第3話 精霊の加護 〜 誰も嗤ってはならぬ
侍女に案内されている途中、誠治は自分の後ろを歩く上履きの女の子が、青い顔でしきりと手と腕をさすっていることに気がついた。
「……顔色悪いけど大丈夫? さっきよりもひどくなってる気がするけど」
女の子は、ちら、と誠治の顔を見ると、俯いて肘をさすりながら言った。
「さっきから、悪寒が酷くて……」
「建物の中はどちらかというと暖かいくらいだと思うけどなぁ。ひょっとしてこっちに来る前、風邪ひいたりしてた?」
小さく首を振る少女。
「……ちょっといい?」
前を行く誠治が足を止めたため、少女はつられて顔をあげた。
その額に右手を当て、もう片方の手を自分の額に当てる誠治。
少女の身体が、びくんと跳ね、そして固まった。
少しだけ自分より体温が低いかもしれないが、平熱と言えるレベルだろう。
「熱はないようだけど……。あまり酷いようなら、休ませてもらったら?」
「多分、まだ大丈夫です。気持ちの問題かもしれないし」
「そう。まぁ、あまり無理しないようにね。本当に無理しなきゃならない時は、命がかかった時だけだよ」
再び、誠治と少女の視線が重なる。
虚ろではない、互いの意思のこもった視線。
一瞬の交錯の後、今度は二人同時に目を逸らした。
「あー、すまんね。偉そうなこと言って」
「い、いえ……。大丈夫です」
微妙な雰囲気のまま廊下で立ち止まる二人に業をにやし、侍女の一人が声をかけてくる。
「あの……もういいですか?」
「あ、ああ。すんません」
急いで前を向き、歩き始める誠治。
上履きの少女も俯いて後に続いた。
転移組は、おそらく今後彼らが寝泊まりするであろう豪華な個室に案内され、そこでそれぞれ謁見に相応しい姿に仕立てられることになった。
女性陣は髪を結われ、男性陣は髭を剃られるなどした上で、希望者は衣服もこちらのものに替えてもらう。
ドレスアップが終わり、彼らが客人用の控え室に再集合すると、各人が選んだ服装のギャップがひどく、そこはまるでコスプレスペースのような珍妙な空間となってしまった。
女子高生二人が選んだのは、ドレスに近い華やかなワンピースだ。
「うーん、馬子にもいしょ……ぐふっ!?」
颯太が可奈にいい肘をもらっていた。
OLはマイペースに自前のスーツ。
上履き少女は村娘風の地味なワンピースだった。
高校男子二人は「着慣れた服の方が落ち着く」という理由で制服のブレザーを着ていたが、誠治は元の格好があまりにひどかったので、黒いハーフジャケットにローブ、という装いになっていた。
ある意味一番印象が変わったのは、誠治かもしれない。
「皆様、お待たせしました。準備ができましたので、お越し下さい」
一同は侍女に案内され、謁見の間に向かった。
大扉の前にはフルプレートに身を包んだ衛兵が二人立っていた。
「異世界からの勇者の皆様、ご入場!」
侍従の口上とともに大扉が開かれる。
謁見の間は、小学校の体育館をふた回りほど大きくしたくらいの広さがあった。
侍従の案内で歩みを進める。
王は、部屋の一番奥の数段高くなった玉座に、深く腰掛けていた。
短く刈り込んだ白髪まじりの頭に王冠を乗せ、誠治たちを値踏みするように見下ろしている。
隣には、娘と同じブロンドの髪を持つ美貌の王妃が座り、傍らには王女と二人の男が立ち控えていた。
段下には、ずらりと臣下が並ぶ。彼らはこの国の中枢を担う人間であり、同時に広大な所領を持つ有力貴族たちだった。
転移組が王の前に一列で並んだところで、王女が王に声をかけた。
「陛下。異世界より参られた皆様です」
「うむ」
王はゆっくりと頷いた。
「一同、遠方よりよく参られた。儂はラルス・メルギド・ヴァンダルク。この国の王を務めている。我が国は諸君を客人として遇し、歓迎する」
後ろに立つセレーナ王女が、微笑みながら頷く。
(さすが王様。何食ったらあんな威厳が出るんだか)
誠治は今更ながら腰が引けてしまう。
「さて。我が娘セレーナより話があったと思うが、この世界は今、異形のものどもとそれらを操る魔人たちにより、滅びに瀕している。奴らを滅するには強力な魔力、則ち精霊の加護を持つ者の力が必要なのだ。お主たち異世界から来た者には、すべからく強力な精霊の加護がついておると聞く。まずはその力を見せてもらいたい」
ラルス王が右手を軽くあげると、二人の召使が恭しく、ボーリングの玉ほどもある巨大な水晶球を運びこんできた。
水晶球が台の上に置かれると、王の傍らに控えていた茶色のローブを目深に被った男が口を開いた。
「私の名は、ゲルモア・サルバドーラ。この国の筆頭宮廷魔術師を拝命しております。以後、お見知り置きを」
ローブの男は、ゆったりと手を胸に当て、腰を折ってそう名乗った。
意外にも声も喋り方も若かったが、誠治はその声に、どこか人を馬鹿にしたような不快さを感じた。また、その割に妙に印象が薄いな、とも思ったのだった。
「その水晶球は、触れた者の加護、つまり魔法の属性適正と、その強さを映し出します。痛みやショックはありませんから、各々自分の名を名乗り、気持ちを楽にして触れてみて下さい」
「それじゃあ、俺からでいいか?」
右端の正也が他のメンツを振り返る。
正体不明の水晶に内心尻込みしていることもあり、一同は最初の栄誉を彼に譲った。
「では、いくぞ。俺の名前は依光正也だ」
正也は手を伸ばし、手のひらで水晶球に触れた。
直後、辺りは眩い光に包まれる。
「「おおっ!!」」
王を始め、皆がどよめいた。
水晶球の中は、眩い光に満ち溢れていた。
「光の精霊か」
ゲルモアが呟いた。
「これは……なんという強い光じゃ。まさに闇を払う者に相応しい」
王も感嘆の声を上げる。
正也が球から手を離すと、すっと光が引いていった。
「次は、俺かな。……小日向颯太」
颯太は気負いなく水晶球に触れる。
ドン!
「おぉう!!」
こもった爆発音とともに、球の中で火球が爆発し、颯太は思わず後ずさった。
「火の精霊の加護だが……なんと凄まじい爆発力。顕現すれば、辺り一面が焼け野原になりますな」
ゲルモアが感心したように呟く。
颯太に続き、女性陣が同じように水晶球に触れる。
片桐可奈は風。
綾辻美鈴は水。
OLこと伊地知萌香は土だった。
いずれも水晶球は激しく反応し、その度に貴族たちは大きくどよめいた。
「これで我が国は……」
ラルス王は顔を歪めるようにして笑みを浮かべると、誰にも届かないほど小さく呟いた。
そして、誠治の順番がまわってくる。
異世界に呼ばれたことによって得た新たなる力。
彼は緊張しながら水晶球に近づき、そして触れた。
「……岩野誠治!」
…………。
「「…………」」
謁見の間を静寂が支配する。
先ほどまで見せた劇的な反応が嘘のようにーーー水晶球には、何の変化も起こらなかった。
「……あれ? どうなってんの、これ?」
だだ広いフロアに、誠治の間抜けな声が響く。
ペタペタと何度も触る。
が、球に目立った変化はない。せいぜい触ったところが曇っただけだった。
「…………ぶっ」
誰かが噴き出した。
「「ぶははははははははは!!」
それをきっかけに、貴族たちに爆笑の渦が広がった。
王妃も、セレーナ王女も、笑っていた。
王は、冷たい眼で彼を見下ろしていた。
誠治はただ戸惑い、立ちすくむことしかできない。
「静まれ。まだ全ての試しは、終わっておらぬぞ!」
王の傍らに控えた口髭を蓄えた中年の男が、鋭い声でその場を窘めた。彼は宰相だろうか?
「……どうやら、どの精霊の加護も得られなかったようですな」
ひとしきり笑った後、ローブの魔術師が皮肉げに口角を上げてそうコメントした。
「最後の者よ、自らの力を示すがよい」
王は誠治のことを無視し、最後に残った村娘の格好をした少女に告げた。