第七話:この世界の謎
昼御飯の時間ということで病室へ戻る。
今日からお粥ではなく、普通のご飯になるとのことだった。楽しみだけど、やっぱり洋食なんだろうなぁ。
ご飯を待っていると、何人かの若い女性達と老婆ことべリスさんが入ってきた。今日はここでお昼休憩を取るとのこと。
エメティカさんは今日はお休みのようだ。
食べながら談話程度に色々とこの世界のことを教えてくれるらしい。ありがたいことだ。
今日のお昼はパンとジャーマンポテトのような食べ物と生野菜サラダと紅茶。サラダにもジャーマンポテトにもブナシメジのようなキノコがふんだんに使われている。多分ブナシメジだよね?
きっと毒は盛らないだろう!いただきます!
べリスさん以外は皆20代半ばから30代前半くらいの女性だ。皆ここの従業員で、普段は主婦をしているとのことだった。歳上派の俺とはいえチャンスはなさそうだ。まぁ俺、子供なんだけど。
皆赤や茶色の髪をしている。看護婦だが制服はないようで、色とりどりの、色々な模様の刺繍の入った民俗衣装を着ている。
常勤職員、というわけではなく、どうやらこの町のしきたりで、女性は結婚したら週変わり当番制でこの病院に勤め、治療や診療を主に行うべリスの婆ちゃんの手伝いをすることになっているんだとか。
ってことはエメティカさんも既婚…。むむぅ。
ご飯を食べながら、この世界のことについて色々と質問し、教えてもらうことができた。
1つ目。
やはり魔法は存在しているようだ。
但し魔法を使えるのは100人に一人程度。
しかも一般的には、指先から小さな火の魔法を使って着火したり、トイレで水を流すときに指先から水を出したり、吐息に魔法を使って臭いを消したり、土を掘ったりするという程度で、例えば家一件を飲み込めるほどの炎を出すような大規模な魔法を使える者は殆どおらず、また、不容易に魔法で人を傷つけると罰せられるとのこと。
2つ目。
手を俺の額に当てていたのは「解析魔法」の簡易版。何か身体に異常があると、指先に集中させた魔力の色が変わるらしい。全快状態は青〜緑、風邪程度の発熱なら黄色、悪化したり病気が重篤化するにつれ赤へと変わっていくようだ。それを額ではなく足などの部位に当てると骨折箇所が分かるらしい。また、やはり「治癒魔法」を使って怪我の治療にあたったようだ。治癒魔法は便利だが難しく、使い手は限られているようだ。
3つ目。
今日はウォルフ暦2050年4月3日。
今は13時ちょっと過ぎ。
1日は24時間で変わらない。
1年は365日で変わらない。
太陽暦のようだ。
…やはりひょっとしてここは地球なのか?
1日が24時間ということは、地球と自転周期が同じ、つまりこの星は地球と全く同じ速度で回転しているということになる。
1年が365日ということは、この星は太陽からの距離が地球と全く同じ距離で、かつ太陽の周りを廻るスピードが全く同じということだ。
他の惑星に転移したとして、自転周期と公転周期が地球と変わらない、というのは出来すぎている。もし地球と同じ他の惑星だとすれば、それは天文学的な確率の産物だ。そしてここが地球であるならば、元いた世界の過去か未来か、どうして魔法が使えるのかと言うことだが…調べるには時間がかかりそうだ。
4つ目。
この世界にはいくつか国がある。ここはシンクバトラ王国の外れにあるフジという村らしい。また、シンクバトラ王国もカトラ皇国という大国の傘下にあるようだ。国同士の対立や戦争は稀で、商業的な小競り合い程度が殆どらしい。例えば相手の挑発に対し「遺憾の意を云々」と言って経済制裁する程度のもののようだ。
この世界の地図を見せてもらった。
これは…まんまドーナツ島だ。
なんか漫画やアニメで言う宝島的なロマンがある形の。
だが島というスケールではない。
目の前に見える湖を中心とした景色は、地図上ではコンパスで開けた穴のようなものだった。その縮尺から想像するに、恐らくこの大陸は少なくとも中国とロシアを足したくらいの面積がある。大陸の中心には大きな円形の湖があり、湖の中心には島がある。ドーナツの南北を高い山脈が隔てており、ドーナツの東側の端には小さい…が、縮尺で言えばインドくらいの大きさの島があった。
ここフジの村はドーナツの西側、南北を隔てた高い山の北側の斜面に位置するようだ。まぁそれでもこの世界地図に対して豆粒以下の大きさなんだけど。
詳しい知識は孤児院で教えてくれるらしい。
孤児院はしっかりとした教育設備を備えているとのこと。ついでに孤児院についても教えてもらった。どうやら孤児を保護・養育し、しっかりとした教育を受けさせ、大人になったら傭兵として雇ったり、他の国に売るようだ。福祉は充実していると思わせておいて、どちらかと言えば利益目的、国のいいビジネスになっているようだ。
教えてくれたお礼に、俺が前いた世界のことを話した。
高度な医療技術、高度な生活能力、科学的な文明…
中でも料理の話題は女性達の心を掴んだ。
この世界には「カレー粉」はないようだ。
あと米や味噌も聞いたことがないのだという。がっかり。
女性達は病院勤め以外の日は旦那や家族の手伝いをしているらしい。働き手は基本的に男。孤児院で育った男が養子に入ることもあるようだ。男共は女が当番制で病院勤務に当たっているように、当番制で自治、つまりは警察・消防の仕事をするとのこと。消防に関しては水魔法もあるし、犯罪も殆ど起きないから、滅多に出番はないらしい。女性陣は「私達女は副業の病院の方が大変だってのにねー!」「男は副業が休暇みたいなものじゃん!」と口々に愚痴を溢している。
なるほど集団自治…平和な背景には村ぐるみの一体的な協働があるかもしれないな。婦人方の苦労はさておいて。
そして、最後に自分の事を話す。
見た目は子供だが、実年齢は27歳の大人であるということ。
ここに来る直前の記憶と名前に関する記憶だけ欠落し、べリスの婆さんに『ファロイド』という名をもらったこと。生きるためにこの世界の情報を集めていること。
後者に関しては皆、看護婦会議でおおまかに知っていたようだが、実年齢27歳に関しては皆かなり驚いていた。
そりゃそうだ。目の前の5、6歳児が実は自分と同年代の立派な男なんて誰が信じよう。
しかし何となく違和感はあったようだ。馬鹿丁寧な敬語を使い、真理や原理を仮説を立てつつ核心的に追及していく子供なんていない。内心俺を気味悪がっていたようだ。
…まぁそれでもこうやって色々と俺に教えてくれるんだ。普通ならキチガイ扱いもいいところだというのに。優しい人たちに恵まれている…。この世界でも恵まれているのは一緒だな…。ありがたい。
〈ドウセ、恵マレタ環境ヲ、人ノ愛ヲ、台無シニシテシマンダロウ?〉
…血の気が引いた。
そうだ…俺は…
俺は…?
今一瞬…
…ダメだ…思い出せない…。
でも今のは何だ…?
何でそんな言葉が過った?
心の…声…?
「おい、どうしたんだい?メシが喉に詰まりでもしたかい?」
べリスさんの一言で戻される。
額にはうっすら汗をかいていた。
「いえ、大丈夫…です。」
何だ…今のは…?
人物紹介
○ファロイド
この物語の主人公『鳥羽 幽仙』が名前に関する記憶を失い、新たに与えられた名前。
だいたい年齢は6歳くらい。
金色の長い髪、赤い瞳を持つ美少女(♂)。
地理・地学・天文学が得意。
好奇心旺盛。独り暮らし歴7年、料理が好き。
○ヴェレリウス
通称べリス。
ファロイドが入院している病院の院長。
白髪の老婆。魔女っぽいがいい人。包容力がある。
○看護婦の女性達
皆20代・30代で赤や茶色の髪をしている。
異世界の料理や調味料に興味津々。