第五話:異世界・異文化
文章力の無さは昔から
朝。
まだ日の出からさほど時間が経っていないようだ。東向きのこの窓からは山からちょうど顔を出し終わる朝日が眩しい…。
身体は変わらず重いが、手も足も動く。
これなら歩けそうだ。
面倒だが用を足しにいかなければ…。
一応、俺の小さいオマタには布おむつのように何枚も分厚い布が当てられている。でもやはり、朝っぱらから不快な思いをしたくはないし、昨日の赤髪の、俺一人のために宿直をやってくれているエメティカさんが大変そうだ。
普段仕事でオムツを代える立場にあった我々介護職からすれば深く同情する。よし、トイレに行こう。
床に降り立つとベッドの上とは景色が変わる。やはり子供の身体になったんだと思い知らされる。テーブルや棚がとても高く感じられ、見通しが悪い…。
まぁ以前の俺も身長は158cmしかなかったから、あんまり大差はないのだけれど。
いや、それよりもこの長い金色の髪だ。
寝ているときはあまり気にならなかったが、立ってみるとその長さに驚く。膝くらいまであるだろうか。首を動かす度にフワッと靡いて、少しくすぐったい。
男のロマンだな。人生一度はやってみたかった。
いや、今も一応男なんだけど。
さて、トイレトイレ…
歩き始めはヨタヨタした。何せ子供の身体、何せ長いこと寝ていたのだ。筋力がない。1歩1歩が重く感じる。まぁその分体重は軽いから、歩けないという事はない。この小さい歩幅も次第に慣れるだろう。探索を始めよう。
ドアノブが顔の位置にあることに不思議な感じを覚えつつ、ドアを開け、廊下をトテトテと進んでいく。
間取りとしては、やはり小規模な診療所のようだ。
俺が寝ていた部屋は病室として、鍵はかかっているが診察室と思われる部屋や待合室のような開けた場所がある。さてトイレは待合室の近くにあるものだが…。
あったあった。
さてトイレの便座は…うわ。石造り。
穴の四方を角張ったテカテカの石で囲われている、それこそ歴史の教科書に出てきそうなトイレだ。腰かけられるように背もたれがついている。和式ではないらしい。
ボットントイレなのだろうか。水を流す設備はない。
俺は男だが座って用を足す。
独り暮らしをしてからおしっこも座ってするようになった。便所掃除が格段に楽なのだ。ここでも同じ。
ただここは異世界。便座は石。
冷たっ!子供がトイレ嫌いになるぞー
…ふぅ。
んん、いい解放感。ぶるるっと身を振るわす。
小さいチンチンだな。改めて見るとなんか可愛い。
紙は…あるな。
昨日の本といい、製紙技術は普及しているらしい。
ただ、ペーパーが硬い!ウォシュレットともないし、これは痔主の俺には厳しい世界になりそうだ!
まぁ今は痔はないだろうけど。
男だがチンチンを拭いて、紙を穴に落とし、トイレを後にする。水?そういえば無かったっけ。
困ったな。流せないじゃないか。
よし、知らない事にしよう。
トイレには行ってませんと。
トイレを出ると、エメティカさんと鉢合わせ。
早速バレた。
仮眠明けだろうか。髪ボサボサのエメティカさんは少し俺に驚いている様子だった。そりゃ昨日まで寝たきりだった人間がトイレから出てきたら驚く。
ここは正直に言って、さっさとベッドに戻ろう。
「すみませんトイレ流す水とかって…。」
「あ、はい分かりました。今ご用意します。」
エメティカさんは数分して水入りバケツを手に持って戻り、トイレにその水を流した。
やはり自動水洗トイレの技術はないようだ。
だが糞尿を水で流す事はしているようである。
「ありがとうございました。では自分はベッドに戻ります。」
するとエメティカさんは無愛想な顔で
「あ、その前に、今度から起きるときは枕元にあるベルを鳴らしてください。しっかり歩けるか、転ばないかとか見たいので。」
と言ってきた。
とか言っておいて、こういうタイプの人って、宿直中にベルを鳴らすと不機嫌になる人が多い気がするんだけど〜。とかいって転んだりして怪我したらさらに不機嫌になるんだろうしな〜。(介護職経験談)
まぁ、仕方ない。
「分かりました。すみません。」
そう言ってベッドに戻った。
至福の一時『二度寝』だ。
それから少し経って、エメティカさんが入ってきた。
朝の検査の時間との事だ。元いた世界でも、入院中は朝起きた時に熱や血圧を測る…が、この世界にはやはり体温計や血圧計はない。エメティカさんは俺の額に手を当てて、ボソボソと何か言ったと思うと、手からほんのり若草色の光が…。
「大丈夫そうですね。」
そう言って、エメティカさんは去っていった。
やはり、この病院は、ひょっとしたらこの世界の全ての医療機関は魔法を使っているのだろうか?
だとしたら生活の各所に魔法が関わっていてもおかしくない。ファンタジー小説などでも、医療魔法は小さい火を出したりするよりも比較的高度と言われる事が多いし…
ふむ、やはり医療魔法についても聞いてみよう。
それから、感覚的に2時間くらい経っただろうか。
退屈をもて余していたところ、エメティカさんが朝食を運んできた。今日はベッド上でなくテーブルで食べるらしい。見守られつつ身体を起こし、テーブルへ向かう。
献立は…ホットミルクと、フレンチトーストを一口大に契ってミルクに浸したようなパン粥、蒸したサラダと、オレンジのような果実を潰して固めたゼリーのようなもの。
…うん、美味しい。
塩に続き、砂糖もこの世界にあるようだ。
いややっぱり朝はご飯に納豆に味噌汁が…
…期待するだけ無駄だろう。
食事を食べ終わると、エメティカさんはそそくさと片付けて帰っていく。おっと、今日の予定は聞いておかなくては。
「すみません、この後の予定は…?」
「この後、お昼前に院長先生がお話に来るそうです。それまでベッドで休んでいてください。」
間髪入れず「ベッドにいろ」という当たり小慣れている。俺も夜勤の時によく言ってたけど。こっちは退屈なんだよ。
「この部屋の中にいますので、外の景色を見たりして過ごしていいですか?」
俺の返答に、エメティカさんの表情がやや曇ったが…
「まぁ…それならいいでしょう。」
と言い、部屋を後にした。
許可はもらった。
大きな窓の近くに椅子を起き、そこによじ登って外を眺める。
ここは細長い湖を中心とした、四方を山に囲まれた盆地になっている。正面が日が出た方向、東と仮定して、東の斜面には青々とした森が、それほど険しくない山の淵まで広がっている。
南側の斜面は急で、まるで剣のような鋭い先端を持つ高い山へと繋がっている。
北側は緩やかな斜面に黄緑色の背の低い草木を中心とした草原が広がっている。白い点が点々としていて、時々動くことから羊や牛などの動物だと思われる。
そして今いる場所を西側の斜面とすると、眼下に石造りを主体とした町並みが広がっている。この病院は高いところにあるようだ。網籠に入った野菜や魚を手に持って斜面を登る人の姿がいくつも見える。朝だというのにそこそこ賑わっているな。やはり衣装は民俗衣装だ。肌は白いが特別白いわけでもなく、彫りも一般的な白人に比べ浅い。髪は赤茶色の髪が多いな…。
景色のイメージとしたら、ヨーロッパに近いだろうか。
スイスのような景色が当てはまる。
でも衣服などはどこかアジアンな雰囲気を感じる。
決定的なのは、やはり電気がないことだ。
どこにも電灯はない。
病院ですらトイレがアレだ。
上下水道技術はお察し。
四大文明くらいの時系列だろうか?
少なくとも、どの歴史の日本でもはない、異国の地であることは明らかだった。
人物紹介
○ファロイド
この物語の主人公『鳥羽 幽仙』が名前に関する記憶を失い、新たに与えられた名前。
金色の長髪を持ち、外見は完全に美少女だが男である。
元介護職。夜勤の辛さはよく分かる。
トイレは座ってする派。
○エメティカ
22歳。赤髪ショートの女性。身長150cm。
今晩は宿直(夜勤)だった。
夜勤入りも寝起きも機嫌が悪い。
解析魔法(?)を使う。