第六話:老婆べリス
しばらく窓から景色をみていると、ドアがノックされ、昨日の老婆が一人入ってきた。
体勢を戻し、老婆と向き合う。
「入るよ ーおや、随分元気になったじゃないか。朝食も食べたようだし、関心、関心。」
「お陰様です。ありがとうございます。ご飯も美味しく頂きました。」
「ふむ。オマエさん、子供にしちゃ、妙な喋り方をしているね?こんな口調でこんな世辞を話す子供は見たことがないよ。どうやら事情があるようだ。聞かせてくれないかね?」
俺は自分が子供の身体になっても、あえて子供ぶったりはせず、敬語を使い、普通に会話をしていた。相手が違和感を感じ、質問してくれた方が、こちらから話し始めるより気が楽でいい。
ん?待てよ?敬語…?
敬語なんてのは日本語くらいにしかない文法と思っていたが…。
いや、いまは話を進めよう。
「すみません、実は自分でもよく覚えておらず…。気がついたら草むらに寝ていたんです。どうやらここは、それまで住んでいた世界とは大きく異なる世界の様です。」
「ふむ…。聞かせてくれるかね?」
「まず、私がいた世界では、人の体調を測るときは『機械』を用いて、なんというか…体温計っていうんですけど…客観的に、そして目に見える数字として計り、目安としています。しかし、あなた方にその様な術も機器もないように思えます。それどころか、あなた方は手から薄い光を出して私の体調を読み取っているようだった。私の世界にそんな『魔法』のようなものは存在しません。」
「『機械』?なんだいそりゃ。聞いたことがないねぇ。それとオマエさんは『魔法』を知らないようだ。このくらいの年頃にもなると、子供だって『魔法』くらいは知っているというのにねぇ。」
やはり、この世界に『魔法』は存在している。
ちょっと突っ込んだ質問をしてみるか。
「自分が初めて目を覚ましたとき、全身が粉々になったように痛み、動けませんでした。次に目を覚ましたらそこのベッドで寝ていて、身体の痛みはありませんでした。それも、この『魔法』の力で治療したのでしょうか?」
「そうだとも。ここは病院、怪我人・病人は連れてきて魔法で治療せにゃいかん。オマエさんは…確か3日前にここに運ばれてきたんだよ。全身ボロボロで、確かにアチコチ骨が折れていたし、筋も千切れていたね。大変だったよ。」
3日!?
全身骨折から3日で歩けるまでに回復?
とんでもない医術…いや、確かに魔法だ。
この短期間で治せる術は現代にない。
だが何故、そんな怪我を?
車にでも轢かれて、怪我をしたまま異世界へ転生したのだろうか?
「自分が運ばれてきた時の状況を教えてほしいのですが。」
「村の男衆の話じゃあ、オマエさんは流れ星みたいに凄い勢いで空から落ちてきたって言っていたね。地面に激突する寸前で空中に止まって、それから落ちてきたとか。」
降ってきた?空から?
なるほど、それなら全身骨折、全身の激痛の説明がつく。むしろ良く生きていたものだ。
今まで見た異世界転生・異世界転移小説の中でも稀に見る雑な召喚ではないだろうか。いっそ天空の城でもあるのかもしれない。
あるいは自分は『桃から産まれた桃太郎』の『隕石バージョン』かもしれない。
余計な事を考えつつ、老婆の方を見る。
普通の老人だ。白髪、鼻高で白人の様相。少し魔女っぽいが、悪事をするような感じはなく、包容力のある普通のお婆ちゃんだ。
質問を続けよう。
「ここが病院で、自分が空から落ちてきて、ここで保護されたと言うことは分かりました。治療して頂いたこと、感謝いたします。続けて、自分はこれからどうなるのでしょう?いつまでここで診て頂けるんですか?」
「この調子なら明日にも退院できそうだね。 …といっても、記憶もなく、身寄りもなく、金もないんだろう?退院後は孤児院で見てもらうことになるんじゃないかねぇ?」
…孤児院、か。
一応想定内だな。
だが、明日すぐ孤児院に入る…というのも、少しためらってしまう。完全に偏見だが、孤児院ってのは行動的に制限が強そうだ。教育制度や福祉制度にも不安が残る…。
いや、『金』と言ったな。きっとこの世界にも貨幣制度がある。ならば尚更、無職無銭、しかも子供の姿で外に出るわけには…。
…ダメ元で言ってみるか。
「お願いがあるのですが、孤児院に行く前に、少し状況を整理したり、学びたいことがあるので、1ヶ月、いや、1週間ほどでいいので入院という形で滞在させて頂けませんか?私はこの世界に来たばかりで、何も知らない。不安が強いです。」
「ふむ…。いいだろう。ただし、1週間だ。子供を養うほど、うちも裕福じゃないもんでね。」
1週間、まぁいいだろう。ありがたい話だ。
充実した1週間にしなければ…。
他の質問事項は質問すると長くなりそうだし、ここで看護婦の老婆に質問するのも不適切、か?
いや、いっそ聞いてみるか…?
「ありがとうございます。他にも色々と聞きたいことがあるのですが…」
「おっと、それはまた後にしておくれ。外にはまだ患者が待っているのでね。」
不適切だったらしい。どの世界でも看護婦は忙しいって分かってるはずなのに、また余計な一言を…
「もういいかい?それじゃアタシは行くよ。」
「ありがとうございました。最後に、貴女のお名前をお伺いしたいのですが。」
「アタシかい?アタシは『ヴェレリウス』。『べリス』でいいよ。よろしくね。ファロイド。」
「はい、宜しくお願いします。べリスさん。」
「とりあえず今日は病院の敷地内にいておくれ。外には柵があるからその中で。詳しい話はまた今度にしよう。」
優しい人だ。人に恵まれて良かった。
早速、ちょこっと外を見にに行こう。
行列が出来るほどではないが、病院の待合室はそれなりに混雑していた。老人から子供まで様々。ケホケホと咳をして具合の悪い人、腕に包帯を巻いている人、目を布で押さえている人など様々だ。患者の様子からして、ここは外科内科を問わない町医者らしい。
病院のエントランスで断りを入れ、外へ出る。
病院の外観は石造りで他の家と変わらない。
外側が石、内側が木造の二重構造のようだ。
今は緑が生い茂っているが、冬は冷えるのだろうか…。
病院は斜面に立っていた。庭からも盆地が一望できる。
バリアフリーで考えれば最悪だが、この西側の斜面にある街全体が石段で出来た階段や小さい路地に繋がっているようで、病院の正面を通っている石段は湖畔まで繋がっているようだ。
その階段や路地が埋って見えなくなるくらい密集した石造りの町並みからはモクモクと湯気が立ち込めている。お昼の準備だろうか。幻想的な町並みだった。
ゆっくりと階段をこちら側に登ってくる親子連れが見える。親子連れと共に湖の方から吹き上がる風が気持ちいい…。
山の方を見ると、立派な石垣の上に立つ大きな家があった。
領主の家だろうか。
教会より上にある建物は、その豪邸と装飾が施された大きい建物があるだけで、特にこれといって目立った建造物ははなく、城のような大規模な建物もみられない。
身体が冷えてきた。
院内用の甚兵衛みたいな麻作りのこの着物ではいくぶん寒い。病院に戻ろう。
人物紹介
○ファロイド
この物語の主人公『鳥羽 幽仙』が名前に関する記憶を失い、新たに与えられた名前。
だいたい年齢は6歳くらい。
金色の長髪をした美少女(♂)
元介護職員だが児童養護施設での経験もある。
性善説信者。
○ヴェレリウス
通称べリス。
ファロイドが入院している病院の院長。
白髪の老婆。魔女っぽいがいい人。包容力がある。