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第十一話


 街を散策した帰り道、約束の場所に優吾が向かうと子どもたち三人が先に待っていた。


「――師匠!」

 そう呼んだのは熊の獣人ビーア。元気よく手を振っている。

「先生、よろしくお願いします!」

 これは猫の獣人カッツだった。びしっと頭を下げて優吾を敬っている。

「おっそいよー、マスター」

 そして最後になったのは狼の獣人ワルファ。退屈そうに不満をボヤいている。


 三人は優吾のことをそれぞれの呼び方をしていた。


「な、なんなんだい? そのバラバラな呼び方は……まあいいけど。それよりもよく三人揃って来たね。昨日の魔力の目覚めの影響があるかと思ったけど……うん、元気そうだ」

 優吾の予想ではもっとぐったりとしているか、そもそもここに現れないかだったが、三人が元気に顔をそろえたため驚いていた。調子がよさそうな三人を見て優吾は穏やかに微笑んでいる。


「昨日の夜はきつかったですけど、なんとか」

「二人に負けられないからねえ」

「そうそう、一日も早く強くならないと!」

 子どもであり、さらに獣人であることが回復力を高めていたようだった。


「なるほどね、それじゃ今日は魔力の流れを感じ取ること、それからその魔力を意識的に身体の隅々に流す方法を学ぼう」

 そうして優吾の簡易魔術教室が始まった。




 彼ら獣人は元々魔法を扱うのが苦手な種族であり、優吾が賢者として活躍していた三百年前も魔法を扱う獣人に会ったことがなかった。

 しかし、優吾の使う魔術であれば法則に乗っ取らずに自由な使い方ができるため、きっと彼らにも使えると考えられた。


「先生、質問です。そもそも魔術と魔法って何が違うんですか? 獣人が魔法を使えないっていうのは聞いたことがありますけど……」

 魔法が駄目で、魔術ならば獣人も使えるという理由がわからないため、カッツが質問してくる。


「うん、いい質問だね。自分たちが使うものがどんなものなのか知っておくのは良いことだよ。そうだなあ、わかりやすいように説明すると……魔法というのは特別なルールを守って使う、魔の法なんだよ」

 わかりやすいように、そう言った優吾だったが、生徒三人は頭にハテナマークを浮かべていた。


「つまりね」

 三人の行動が揃っているのをクスリと微笑ましく思いながら、優吾は順を追って彼らに説明を始めた。




 魔法とは……まず身体の中にある魔法用の回路に魔力を流し込む。それを外に打ち出すために魔法陣や魔法の詠唱を行う。この回路の太さによって使うことのできる魔力量が決まってくる。

 獣人が魔法を使えない理由は、魔法用の回路が全くない種族であるためだった。

 

 魔術とは……そもそも魔力が流れている場所は体内にめぐる血管で、そこを流れている。

 この場合、大事になるのが身体の強度になる。それゆえに獣人に向いている方法である。そして、魔力を体内にとどめておくことで身体能力の強化も行うことができる。これも獣人の戦闘スタイルに向いているものだった。




「――というわけなんだ」

「へー!」

「すごいです!」

「すっげえ!」

 優吾の説明をどこまで理解したかはわからなかったが、すごいということだけは伝わったようだった。


「あれ? それじゃあ、さっきの先生の氷のやつはどうなんですか? 身体能力の強化とは違う感じですけど」

 そして、疑問点が浮かんだカッツが優吾へと質問する。質問された優吾は笑顔だった。


「うん、それもいい質問だ。さっきの説明だけだと、身体能力の強化にだけ使うものに聞こえる。でもさっきの戦いで俺は魔物を凍りつかせた。これは放出という魔術の使い方をしたためなんだ」

「……放出?」

 オウム返しに質問したのは狼の獣人ワルファだった。


「体内に魔力を流して、身体強化をするのが循環。そして、循環した魔力を外に放つのが放出。一般的な用語だけど、魔術ではこういう言い方をする。放出するには、イメージ力と知識が必要になるんだけど……まあ、このへんはおいおいにしておこう」

 三人は説明を自分たち流にイメージするだけで精いっぱいで、今にもショート寸前という様子だったため、優吾は話をきりあげることにする。


「まあ、なんとなくでもわかってくれたならいいかな。それじゃあ、まずは魔力を身体に流すところからいくよ」

 それから日が傾きはじめるくらいまで、優吾は魔力の扱い方の訓練に付き合う。


 外に放出する形――魔法のような効果を見せる魔術の使用は難しいが、魔力を体内にとどめ、循環させることで身体能力をあげることができる。そして先ほどの優吾の説明にもあったように、この方法は獣人である彼らにとっては、戦闘能力をわかりやすく、効果的に上げる方法であった。


「さあ、そろそろお開きだよ。今日は課題を出そうか。家に帰って時間があったら、一人の時間を作って魔力の流れを感じ取る訓練をするんだ。念のため言っておくけど魔力の放出は絶対にやらないでね。扱いに慣れていない状態でやったら事故のもとだからね……もし、誰か一人でもそれをやったらその時点で俺の授業はおしまいにする――三人ともね」

 真剣な目と表情で優吾が本気で言っているのだとわかった三人は背筋を伸ばして何度も頷いていた。


「よし、それじゃあ明日も同じ時間にここに集合だよ。またね」

 普段の柔らかい雰囲気に戻った優吾がそう告げると三人は頭を下げる。


「あ、ありがとうございましたっ!」

「またな!」

「ありがとう!」

 それぞれと挨拶をかわして優吾は森の奥の自分の家へ、子どもたちは街へと戻って行った。


「――そうだ」

 何かを思い出したように優吾は振り返って少し離れた子どもたちに声をかける。子どもたちもどうしたんだろうかと立ち止まって優吾を見ていた。

「俺はこの森を真っすぐ行ったところにある小屋に住んでいるから、何か困ったことがあったら訪ねてくるといいよ!」

 手を挙げて伝えた言葉は子どもたちに届いたようで、彼らは大きく手を振って返事の代わりにした。






 家に戻った優吾はポーションの作成にとりかかる。その表情は嬉しさがこぼれていた。

「まさか、全部買い取ってくれるとは思わなかったなあ」

 店に向かう前はよくて五本くらいは仕入れてくれるかもしれないと思っており、残りは自分の回復のためにとっておこうと考えていた。もちろん全部買い取ってくれるに越したことはないのだが。


「今度は少し効果が高いものを作ってみよう。といっても薄めないだけなんだけどね……」

 乾いた笑いを浮かべつつ、優吾はそう口にすると作業に没頭していく。




 それから数時間ほど経過したところで作業はひと段落する。日はだいぶ傾き、夕方独特のオレンジ色に照らされる。太陽から離れた空はうっすら藍色に染まりだしていた。


「んー、こんなものでいいかな」

 今日持っていったポーションよりも一段効果の高い、ハイポーションと呼べるものが瓶に入っていくつも優吾の目の前に並んでいた。


「これは強力すぎるから納品するとしても三本くらいにしておかないとね。残りは自分用にしまっておこう」

 さすがに昨日の今日でこれだけの品を入れるとやり過ぎだと判断した優吾は空間魔術を使うと残りのハイポーションを収納していく。


「さて、これでまた明日も街にいけるね。お腹もすいて来たしそろそろご飯にしようか……」

 お腹の虫が空腹を訴え始めたのに気づいた優吾は片づけを後回しにして、小屋の中に戻ろうとしたが、その瞬間何かを感じ取って不意に森の入り口のほうへと振り返る。


 正確には森のそのさらに向こうにある街に視線を向けていた。

「何か……おかしい」

 いつもと違う風景。それは他の者では気づかなかったであろう変化。

 何が起こっているのか優吾にもわからないが、これは見過ごしていい変化ではないと心が訴えかけていた。


「――くそっ!」

 何かわからないことに苛立ちながら優吾は脚力を強化して走り出していた。森の入口へと向かう道、そこには魔物除けの魔術が敷かれているため、その道には魔物は現れない。


 しかし、森の入り口から必死に小屋へと向かう誰かの姿が見える。

「カッツ!」

 それは見覚えのある姿だった。優吾の弟子である猫の獣人、彼は息を切らせて小屋へと向かっている。

「せ、先生! はあはあっ」

 優吾の姿が見えたことに安心したのか、カッツは立ち止まって息を整えている。近くまで来た優吾はかがんで視線の高さを合わせて質問をする。


「カッツ、街に何かあったんだね?」

 優吾は街に何か異変が起こったのだろうと予想しており、そのことを言われたカッツは驚いていた。

「な、なんで知ってるんですか? ……いや、先生なら当然か。先生!! 街が、街が魔物に襲われているんです!」

 困惑交じりに戸惑いを見せたカッツはすぐに真っ青な顔になると優吾にすがる。


「カッツ! カッツ、落ちついて……それで今はどんな状態なんだい? 聞かせておくれ」

 一度大きな声で名前を呼び、優吾に意識を集中させてから状況の確認をする。

「は、はいっ、街にいた冒険者の人たちが魔物が向かってくる方向に防衛線を敷いてなんとか戦っているみたいです。ビーアとワルファも魔術を使って戦いに参加してます。僕も参加しようとしたんですが、一番足が速いから先生を呼びに行くようにって二人が……」


 そこまで言うと一人だけ安全なところにいる申し訳なさからか、街がどうなっているか分からない不安からか、カッツはみるみるうちに涙目になっていた。


「ビーアとワルファが! ――なんてことだっ! 二人ともまだまだ未熟だっていうのに……」

「ご、ごめんなさい……」

 練習の途中だというのに魔術を使っていることを優吾が怒っていると思ったため、カッツはうつむいて謝る。


「ごめんね、カッツ怒ってないよ、安心して。それより、よく知らせに来てくれたね。カッツ、泣かないで、男だろ? 君はゆっくりと街に戻ってくればいい」

 なだめるように肩をポンと叩くと優吾は立ち上がり、頑張ったカッツを褒めるように頭に手を置いた。


「……先生は?」

「俺が全て解決する。――任せといて」

 不安そうに見上げるカッツにはっきりと力強く言った優吾は街へ向かって走り出した。

 風の魔術を使い、追い風を起こしたことで、その速度はこれまでよりも速くなっていた。


お読みいただきありがとうございます。

よろしくお願いします。

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