第十五話
酒場で腹を満たした優吾が次にとった行動は、弟子(仮)たちを探すことだった。報告に来たカッツの話では、ビーアとワルファの二人は街に残って魔物と戦っていたということだったがその後は会えなかったため、その安否を心配していた。
「さて、どこにいるのやら」
街の散策もかねているため、あえて優吾は探査魔術を使わずにぶらぶらと歩いて回る。
気まぐれに店を覗いて品物を眺めては出るといった風に、ウィンドウショッピングをしていると、街の小さな公園に辿りつく。そこには探していた弟子三人がいた。
「おー……」
声をかけようと思った優吾だったが、あるものを見つけてあげかけた手をおろし、姿が見えないよう咄嗟に近くの木々に隠れる。
その理由は彼らが別の子どもの集団と話をしていたからだった。
相手の子どもたちはどうやら人族であり、彼らとの口喧嘩がきっかけでゴブリンと戦うことになったと言っていたことを優吾は思い出していた。
「――彼らがどんな答えを出したのか楽しみだね」
相対しているということは、なんらかの決着をつけるためなのだろうと優吾は判断する。子供の喧嘩に大人が参加するのはよくない。だが心配するだけならいいだろうと、彼らの声が聞こえるように風魔術を使って声を集める。
「……お前たち、昨日の魔物たちの迎撃に加わったって本当か?」
訝しげな表情で人族の子どもが探るように質問する。
「うん、戦う力があったから少しでも役にたてばと思ってね」
にっこりと笑顔でそう答えたのは熊の獣人ビーアだった。カッツとワルファは余計なことを口にせず、一番冷静な対応ができるビーアに対応を任せると事前に話し合っていた。
「おい、やっぱり聞いたとおりだったぞ……」
「……で、でも本当なのかな?」
「あいつらが強がって言ってるだけなんじゃ……?」
途端に円陣を組むように固まった人族の子どもたちはひそひそと話をしている。その様子を見てビーアは苦笑していた。
「別に信じてもらわなくてもいいよ。獣人だとしても僕たちはやっぱり子どもだからね。むしろ危険だってあの人に怒られかねないことなんだよ」
あの人と聞いて人族の子どもは首をひねるが、三人の中では一人の男の顔が浮かんでいた。
「だからさ、参加してたとしてもむしろ参加してなかったと思われるくらいのほうがいいんだよね。やっぱり怒られたくないもの」
そう言ったビーアの表情は困ったような笑みになっていた。悪戯を親にばれたくない気持ちに似ているかもしれない。
「お、おい、どうする?」
「どうするって、魔物を倒したかわからないだろ……?」
「でも……」
人族の子どもたちは再びひそひそと話をするが、その声は隠すつもりがないほどビーアたちに丸聞こえだった。
「あの、さ。もし僕たちが魔物と戦えない臆病者だと思うのならそれで構わないよ。別に戦えるから偉いってこともないし、子どもはやっぱり楽しく遊ぶのが本来の仕事でしょ?」
遠慮がちにそう伝えるビーアは昨晩の戦いで自分の力が強くなったことを感じていた。
だがそれと同時にこの力は子どもの喧嘩が理由でむやみやたらに使っていいものではないとも思っていた。優吾があれだけ言い聞かせてきた意味を少しづつ彼らは自分の中で理解しつつあった。
「ワルファ、カッツ行こうか」
言いたいことは全て伝えたため、ビーアは二人を連れて公園をあとにしようとする。
「――お、おい待てよっ」
「なんだい?」
ビーアたちが振り返ったことで、人族の子どものリーダーは少し言葉を出すことを躊躇したが、それでもがんばってそれを口にする。震える身体を抑えるようにこぶしをぎゅっと作って頬を赤らめている彼からは必死さが伝わってきた。
「よ、よかったら一緒に遊ばないか? 俺たちの秘密基地に案内してやるよっ!!」
これまでの経緯を考えると彼にすればこの言葉は勇気のいるものだった。
「……うん!」
その経緯を飲み込んでビーアは嬉しそうな笑顔で彼らを受け入れる決断をする。これも事前に三人で話し合っていたことであり、彼らが和解案を出してきたらそれを受け入れようと。
「――ははっ、みんな大人だね。子どもたちがあれだけすんなりと壁を取っ払えるってことは、やっぱりこの街はいい街のようだ」
一部始終を遠くから見守っていた優吾は優しく微笑む。噛みしめるように目を閉じて心から子供たちの成長を嬉しく思った。
子どもは親の影響を受ける。最初に見る手本となる存在だからかもしれない。
親が他種族を差別していれば、子どもも同じようにしたほうがいいのだろうと考えて同じように他種族を差別する。
しかし、彼らがもめていたのは見慣れない獣人族という種族に対しての好奇心と得体の知れないものへの恐怖感があったからだった。
それも楽しげに笑いあう彼らの様子を見れば大丈夫だと安心できるものだった。
「あれならうまくやるだろうね。修行もこれ以上はいらないかな」
目をゆっくりと開いた優吾はあえて彼らに声をかけず、そっとその場をあとにする。
気にかけていたことが一つ解決したと安心したため、足取りも軽くなっていた。背後に子供たちの楽しそうな笑い声が響いていた。
子どもたちに気づかれないよう気配を消して優吾が次に向かったのは、昨夜魔物たちが襲いかかってきた側の門だった。
「おーい、その資材運んできてくれ」
「あいよーっと……結構重いなぁ」
壊された建物や街の外壁の修理は街を見て回ってきてもまだ続いていた。急ごしらえでやってもまた襲撃を耐えられるものではないため、しっかりと作業を進めているようだ。
「……あの、すいません。これは手伝ってもいい仕事でしょうか?」
少しでも力になれればと優吾が近くにいる作業員に声をかけた。
「ん? あぁ、手伝ってくれるならありがたい。ただ、手伝ってもらう場合はボランティアになるから報酬はでないぞ?」
丁度話しかけた相手が現場監督であったため、明確な答えが返ってきた。中には報酬をよこせと言ってくる者もいたのだろう、少し怪訝な表情だった。
「えぇ、構いません。この街に来て日は浅いですが、色々とお世話になったので何かお手伝いでもできればと思いまして」
「へえ、なかなか感心だな。それじゃ、そのへんの石を外壁の外へ持っていってもらえるか?」
そう指示を受けた優吾は一つ頷くと崩れた外壁を修復するためのレンガのようなものをひょいと手に取る。
「重いだろうから、そこの台車でも……」
使うようにと現場監督は指示しようとしたが、振り返った時にはすでに優吾は軽々と多くのレンガを積み上げて手で持ち上げていた。
重みに対しては筋力を強化して運ぶことにする。
「それでは運びますね」
「あ、あぁ……」
現場監督は細身の優吾が、筋骨隆々の男でも運ぶのが大変な量を運んでいることに唖然としながら優吾を見送った。
レンガを運んでいる最中も他の作業員からぎょっとしたような顔で見られていたが、作業効率がぐっと上がったことで、とんでもない加勢が加わったことにむしろみんな喜んでいるようだった。
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