかると思うからそういうものだと思ってほしい。続けるよ? ……俺はダンテとしてこの三十二年間を武器屋として生きてきたんだ」
ここで優吾は一息つくようにお茶を一口すする。そうして下ろした温かいマグカップを包み込むように持つと再び口を開いた。
「あの日、リーネリアに助けられる前……山では雨が降っていたんだ」
ずいぶん前のようのことに感じられるあの時の出来事を脳裏に思い浮かべながらゆったりとした口調で語る優吾。
自分が山で山賊に襲われたこと、馬車が崖から落ちたこと、その衝撃で三百年前の記憶を取り戻したこと、そして魔力酔いで河に落ちて流されたこと。その結果、リーネリアに助けられたこと。
優吾はそれらを順番に話していく。
「信じられないかもしれないけど……」
「――すごいです!」
話がひと段落したところで優吾が信じられなくても仕方ないと言おうとしたが、それを言い終える前にリーネリアが感激したように言葉をかぶせてきた。
「……へ?」
「ユーゴさんすごいです! あの伝説の勇者様のパーティメンバーだったんですね!」
三百年前の勇者と魔王の戦いは子ども言い聞かせる物語にもなっており、知らない者はいないほどだった。その有名な人物が目の前にいるのだと彼女は感激に打ち震えていた。
「あ、いや、その信じるのかい……?」
傍から見たら突拍子もない優吾の話に、あまりにも素直に賛辞を贈るリーネリア。あっさりと信じた彼女に優吾は戸惑っていた。
「そりゃ信じますよ! だって、あんなにすごいの見せられたんですから!」
リーネリアは街の防衛戦を思い出して、思わず立ち上がるほどの熱い思いを優吾にぶつける。
「は、はい……そうだよね、アレを見られたと思えばそれも自然な流れか。まあ、そういうわけであれだけの力を持っているんだ。今回は緊急事態だったから、大技を使ったけど……ちょっとやり過ぎたね」
彼女の自信満々な様子に圧倒された優吾は苦笑して頬を掻いていた。
「ふふっ、そういうところを見るとあんなすごいことをする人には見えないんですけどね」
そう言ってリーネリアは優吾につられるようにクスクスと柔らかい笑みを浮かべた。
「ははっ、全くだよね。まあ、そういうわけなんだけど、全部話したあとでずるいことを言うけど……」
「はい、黙っています」
優吾が何を言おうとしているのか察しがついていたリーネリアは真剣な表情で先手をうって返事をする。
「……えっ? いいのかい?」
「もちろんです! 街で絡まれた時にも、街が魔物に襲われた時も優吾さんに助けてもらいました。そんな命の恩人が秘密にしてほしいというという言葉を裏切るなんてことできませんから!」
頼りがいのある雰囲気で大きく頷いたリーネリアにとって、優吾は命の恩人という位置づけになっているようだった。
「うーん、命の恩人はリーネリアのほうなんだけどなあ。まあ、黙っていてくれるならいいかな……」
「それよりも、少し早いですが夕食にしませんか? 今日はいいお肉が買ってあるんですよ!」
何事もなかったかのように立ち上がったリーネリアが笑顔で提案してくる。以前、彼女が作った料理も肉料理であったことを優吾は思い出していた。
「やっぱり虎の血が……」
「ち、違います! 今日はたまたまお肉だっただけなんです! 昨日はお魚でしたし、お野菜もちゃんと食べてますから!」
ドキドキとした表情の優吾の指摘にリーネリアは慌てて訂正していた。
それから二人は談笑しながら、夕食を作っていく。優吾も手伝いを申し出たが、厨房はリーネリアの聖域であるとの宣言によって、ただただ大人しく待つことになった。
どんな力や境遇を持っている自分を温かく包み込むように受け入れてくれたリーネリアの後姿を遠目に見ながら、優吾はこれまでに感じたことのない安心感を胸に抱いていた。
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