絵本 その1
1本の大きな大きな木の下に、天使の住む世界があります。
大きな木は世界樹と呼ばれていました。
世界樹の白い実は、ここに住んでいる天使たちのたまごです。
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ある日、世界樹で新しいたまごが2つ見つかりました。
白いたまごが1つ。
いままで見たこともない灰色のたまごが1つ。
白いたまごからは、天使が生れます。
見たこともない灰色のたまごからは、どんな仲間が生れるのでしょう?
天使たちは、とっても楽しみにしていました。
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2つのたまごは、ある日あるとき、まったく同時に割れました。
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白のたまごからは、雪より白くてふわふわの羽根を持った天使が生れました。
名前はエル。
そして、灰色のたまごから生まれたのが僕。
僕の名前はバット。
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ふわふわまっしろ、天使の羽根。
僕のハネは、全然違う。
ペラペラで黒くて伸び縮みをして……どうして僕だけ、みんなと違うんだろう。
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柔らかい藁の布団が、僕にはありませんでした。
「お前のハネは伸び縮みをするんだから、柔らかい寝床なんていらないだろ。」
笑っていました。僕も笑いました。
おいしいご飯が、僕にはありませんでした。
「私の羽根は、おいしいご飯を食べないと艶が落ちるの。貴方のとは違ってね。」
笑っていました。僕も笑いました。
いつも僕の順番は最後か、僕の順番はありませんでした。
みんな笑っていました。僕も……笑いました。
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そんな日々が、どれくらい続いたのでしょうか。
ちから自慢の天使が、僕のハネがどれだけ伸びるのか調べようと言い出しました。
僕のハネを掴んで、ちからいっぱい引っ張ります。
痛くて痛くて、やめてと何度も叫びました。
ちから自慢の天使は、まだ伸びるまだ伸びるとゲラゲラ笑って楽しそう。
ミシリ、ミシミシ
僕のハネから、とても嫌な音がしました。
ちから自慢の天使を突き飛ばして、僕は飛んで逃げました。
「生意気なやつだ! ちょっと遊んでやっただけなのに暴力まで振るいやがった!」
カンカンに怒っています。
僕は、みんなが追いかけてくる前に隠れることにしました。
世界樹の枝を避けながら、高く高くのぼっていきます。
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痛むハネを撫でながら、世界樹の枝に座って休んでいると……。
ガサゴソ ガサゴソ
近くで枝を揺らす音が聞こえます。
僕を追いかけてきた誰かが、もう近くまで来たのかもしれません。
こっそりと音のする方を覗いてみました。
そこには、枝に羽根が挟まって動けない、天使のエルがいました。
ガサゴソ ガサゴソ
もがいて取ろうとしていますが、抜け出せそうにありません。
やがて、羽根が挟まったまま、座り込んで泣き出してしまいました。
無理な体勢をしていて、ずっと引っ張られているような痛みがあるはずです。
ミシリ、ミシミシという音が聞こえた気がして、ブルリと体が震えました。
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どうしたらいいのか分からないうちに、雨が降ってきました。
雨音に隠れるように、悲しそうな泣き声が僕の耳に微かに聞こえます。
「だいじょうぶ?」
僕は、エルに声をかけると、枝に挟まった羽根を優しく外してあげました。
痛くないように、一生懸命に気を付けてはずしました。
「……。」
枝から羽根は外れましたが、まだエルは泣いています。雨も止みません。
エルに雨があたらないように、僕はハネを大きく広げて覆いにしました。
覆いの中には、雨が僕のハネを叩く音が静かに響きます。
「ふふ、不思議な音だね。」
そういって、エルが小さく笑いました。
僕とエルは、しばらくふたりで雨の音を聞いていました。
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ちから自慢の天使を突き飛ばした翌日から、
僕は石を投げられるようになりました。
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枝を避けたり狭いところを通ったり、飛んでくるものを避けたり。
僕のハネは、まわりに障害物があってもビュンビュンと飛ぶことができます。
投げられた石も、どんどん避けることができます。
避ければ避けるほど、飛んでくる石の数は増えていきました。
誰よりも早く上手に飛べば飛ぶほど、僕に向かって飛んでくる石は増えました。
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僕のまわりには、天使がたくさんいます。
空を見上げると、空にも天使がいっぱいいます。
みんな手には石を持っていました。
「いまから俺たちが、おまえに罰をあたえてやる!」
石が一斉に投げつけられました。
僕は怖くて、うずくまって、小さくなることしかできませんでした。
そして
ボコボコと、いくつもの石がカラダに当たる音がして、
羽根を広げて僕に覆いかぶさったエルが、ゆっくりと倒れていきました。
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静かでした。すべてが止まっていました。
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あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
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どこをどう飛んだのでしょう。
気が付くと、僕は世界樹のてっぺんに居ました。
きっと、すべて僕が悪いのです。
「こんなもの無くなってしまえ!!!」
もう、声はでませんでした。
でも、僕は今までで一番大きな声で叫びました。
ふっと背中が軽くなると、僕のハネは簡単に取れていました。
堕ちたハネを拾い上げると、ペラペラのグニャグニャで、やっぱりカッコ悪い。
ハネの取れた僕の背中からは、大切な何かが抜け出ていくようでした。
世界が暗くなっていきます。静かで真っ暗な世界に沈んでいきます。
何もかもが終わっていきます。
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「目が覚めた?」
僕の世界は終わりませんでした。
カラダのあちこちに包帯を巻いたエルが、僕の頭を撫でていました。
「私は、このハネ嫌いじゃないよ?」
そう言いながら、見たことのあるペラペラのハネを動かして見せます。
ふわふわまっしろなエルの羽根は、片方がハネになっていました。
いつの間にか背中に戻っていた僕のハネは、片方が羽根になっていました。
素敵な羽根なんて、僕には無かったはずでした。
「ふたりで分け合えば、もうひとりぼっちじゃないよ。」
笑っていました。僕は泣きました。
生れてはじめて、泣きました。
いっぱいいっぱい泣きました。




