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第74話 黒竜

 

 よく戦えている。

 誰もがそう思っていた。


 実際、迫撃砲部隊と魔術師団、誠治の連携は非常に有効に機能していたし、たまに瀕死の状態で城壁まで辿り着く上位種がいても、小銃兵と弓兵、歩兵でさほど被害を出さずに討ち取れていた。


 このままいけば町を守り抜ける。

 そんな雰囲気が兵士の間に漂いつつあった。


 淡い期待を踏み潰す、絶望という名の黒い翼が近づいていることなど、その姿を見るまで誰も思いもよらなかったのである。





 最初に気づいたのは、またしても詩乃だった。

 偶然ではない。


 星詠みの力がその巨大な悪意を、圧倒的な力による傲慢を感じとり、虫の知らせとして彼女に迫る危機を伝えていた。


「…………なに?」


 ぞわり、と肌がザラつくような嫌な感じがした。


 両手で自分を抱きしめるようにして、東の空を見上げる詩乃。

 曇った空におかしなものは見えない。


 だがこの時、詩乃はあまりの悪寒に、全力で指向性探知を行ったのだった。

 四キロを超える長距離探知。


 探査イメージ上に影が浮かんだ。


「おじさま! 東の空から何かが来ます!!」


 すぐにメンタルリンクで探査イメージが共有される。


「これは……」


 探査イメージに映ったその姿に呆然とする誠治。


 そんな彼に、ラーナが現実を突きつける。


「……ドラゴン」





 黒い翼が灰色の雲の中からその姿を現した。


 三十メートルを超える体躯。巨大な翼。長い尾。凶悪な鉤爪。長い牙を持つ獰猛そうな頭部。


 中型旅客機ほどもある巨大な黒い生物が、空からノルシュタットに近づいていた。


 ざわめく兵士たち。


「黒竜だと!? くそっ! 全砲、狙いをドラゴンに!!」


 機関砲部隊の隊長が叫んだ。


 すぐさま複数の高射機関砲が、多くの小銃が、その銃身を漆黒のドラゴンに向ける。


 誠治も自分の小銃を構えた。


 ラーナがカウントを始める。


 〈距離三千五百、…………三千、…………二千五百、…………二千っ! セージ!!〉


「喰らえ!!」


 ドン、という衝撃とともに、青く光る光弾が打ち出され、黒竜に向かって一直線に飛んでゆく。


 そして着弾。


 ガスッ!


 顔を狙ったその一撃は、直撃寸前に首を捻った竜の鱗をかすめ、そのまま雲の中に消えた。


 ギャァアアオン!!


 ドラゴンが、空気を切り裂き、大地を震わせるような金切り声をあげる。


 それは、かすっただけとはいえ、自らに逆らった者への怒りの声か。

 聞いた者の魂に、本能的な恐怖を刻み込む叫び声だった。


「怯むなっ! 全砲、撃てぇえええ!!」


 ダダダダダダダダダダダダダダダ!!!


 高射機関砲部隊の全砲が猛然と迎撃射撃を始め、高密度の弾幕が形成される。


 だが、無数の弾丸が豪雨のように直撃しているにも関わらず、ドラゴンは全く怯むことなく城壁に突っ込んできた。




「くそ、もう一度だ! ラーナ、目を狙ってくれ!!」


 誠治が叫び、ラーナが再び狙いを定めた時には、黒竜との距離は既に五百メートルを切り、竜の口からは白い火炎弾の火が漏れ始めていた。


 黒い巨体が迫る。


 ドン、という反動とともに光弾が撃ちだされるのと、黒竜の火炎弾が吐き出されるのは、ほぼ同時だった。既に避けることができる距離ではない。


 ……はずだった。


 だが、黒竜は避けた。

 一瞬早く頭を下げ、誠治の弾を躱したのだ。


「なんだって?!」


 思惑を外された誠治が、喚く。


 巨大な火炎弾は、黒竜が放つ瞬間に弾を避けようと頭を下げた為、誠治たちよりも手前に着弾する。


 ドォン!!


 炸裂する火炎弾。

 吹き飛ぶ市壁。

 炎に飲まれる兵士たち。


 さらに爆風はそのまま誠治たちを襲う。


 咄嗟に詩乃とラーナの腕を掴んで引き寄せ、自らの身体を盾にする誠治。


 その背中を、吹き飛ばされてきた大小複数の石の破片が直撃する。


 ドドドンッ


「ぐあっ!」


 衝撃の連打で息が止まり、誠治は二人の少女の上に倒れこむ。


「おじさまっ!?」 「セージ?!」


 誠治の下から抜け出し、声をあげる詩乃とラーナ。


 暴風とともに、黒竜が頭上を通過する。


 げほっ! げほっ!!


 膝をつき、激しく咳き込む誠治。


 黒竜はそのまま左旋回してノルシュタット城に向かうと、再び火炎弾を放ち、尖塔の一つを吹き飛ばした。




 何度も激しく咳き込みながらも、誠治はなんとか立ち上がった。


「おじさま、大丈夫ですか?!」


「大丈夫? セージ」


 心配する二人の少女を、大丈夫だと片手をあげて制しながら、誠治は黒竜の方を睨んだ。


 巨大な竜は、ノルシュタット上空を旋回しながら三たび火炎弾を放ち、今度は町に火の手が上がっていた。


「くそ! やりたい放題やりやがって…………って、あれ?」


 そこで誠治は、あることに気づいた。


 メンタルリンクで繋がっていたはずの人間が一人、リンク上から消えていた。

 それは…………


「クロフト?」


 それまで繋がっていたクロフトの意識が、ぷつりと途切れていた。


 詩乃が目を閉じ、クロフトの意識を探す。

 が……


「クロフトさんが見つかりません……」


 泣きそうな顔で誠治を見る詩乃。


 誠治は、クロフトがいた北門の方を振り返る。


 そこには瓦礫の山と、地面に倒れ呻く重傷者、そして未だ燃え続ける兵士たちの死体が転がっていた。

 黒竜の火炎弾は北門付近に着弾していた。


 呆然とする誠治たちの頭上を、再び黒竜が通過する。


「くそっ、くそっ!!」


 遠ざかるドラゴンに向け、誠治はありったけの魔力をこめて小銃弾を撃ち込む。


 が、光弾はことごとく鱗に弾かれ、ただの一発も有効な攻撃とはならなかった。


 黒竜は激しく迎撃した西の高射機関砲一基を火炎弾で葬ると、北西に向けてフライパスし、左に旋回しながら再度、町を狙うコースに入ろうとしていた。


「くそっ! これじゃダメか!!」


 誠治は小銃を投げ捨て、よろよろとふらつきながら隣の高射機関砲の銃座に歩み寄る。


 詩乃とラーナは、慌てて誠治の後を追った。




 機関砲の射手は側頭部から血を流し、ぐったりとイスに沈んでいた。


 誠治と同じく、飛んできた破片の直撃を受けたようだ。

 が、幸いなことにまだ息があった。


「おい! 手を貸してくれ!!」


 誠治は機関砲の傍らで呆然と佇んでいた、弾倉交換手の青年に声をかけ、協力して射手を銃座から下ろして地面に寝かせる。


 さらに見回すが、高射機関砲部隊の隊長の姿が見えなかった。


「隊長は?!」


「そ、そこから……」


 青年は崩れた城壁を指差す。

 誠治はすぐに理解した。


 誠治は弾倉交換手に話しかける。


「なぁ、俺はこれからあの化け物にこいつで弾をぶち込んでやろうと思うんだが、悪いけど弾倉交換をやってくれないか?」


 青年は、コクコク、と頷いた。


「よし。頼むぞ」


 誠治は機関砲の銃座の中心まで歩いて行き、射手用のイスに腰を下ろした。


 機関砲とイスは円盤状の台の上にあり、射手席の足元のペダルで円盤ごと左右に旋回できるようになっている。


「おじさま」 「セージ」


 傍らに二人の少女が立つ。


「二人とも、死んだらごめん。サポートよろしく」


 それは、最期の瞬間まで共に生きるということ。


 最早、冗長な言葉は必要なかった。


「はいっ」


「了解」


 詩乃とラーナは、それぞれの言葉とともに、誠治に頷いてみせた。



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