第十七話
それからしばらくの間話を聞いたあと、優吾は三人を街に送ってから再び家に戻った。
「やれやれ、落ち着いたみたいでよかったよ。彼らが選んだ結果も本当によかった……」
彼らは臨時的に優吾の弟子となっていたが、その関係を解消したいと申し出ていた。
それは、彼らにとって戦う力が重要なのではないということに気づいたためだった。
「ただ戦うことだけできたって意味はない――それに気づいたのは成長の証だね。子どものうちは戦いよりも友達と遊ぶのが仕事だからね」
一通り話を聞いたあと、この言葉を優吾は子どもたちに送っていた。
「精神的な成長は肉体的な成長よりも難しい。あの子たちにいい影響を与えられたかな」
彼らが報告に来た時の興奮交じりの嬉しそうな表情を思いだし、笑顔で家の中に入った優吾は着替えや食事を終えてから再び街へと向かって行った。
街に着いた優吾は昨日と同じように何か手伝えることはないかと見ていく。
「おぉ、昨日のにいちゃんじゃねーか!」
すると優吾を見つけた現場監督が声をかけてきた。
「あぁ、昨日はごちそうさまでした。帰り際に挨拶できなくてすいません……」
優吾は感謝の言葉と謝罪の言葉を口にする。
「はっはっは、気にしなくていいぞ。にいちゃんのおかげで数日分の作業がたった一日で終わったんだからな!」
現場監督は優吾の背中をばしばしと叩いてそう言った。
自分がどれだけのことをやったのかわかっていない優吾のことを彼は気に入っていた。
「それで、今日は何かお手伝いすることはありますか?」
その申し出を受けて、現場監督は一瞬だけどれを頼もうかと考えたが首を横に振ってその考えを消していく。
「いや、昨日あれだけ手伝ってもらってちゃんとした報酬が出せていない。それに、にいちゃんのおかげでほとんどの作業は終わっているから今日はゆっくりしてくれればいいぞ!」
現場監督は、本来自分たちがやるべき仕事を優吾に肩代わりしてもらったことを申し訳ないと思っていた。
「気にしなくてもいいのですが……いえ、これ以上言っては迷惑ですよね。それじゃお言葉に甘えて、今日はぶらぶらと街を見て回りますよ。それではまたいずこかで」
優吾は現場監督に別れを告げると、街の様子を見て回ることにする。
ブラブラと歩いている優吾は、街が再び活気にあふれていることに自然と笑顔になっていく。
「そうだ、キセラさんのお店に行ってみようかな」
目的なく散歩するのも楽しいものだったが、何か目的があったほうがいいだろうと優吾は錬金術師キセラの店に向かうことにした。
店の前まで行くと、ある異変に優吾は気づく。
「あれ? なんか……混んでる?」
前に優吾が訪れた時は、閑散としており、心の中ではこの店はやっていけるのかな? と思っていたくらいだった。
だが今は店の外まで溢れるほどというわけではなかったが、店内には何人もの冒険者がひしめき合っており、狭い店内はぎゅうぎゅう状態だった。押し合いへし合いで我先に何かを求めているように見える。
「これは一体何が……」
困惑交じりに優吾がそう呟いて店の様子に唖然としていると、出てきた客の一人がその疑問に答える。
「あぁ、あんた知らないのか? この店に最近納品されたポーションなんだけど、すげー高い効果があるって評判なんだぜ! 一人一本しか買えないのが残念なくらいだよ」
優吾に自慢するようにふんぞり返ってそう言った客はホクホク顔で街の雑踏に消えていく。恐らく彼は、お目当ての品物が買えたと思われる。盗られたくないのかその品を見せてくれることはなかった。
「――もしかして、俺が納品したやつ?」
最近と聞いて心当たりのある優吾は、その盛況ぶりを少し困ったような表情でしばらく外から眺め、人の波が途絶えたところで店の中に足を踏み入れた。
「……あっ! あんた、あんただよ! 待っていたんだ! ちょっとあんたたちもう出て行っておくれ!」
店主のキセラは優吾の姿に気づくと、彼を呼び込んで、代わりに店内に残っていた客を強引に外へ追い出すと店の扉の札を閉店にかけ替えてすぐに扉を閉めた。
お目当ての品を求めていた客はどこか不満そうにしていたが、また来ればいいと諦めて離れていった。
「あんた! ポーションの納品に来たんだね? ね? そうだと言っておくれ!」
ぐいぐいと迫るように近づいてきたキセラはすごい剣幕で優吾に質問してくる。
「えっと、ちょっと覗いただけなんですけど……」
手でそれを制するようにしつつ、そう答えた優吾に、がっかりしたキセラは大きく肩を落とす。
「……あー、でも昨日作ったポーションならいくつか在庫が」
そこまで言うとキセラはがばっと顔を上げて優吾の肩を掴む。彼女のどこにこんな力があるのかというほど迫真に迫るものだった。
「売っておくれっ!」
目を大きく見開いたキセラの様相に優吾は少し気圧される。
「い、いいですけど……その、ちょっとこの間のとは違うやつなんですが」
困ったような様子の優吾の言葉を聞いて、キセラは怪訝な表情になる。
「……どういうやつだい? ちょっと見せてごらん」
キセラがそう言って少し距離をとったため、優吾はカバンからハイポーションを三つ取り出した。
「これなんですけど、わかります?」
違いがわかるか? という質問だったが、手に取ったポーションの瓶をじっとみたり開けてみたりしたキセラは神妙な面持ちで頷いていた。
「この間のやつよりも更に強力なやつだね……まさかこれほどのものまで作れるなんて……やっぱり、これだけの効果があるとなると数も作れないみたいだね」
優吾はまだいくつもの在庫を持っていたが、色々勘違いしてくれているキセラに無言で頷いて返す。
「いいものだってのはわかるし、これはもちろん買い取らせてもらうよ! それと、できればこの間のこれよりも効果の低いポーションもできれば納品してもらえると助かるんだけど」
あんなに客が押し寄せるとはキセラ自身も思っていなかったのだろう、苦笑交じりに頼み込む。ここまで彼女の話を聞いて、先ほどの混雑は自分のポーションにあるのだと優吾は気づいた。
「なるほど、あのポーション全部売れたんですね。だからもっと在庫が欲しいと」
「はぁ……ばれちまったかい。そりゃわかるよねえ、あんたが持ってきてくれたポーションは質が良くて飛ぶように売れたんだよ。他にも欲しいという客が多くてね、他の商品まで売れたもんだからついつい、納品の予定がある、って言ってしまったんだよ」
キセラは売り言葉に買い言葉で返事をしてしまった自分自身に呆れながらも、嘘にはしたくないようでなんとかしてくれないかとすがるような視線を優吾に送っていた。
「……わかりました。今は持ち合わせがないので作ってきますね。こっちの三つもその時に一緒に買い取って下さい――それじゃ」
そうキセラに告げると、優吾はハイポーションを手早くしまって店をあとにした。
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