第48話 頭痛
「頭痛?」
誠治の問いかけに、詩乃は顔を歪めながら頷いた。
「分かった。ちょっと休もう。とりあえずそこに座ろうか」
誠治は詩乃を手近にあった太い木の根のところに連れて行き、座らせる。
詩乃は深く息を吐き、項垂れた。
「ひょっとして体調悪い中、無理してた?」
すると詩乃は小さく首を振り、わずかに視線を上げて誠治を見つめた。
「低気圧の時みたく、耳と頭がズキズキするんです。……何かが、軋んでるみたい」
「軋んでる?」
誠治は首を傾げる。
その時、ラーナが片手でこめかみをさすりながら、側にやって来た。
「……私も、シノと同じ」
「ラーナも頭痛ですか?」
彼女はクロフトの言葉に頷く。
「たぶん、私やシノは他の人が気づかない程度の僅かな空間の歪みを感じ取ってる。前に魔王様に付いて魔力溜まりの封印に出かけたとき、同じような頭痛がした」
「つまり、魔力溜まりが原因ってことかい?」
誠治の問いかけに首肯するラーナ。
「頭痛を感じるのは、魔力が湧き出る『穴』が原因。その穴が周りの空間を歪ませてる。星詠みの力で自分の周りの空間を修正すれば、頭痛は治まる」
「それ、どうやるの?」
詩乃が、頭の痛みに耐えながら、うっすらと涙を浮かべてラーナに尋ねる。
「『未来視』で時間を進めるのとやり方は同じ。対象が時間じゃなくて空間になるだけ。自分の周りの空間の歪みは見える?」
頷く詩乃。
「手を出して、歪んでる部分を修正するように撫でて」
「こう、かな?」
詩乃は手を伸ばし、宙を撫でた。
「あ……直ってく」
詩乃は驚いた顔で、自分の周りの空間を次々に撫でてゆく。
「すごい。アイロンをかけてるみたい」
そうしてひと段落すると、 ほっとしたように再び木の根に腰掛けた。
「ラーナの言った通り、本当に頭痛が治まったよ。ありがとう!」
「……ん」
視線を逸らして頷くラーナ。どうやら照れているらしい。
ツンデレか、と誠治は心の中でツッコんだ。
「魔力溜まりの『穴』を塞ぐのも、やり方は同じ。慣れてくれば、手をかざさなくても空間修正はできる。……らしい」
「『らしい』って?」
誠治のツッコミにラーナは小さく口を尖らせる。
「私は星詠みだけど、魔力は少ないし、自分の戦闘の補助に使えるくらいしか訓練はしてない。当然、空間修正も手習い程度。自分の頭痛を軽減させるくらいにしか使えない。手をかざさない話は、うちの上司がそう言ってた。人には得手不得手というものがある。深くツッコむのは無粋。そんなことする奴は親しい人からも愛想を尽かされる」
「ぐは!」
意図せず誠治の古傷を抉るラーナ。
この後、誠治が立ち直るまで小休止をはさんだ一行だった。
「空間の歪みがひどくなってきました」
詩乃のその言葉に、クロフトと誠治は顔を見合わせる。
確かに、誰もが目で見て分かるくらいに、周りの空間が歪んできていた。
「近いですね」
「そうだな。詩乃ちゃん、本当にやれるかい?」
誠治は詩乃を振り返る。
「はい。空間修正も慣れましたし、やってみます。だけどもし私が危なくなったら……」
「僕が担いで逃げるよ」
「お願いしますね」
詩乃は安堵の笑顔を誠治に向けた。
実際のところ、小休止の僅かな時間に練習した結果、詩乃は手をかざさなくても空間修正ができるまでに上達してしまっていた。
一行が先に進むにつれ空間の歪みは大きくなり、ついに誠治たちまで頭痛を感じるようになったのだが、詩乃がパーティー周辺の空間を修正しながら歩く、という荒技を披露したおかげで、無事ここまで来ることができている。
「……相変わらずの規格外」
ラーナは、呆れたように首をすくめたのだった。
歪んだ木々を抜けると、開けた場所に出た。
小学校の教室くらいの広さはあるだろうか。
歪んだ草木。歪んだ地面。
その空き地の中心に、それはあった。
人の頭くらいの高さに浮かぶ、二メートルほどの空間の裂け目。
斜めに開いたその裂け目からは、魔素に満たされたどす黒い瘴気が吹き出している。
詩乃の空間操作による結界がなければどうなっていただろう、と思う一同だった。
「これが、『穴』?」
誠治の呟きに、ラーナが首を振る。
「……こんなのは見たことない」
「これでは『裂け目』ですね」
クロフトが顔をしかめた。
「詩乃ちゃん、どう?」
誠治が振り返ると詩乃は、再び片手を伸ばし、重い何かを押しとどめるかのような姿勢で踏ん張っていた。
「詩乃ちゃん?!」
「……く、空間が押し戻されますっ! 皆さん、私の後ろに!!」
皆、慌てて詩乃の後ろに集まる。
詩乃は全員が自分の後ろに移動したのを確認して、左右に空間を押し広げていた力を、少しだけ弱めた。
ビキビキ、といやな音がして、修正されていた左右の空間が、再び歪む。
その様子はあたかも大きな水圧に曝されているかのようだった。
「あの裂け目から、どんどん歪みが広がってます。きっと裂け目自体をなんとかしないと、周りの歪みは抑えられないと思います!」
「できる?!」
「やってみます! おじさまは私の後ろに。他の人はラーナが良いというところまで離れていて下さい」
詩乃は左手をかざし、前方に集中したまま頷くと、右手も添えて集中し始める。
二人を除く仲間たちは、ラーナの誘導で急ぎ後退する。
「詩乃ちゃん、無理はするな」
誠治が肩越しに声をかけると、少女は半分だけ顔を向け、強張った笑顔で言った。
「力をためて、一気に裂け目を閉じます。でも、もし途中でダメそうだと思ったら、すぐに私を抱えて逃げて下さいね?」
「分かった。僕の判断で担いで逃げるよ」
「……お願いします。それじゃ、いきます!!」
詩乃は目を閉じ、前方に意識を集中した。







