第十四話
翌日、優吾は朝から街に向かうことにする。魔物の襲撃の後処理がどうなっているのか気になったからだ。
街に到着すると、外壁の修繕や魔物に壊された家々の修理が行われていた。街の人々は大変そうにしてはいたが、魔物が討伐されたことでその表情は明るかった。
「防衛が整う前に何体か入り込んだのかな……」
優吾の言葉のとおり、冒険者たちが対応にあたってからはなかった。だが、第一波の更にその中の魔物の先行部隊は街の中に入り、人に攻撃を加え、いくつか建物を破壊していたようだった。
衛兵たちは既に本来の任務に戻っており、優吾のギルドカードをチェックしてあっさりと中へと通してくれた。
その反応を見る限りでは、昨日の魔物との戦いを決着に導いたのが優吾だとはばれていない様子だった。
「さて……とりあえずは情報収集といこうかな」
内心ほっとしつつそう呟くと優吾は酒場へと向かっていく。昨日の今日であり、戦いに参加した冒険者たちが一夜あけて酒場にいるだろうと予想したためだった。
どれだけの被害があったのか、あのあとどうなったのか、一体なぜあれだけの魔物が街を襲ったのか。
一つでも情報が手に入ればと足を運ぶ。
優吾の予想のとおり、時間も早いというのに酒場には冒険者たちが集まり、とてもにぎわっていた。ここの酒場は料理のボリュームもあるため、食事目的の者も多いようだった。
「いらっしゃい、何にするね」
空いていたカウンターの席につくと、知った顔であるマスターが注文を聞いてくる。
「軽く食べられるものと、エールを一杯頼みます」
タダで情報を得るのは虫のいい話であるため、優吾が食事と飲み物を注文した。
「あいよ、それじゃ適当に用意させてもらうよ」
大人の笑みを浮かべたマスターは優吾のざっくりとした注文を受けて料理に取り掛かっていく。
「――さて、できるまで周囲の話を聞かせてもらおうかな」
誰に言うでもなくそっと呟いた優吾は店の中にいる客たちの会話を魔術で拾っていく。
「いやあ、昨日の魔物にはさすがにビビったな!」
「あぁ、まさかあんな大量の魔物がくるとは思わなかったよ」
「数もそうだが、なんか普段戦うのに比べて強くなかったか?」
「それは俺も思った!」
酒が入って心なしか気分がよさそうな冒険者たちは笑いながら苦労話をつまみにしているようだ。
「あの魔物たちはどこから現れたんだ?」
「衛兵たちの話じゃ、方角は北だったが急に現れたようにも見えたって話しだ」
「北から来たってか、がっはっは!」
あれほどの苦労も過ぎ去ってしまえば笑い話に変わるのか、茶化す者もいた。
「だけど街の被害は少なかったって話なんだろ?」
「あぁ、でもおかしな話なんだよな。最初の魔物たちはなんとか俺たちで撃破して安心してたら次のやつらが来たんだ。だがそいつらは、街までくることなく、一瞬で死んでいったらしい」
「あー、俺前のほうにいたんだけどなんか太陽みたいなのから玉が飛び出して魔物たちを倒していったぞ」
「……はぁ? そんなのどんな魔導士だって無理だろ?」
やはりみんなの話題の中心は昨日の魔物の襲撃についてだった。各テーブルでそれぞれが襲撃について口々に振り返っている。
「――気になるのは、強いっていうのと急に現れたというものか……」
冷静に優吾は必要な情報を拾い集めていく。大体は予想通りの内容だ。
「はいよ、鹿肉のステーキだ。付け合わせはマッシュポテトと人参のグラッセだ」
「ありがとうご……って軽くって言いませんでしたっけ? これは朝からボリューミーな」
ちょうど考え事していたところに出てきた食事のボリュームに苦笑交じりの優吾の突っ込みに対してマスターはにかっと笑う。
「サービスだ」
そして茶目っ気たっぷりにぐっと親指を立てた。筋肉隆々の髭を生やしたマスターのその仕草はどこか愛着の湧くものだ。
何がサービスなのかわからない優吾は困惑するが、お任せで出されたものを拒む気にもなれず、ステーキを口に運ぶとその表情は笑顔に変わった。
「美味い! 淡白なはずの鹿肉なのに、肉汁が滴っていて口の中に入れて噛んだ瞬間うま味が口の中に広がる。しかも、筋張っているように思えるのに抵抗なくほろほろと噛み切ることができるなんて……」
表情を輝かせた優吾は美食家スイッチが入ったかのように、料理の美味さを語っていく。
「おいおい、にいちゃん。褒めてくれるのは嬉しいがちょいとばかり大げさなんじゃないか?」
そう言っているマスターの頬はもごもごと緩むのを抑えるのに苦労しているのか複雑な様子を見せている。
「いやいや、謙遜しないで下さい。この付け合わせも決してただつけているわけではなく、肉汁したたる肉によって満たされた舌を休憩させるのに適している……――マスター、あなた元はどこかで料理人をされていたのではありませんか?」
優吾の指摘を聞いてマスターは驚いていた。
「よくわかったな。それを言い当てたのはにいちゃんが初めてだ。……よおし、ちょっと待ってろ。いいものを用意してやる」
嬉しそうにマスターは奥に入って行ったのを見送りつつも、優吾はステーキにとろけるような表情で舌鼓をうっていた。
満足げな表情で優吾がステーキを食べ終えた頃、マスターが戻ってきた。
「ほれ、これもサービスだ」
優吾の前に一つの料理が置かれる。透明な器に入った可愛らしい見た目のそれは食後にピッタリなものだ。
「そもそも俺があとで食おうと思ったものだったんだが、それを客に出せるように飾り付けてみたよ。食ってくれ」
「す、すごい! まさか、これをここでも食べられるなんて……」
以前似たようなものを食べたことがある――それは優吾の前世の記憶。それも地球にいた頃の記憶だった。
「お? どこかで同じものを食ったことがあるのか? まだ名前をつけてない俺のオリジナルなんだがな……」
弾むような優吾の言葉に、少し不満そうな表情をしたマスターは眉を寄せる。
「あぁ、いえ、似たようなものってことです。これとは別物ですよ。いただきます」
慌てて否定してから優吾は添えられていたスプーンを手に取る。
スプーンで食べるそれは、地球でいうパフェそのものだった。何をどうやってこの食材をそろえたのかはわからなかったが、それでもパフェを食べられたことに優吾は喜んでいた。彼は甘いものも嫌いではなかったのだ。
「いい食いっぷりだな。喜んでくれているようでよかった」
綺麗だがいい食べっぷりを見せる優吾に再びマスターは二カッと笑顔になる。
「そうだ、マスター。昨日の魔物の襲来ですけど、何か珍しい情報とかありませんか?」
ぺろりとパフェのようなものを食べ切った優吾はマスターに問いかける。
昨日の晩から営業しているであろう店のマスターであれば、何か物珍しい情報を耳にしているかもしれないというのが優吾の考えだった。
「うーん、そうだなあ。魔物が来る前に北の方角で光を見たって話をしているやつらがいたなあ。あとは、魔物の第二陣は一瞬で殲滅したなんて眉唾ものの話もあったな」
穏やかに笑うマスターの言葉の後半の出来事は優吾の仕業であったが、前半の話は初めて聞いた話だったため、彼は記憶にとどめておくことにした。
「――光……あの魔族が関係しているのか?」
考え込むように優吾はポツリとマスターに聞こえない程度の声でそう呟いた。
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