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煉獄世界の死神  作者: 敗北の貴公子
第1章 異世界生活は分からない事ばかり
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第八話:目に見えない恐怖




「……おい!どうしたんだい!体調が悪いのかい!」


べリス婆さんの声で我に戻る。

急に一点を見つめてフリーズした自分に、周囲の女性も心配しているようだ。あるいは〈何だこいつ〉と思っているかも知れない。


額に汗が滲み、握った手の中はびっしょりだ。

とにかく、今は気を紛らすか別の話題にでも変えなければ、心臓が喉から飛び出て死んでしまいそうだ。


だが、一言が…出ない。

過去の記憶が一瞬だけフラッシュバックしたが、記憶が欠落しているからか、あるいは頭のなかで思い出すまいと無意識のうちに忘れようとしているからか、『何に恐怖を感じたのか分からない』。




「まぁ、いきなり色々と頭に詰め込んで混乱しているんじゃないかね。今日はお開きにして、外の空気でも吸ってきな!」



やめろ…まだ…俺は聞きたいことが…

知識を集めて、明日にでも動かないと…

だが、俺のこの暗闇で染まった頭の中は、そんな抵抗をもみ消すように単純な答えを出した。


「はい…そうさせて頂きます。」



女性達はさっさと昼飯を片付けて部屋を後にする。この後は病室の大掃除をするということで、自分は落ち着く暇もなく強制的に庭に退去だ。


これでよかったのか。

いや、良かったのだと思う。


何が起こったのかわからない。

突然、息もできないほどの『恐怖』に襲われた。

だが、俺にあの『恐怖』に向き合うだけの力はない。


今でも脈打つ心臓がこのまま胸を突き破って死しんでしまいそうだ。あるいはいつにも増して自己主張の強い胃袋が昼飯を吐き出してしまうかもしれない。頭は脳みそが無くなったように真っ暗で空っぽだ。今、何かためになることを聞いても、この空っぽの頭はブラックホールのように言葉のを粉々にして消してしまうだろう。


逃げることは必ずしも悪いことじゃない。

今は自分を守れない。


外の空気が吸いたくなった。

べリス婆さんに、外出の許可をもらって外に出た。



まだ日は傾いたばかりだというのに、外はひんやりしている。

病院の前の階段道を湖まで降りることにした。


階段道を降りていく。

段は疎らで、かなり急な段差もあるが緩い部分もあり、一直線に湖まで降りていく。階段道の両サイドには川幅20cmほどの小川がそれぞれ流れていて、とても風流だ。



道行く人が俺を見ていく。

チラチラと。ジロジロと。

コッソリと。明らかに。

俺が通りかかる度に、小声が飛び交う。



理由は服にあった。

道行く人は皆、白のベースに赤や黄色、茶色、紺、黒などの様々な刺繍(ししゅう)や縫い目の入った民俗衣装を着ている。甚兵衛(じんべえ)のように袖が大きく、下はハーフパンツといったところ。履き物は草履(ぞうり)のような編んだものだ。イイネ!The、民俗。



だが俺はどうだ。

真っ白な甚兵衛。

模様もなにもない。

これは目立つ。とても悪目立ちだ。



後から知った話だが、この地域は家によって違う模様の刺繍(ししゅう)や縫い目を服に縫い付け、親族の証や所属の証明としているようだ。当然、身寄りのない住所不定無職の俺にそんな刺繍はない。一発で孤児かどうか分かるわけだ。


また、村で大きな罪を犯すと、刺繍入りの甚兵衛は剥奪され、同じく真っ白の甚兵衛を着せられる。奴隷に堕ちた者や縁を切られ捨てられた者も同じだ。

白い甚兵衛を着るものは選挙権を剥奪されたり、行動に制限がかかったりするが、着ること事態が監視の対象になるわけだ。


色とりどり様々な模様の服にはこのような理由があった。

服が住民票代わりとなり、そのまま目に見えるカースト制度の敷居であり、身の烙印であり、御家の証なのだ。




対し今の俺は子供の身形(みなり)、腰まで伸びた錆び付いたような金髪に真っ白の甚兵衛。完全に不審者である。


結局、湖まで辿り着かないうちに帰ってきてしまった。

心が限界だった。



別にこの世界では悪いことはしていない。まぁ向こうの世界でも犯罪などはしていないが、自分の問題行動や調子に乗った発言で人を困らせることは多々あったと思う。それは俺の責任だし、俺が悪い。きっと裏でコソコソと俺の話をされていることだろう。あるいはSNSで俺が所属するグループとは違う、俺だけ所属していない「裏グループ」なるものが存在しているかもしれない。



…いや、それに関しては本当に実在していたことがあった。


発覚したときはショックだった。裏グループ設立のきっかけは、やはり俺の問題行動や問題発言にあったらしい。俺とは少し距離をおこう、だが他の仲間とは良くしていたい。ならばどうするか、裏グループを作るしかない。


裏グループでは、俺の悪口の他にも、今日の俺の発言や行動などに点数を付けたり、評価していたようだ。そしてその評価や点数は俺に伝わることはない…。


…裏グループの存在が発覚してからも、その仲間達とは変わらない付き合いを続けている。知らないフリをしながら。


言い出す勇気がなかったからという理由が半分、もう半分はその評価を自分の糧にして成長の材料にしたいというのが半分だった。


だが実際に、この仲間以外にも自分の評価を口に出して直接俺に指摘してくれる人間は少ない。本当に少ないのだ。


だから自分は常に周りに評価されていると思って発言や行動しなければならない。



それ以降だろうか。

周りからよく監視されているように感じていた。

豚の値踏みをされているように。

株の値踏みをされているように。



だが、あからさま監視されているのは、とても怖い。

周りの人は、全く、酷い目をしている。

ナイフのように鋭い目だ。それは凶器に近い。

そして俺はそれに『恐怖』する。


「監視されているように感じる」ではなく、「監視されている事実」。ここには大きな違いがあると分かった。保護観察処分や執行猶予処分の犯罪者は景色がこういう風に見えているのだろうか…。

人物紹介

○ファロイド

この物語の主人公『鳥羽(とば) 幽仙(ゆうせん)』が名前に関する記憶を失い、新たに与えられた名前。

だいたい年齢は6歳くらい。

くすんだ金色の長髪、光のない漆黒の瞳を持つ。

大学では心理学を修めた。その知識は殆ど忘れた。


○ヴェレリウス

通称べリス。

ファロイドが入院している病院の院長。

白髪の老婆。魔女っぽいがいい人。包容力がある。

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