第67話 決戦前夜(前編)
昼過ぎ。
司令部に、その日何度目かの斥候報告が飛び込んできた。
「第二観測点より報告! ザリーク付近で見られていた爆炎が観測されなくなりました!」
それが意味することは、一つ。
「守備隊が全滅したか……」
魔術師団長ファルナーが呟く。
司令部全体が重い空気に沈む。
「最初の爆炎観測から、どのくらい続いたのかね?」
騎士団長ライボルグが伝令の兵士に尋ねる。
「おおよそ、三時間です!」
「わずか五百名の手勢で、よくもそこまで……。さすがはガンドルムの爺さんだ」
そう言うと、ライボルグは立ち上がった。
それを見て、ファルナー以下の将兵も起立する。
「皆聞け! ザリークの連中は、命をかけて時を稼いでくれた。この時間を無駄にするな。市民の避難と保護、間もなく到着する援軍の受け入れを確実に行い、手元の武器の点検、部隊間の連携、部隊内の連携についても、今一度確認しておくように」
そこで彼は大きく息を吸った。
「全軍に伝えよ! 我が軍は明日、大侵攻による魔物の大群に対して迎撃を行い、これを殲滅する。各員全力を尽くし、我々の家族と故郷を守り抜こう!!」
「「は!!!」」
全員が右の拳をこめかみに当て、敬礼を返した。
日が暮れた頃、さらなる報告が飛び込んできた。
空と陸、両方の魔物の移動が確認された、と。
向かう先は予想通り、南。この領都ノルシュタットのある方角であった。
さて、敵が動いていようが、明日襲来しようが、今すぐ襲って来ない以上、兵士にはやらねばならないことがあった。
夕食である。
兵士たちは持ち場に近い広場にテントを張り、そこで部隊ごとに焚き木を囲んで夕食をとることになったのだが、その様子はさながら宴会のようであった。
いや実は宴会そのものだった、と言うのが正しい。
伯爵の計らいで、量は少ないものの上質な酒と、食べきれない程の料理が配られ、どの部隊も気勢をあげていたからだ。
誠治たちは司令部づきの騎士たちと同じ食堂を使うことを許され、多少落ち着いた空気の中、夕食をとっていた。
「……という訳で、僕は明日、皆さんと別行動になります。皆さんはどうされます?」
クロフトの問いに、詩乃とラーナが答える。
「私は、死ぬまでおじさまと一緒にいます」
「私もセージの隣で、セージを手伝う」
即答である。
「愚問でしたね」
苦笑するクロフトに、誠治が尋ねる。
「で、結局僕は、どこに配置されることになったのかね?」
「決まった配置場所はないでしょう。役割は『ドラゴンや伝説級の魔物が出たらやっつける』ことです。だから、いざという時に戦うことができれば、どこにいてもいいと思いますよ」
「なんじゃそりゃ?」
「あなたたちは規格外と謳われる『勇者』ですからね。しかもかなり特殊な。下手に指示を出すより、動きやすいように動いてもらった方がいい、という判断でしょう。大物が出るまでは、自己判断で行動していていいと思いますよ」
「なんとも気前のいい話で……」
誠治は顔を引きつらせた。が、両隣の二人は上機嫌のようで、
「さすがは私のおじさまです。ついにおじさまの力を皆が認めたんですね?」
「セージなら当然。」
などと言って、誠治の腕に自分の腕をからめてきた。
「いや、詩乃ちゃんも扱い僕と同じだから! ……って、ラーナ?! ラーナって、そんなキャラだったっけ???」
「キャラなんてしらない。私は私。自分がやりたいようにやるだけ」
そんな風に、わー、わー、騒いでいる四人のところに、ふたつの影が近づいてきた。
「やあ、君らは賑やかだな」
「……呑気なものね」
楽しそうな視線を向けるマキシムと、呆れた視線を投げかけてくるテレーゼである。
「セージ。ほとんどの魔法石、魔石をチャージしてくれたんだってな。さっき補給担当の奴に聞いたよ。これで俺たちもなんとか戦えるようになった」
マキシムの言葉に、誠治は慌てて首を振る。
「いやいや、僕ができることはあれくらいだから」
「そんなことはないさ。明日もよろしく頼む」
差し出された右手を握り返す誠治。
「できないことは、できないからね?」
「できることをやってくれればいい。……クロフトとお二人さんも、よろしく頼む」
握手してまわるマキシム。
その横で、妙に居心地悪そうに突っ立っている人が一人。
「あ、あーーー、えーと……」
モゴモゴと、顔をしかめながら何か言いたそうにする少女魔術師。
「「……?」」
「ほら、直接言うために来たんだろ?」
「わ、わかってるわよ!!」
マキシムに急かされ、言い返すテレーゼ。
「あー、その……色々と疑って悪かったわね。ご尽力に感謝するわ」
どうやら、今まで誠治たちを疑っていたことを謝りに来たらしかった。
「……なんだそのオッサンみたいな物言いは」
マキシムがあきれ顔でツッコむ。
「う、うるさいな! …………こほん。まぁ、あれよ。明日はお互い頑張りましょう」
「そうですね。お互い、生きて祝杯をあげましょう」
誠治の言葉に小さく頷くと、テレーゼはすぐに踵を返し歩いて行ってしまった。
「やれやれ、困ったね。何のために俺が付き添ったんだか」
人の悪そうな笑みを浮かべてそんなことを呟くマキシムは、側からは全く困っているように見えなかった。
「いいじゃないですか。気持ちは十分伝わりましたよ」
誠治の言葉に、マキシムは首をすくめてみせる。
「頭はいいし、魔術の腕も確か。貴族の娘だから礼儀作法も問題なく、自分の立場もある程度わきまえてる。いい子なんだが、対人関係だけはどうにも不器用で見てられん。普通末っ子はもうちょっと要領よく育つもんだと思うんだが」
「テレーゼ様は、辺境伯の妹ぎみなんですよね?」
クロフトが尋ねる。
「母親は違うがな。年が離れてることもあって、辺境伯が小さい頃から可愛がってきたらしい。おかげでかなりのお兄ちゃん子だ」
「あー、それは何となく分かります」
誠治は苦笑した。
「さて。それじゃあ、俺も行くわ。今日はゆっくり休んで明日に備えてくれ」
マキシムは会釈をして去って行った。







